騎士団員殺し |
ルイーズが連行される頃には、太陽は燦燦と照り出し、厳寒の冷気はやわらぎ、かえって暑いくらいだった。 「絶好の処刑日和じゃないか」 と集まった群衆の中の一人が口にした。 周りの人々がどっと笑った。 騎士ルイーズが処刑台に引き出されたのは、それから間もなくだった。 度重なる拷問と栄養不足で、彼女は衰弱しきっていた。よろよろと足取りもおぼつかない。 それでも騎士たる我が身を思い、彼女は毅然とした態度を保ち、一歩、また一歩、と処刑台へと歩んでいった。 処刑台の上では、首斬り役人が大きな斧を持って、ルイーズを待ち受けている。 ルイーズの顔に一瞬、激しい怯えの色が走ったが、すぐにそれまでの落ち着きを取り戻した。 ――自分は騎士なのだ。 と自らに言い聞かせる。 役人はルイーズの罪状を読み上げる。 「この者は叛将アランの許、騎士を詐称し、数々の悪謀を弄し我々の同胞を数多死に追いやった、此度の大乱の元凶なり。その罪、天人ともに許しがたく、万死に値する。よってシャル王太子の御名において斬首とするものなり」 ルイーズは石のように感情を消し、黙って役人の申し渡しを聞いていた。千の反論が胸に渦巻いているが、もはや詮方ない。 見物人の群れから、バラバラと石が投げ込まれる。幾つかはルイーズの身体に当たった。 「お前のせいで国が乱れたのだ!」 「平和を返せ!」 「家族を返せ!」 「この淫売め!」 「斬首すら生温い! うんと苦しんで死ねばいいんだ!」 ルイーズはそんな悪罵も投石も甘んじて受けた。騎士としての誇りが彼女を支えていた。 そして、顔をあげ、太陽を振り仰いだ。 真っ白な顔が強い日差しと溶け合い、それがひどく神韻を帯びていて、群衆がしばし静まり返ったほどだった。 ルイーズの脳裏に、一人の男の姿が浮かんでいる。 ――アラン様……。 彼女はアランの参謀として、騎士として、この第四次魔界王位継承大戦を戦い抜いてきた。 元々はアランと同じく王族の娘で、アランに寄り添うように生きてきた。美しく雄々しく、知者でもあるアランに密かに想いを寄せていた。 彼女の運命が変転したのは、アランが魔界の覇権を奪取するため、王太子であるシャルに反旗を翻したときだった。 戦いは激烈だった。 しかし、魔法少女フェブラリー・マイミーの覚醒と活躍により、アランは一気に劣勢となった。 その間もルイーズは侍女たちを取り仕切り、アランの身の回りの世話をしていた。 日に日に悪化していく戦況に、ルイーズの心の内の炎(ほむら)は燃え盛った。アランの役に立ちたい。切に願った。 「アラン様」 と言上した。 「私を騎士団にお加え下さい。アラン様と共に戦いたいのです」 「埒もない」 アランは苦笑をもって、いなした。 それでもルイーズはあきらめなかった。 「アラン様の足手まといには決してなりません。騎士団の名を辱めるようなことも絶対いたしません。どうか私を騎士団に入団させて下さい!」 と何度も何度も言い募り、 「戦場での暮らしは厳しいぞ」 とのアランの言葉を引き出した。 「覚悟の上です」 「ならば可(よし)!」 ルイーズの騎士団への入団式が行われたのは、それから二十日後だった。 神殿の大広間でそれは行われた。 騎士団に入る為には、髪を切らねばならない。 そのことについて、前夜、アランはルイーズに念を押した。 「その豊かな赤毛を断つことになるのだぞ」 と。 「それがいかほどのことでしょう」 ルイーズは凛として答えた。アランもそれ以上は言わなかった。 入団式は、神職や騎士たちが列座する中行われた。 まとめていたルイーズの赤い髪はほどかれた。それは彼女の背を覆い、腰に達するほどあった。 鋏を執るのは三人の騎士団員だった。 U字型の鋏を一人の団員が握ったとき、さすがに気丈なルイーズも少し怯えた。 三人は一つの鋏を回し、代わる代わるルイーズの赤毛を断ち切っていった。そのカットは無造作で、ルイーズをまるで妙齢の処女(おとめ)と見なしてはいなかった。 長い髪を一房、二房、三房、と切り獲っていく男たち。皆厳粛な面持ちで、鋏を入れていった。居並ぶ騎士たちも新たな騎士団員誕生を、じっと見守っている。 前髪は眉の上、横の髪は頬の辺りで揃えられ、襟足は首の下まで切られた。ルイーズは跪いたまま、その口元には微笑すら浮かんでいた。 男たちはさらに切った。 後ろの髪をうなじが全てのぞくほどに切り詰め、前髪と眉の間が指三本くらいの間隔で切り込んだ。 むくつけき男たちの息遣いをむき出しになった耳に、うなじに、額に、感じる。 ――もはや乙女ではなくなっていくのだ。 不意にそう思った。思ったら、不覚にも涙腺が緩んだ。しかし、アランも立ち会っている。泣くわけにはいかない。 それでも、一粒の涙がこぼれた。 ――これが女として流す最後の涙となるのだ。 と自分に言い聞かせた。 ジョキ、ジョキ、ジョキ―― バサッ、バサッ―― また不意に、今度は「恋敵」の顔が、頭の中よぎった。 ――フェブラリー・マイミー……。 マイミーがアランを密かに――まだ恋という自覚もないままに、慕っているのをルイーズはちゃんと見抜いていた。 ――小娘のくせに。 とルイーズは冷笑したくなったが、ずっと傍に仕えながら、その気持ちに気づかれることもなく、その想いを伝えられずにいる自分とどれほどの違いがあるというのだろう。 同じ男を恋う者同士、敵味方となった。決着は戦場で着くだろう。 ルイーズは美しい少年となった。キノコのような赤いオカッパ髪の少年に。 散った髪はひとまとめにされ、かがり火に放り込まれた。 自らの髪が焼け焦げる匂いを嗅ぎながら、ルイーズは騎士としての誓いを立てた。 そして叙勲され、剣を与えられた。 「この剣で――」 ルイーズは言った。 「アラン殿下に仇なす賊は全て斬り捨て、アラン殿下の御心を安んじ奉ります」 「俺はそなたを信頼している」 とアランは言った。その言葉はルイーズを感激させた。軽くなった頭をひたすら伏した。 以降、ルイーズは戦場を駆けた。 アランの幕下にあって、名軍師の本領を発揮した。 アラン軍は息を吹き返し、シャル王太子の陣営を圧倒した。 アランと共に敵の返り血を浴びる快感に、ルイーズは狂喜した。 しかし、ルイーズの奇跡もそこまでだった。 進軍中、ルイーズはわずかな従卒を連れただけで、軍を離れ、斥候に出た。そして、敵地を踏み、発見され、あっけなく捕らわれてしまった。軽率との誹りは免れないであろう。 臨時裁判によって、ルイーズは死刑を宣告された。軍の機密については、拷問にかけられたが、最後まで自白を拒絶した。騎士道を貫いたといえる。天晴な武人、とルイーズを褒める敵戦士も多かった。 群衆に石や悪罵を投げつけながら、ルイーズは断頭台に立った。享年22。 首をうたれる間際、ルイーズは彼女を見つめる冷ややかな視線に気が付いた。 視線を辿ると、 ――マイミー!! フェブラリー・マイミーが立っていた。庶民の姿に身をやつし、人群れに紛れて。 マイミーは「恋敵」の死に冷笑を浮かべていた。 ――おのれっ!! ルイーズは身体中の血が逆流するほどの憤怒と恥辱をおぼえた。 次の瞬間、首切り役人の斧が振り下ろされた。 冷たい土の上に、ルイーズの首が転がったとき、第四次魔界王位継承大戦の勝敗は完全に決したと言える。 マイミーは笑ってなどいなかった。眩し過ぎる冬の太陽に、刹那、顔を歪めただけだった。 そして、処刑を見届けると、フラフラと路地裏へさまよい出て、かつて姉のように慕った女性の最期にさめざめと泣いた。 (了) あとがき いよいよ始まりました。第3回リクエスト企画!! 第一弾は「軍隊か騎士団に入隊するために断髪」とのことで、「騎士団」という存在に心惹かれ、チョイスしました。 しかし、世界史については細かなことはわからず(中世ヨーロッパ史について大昔色々調べたことはあるのですが、もう忘れてしまった・汗)、で、架空世界の騎士団にしようと、フェブラリー・マイミーのワールドと接続した次第です。 タイトルは村上春樹氏の小説から頂きました。「フェブラリー・マイミー外伝」にしようかとも思ったのですが、あの作品、結構コアなファンの方がいらっしゃるようなので、期待をあおってしまっては申し訳ないので、本タイトルに落ち着きました。 あまり話を膨らませることができず、短編になってしまいました(^^;) 本当は金髪をイメージしていたのですが(「ロードス島戦記」のヒロインみたいな)、自作の金髪ヒロイン率高いので、今回は赤毛にしました。うーん、やっぱり素直に金髪にした方が良かったかも。。 ともあれ、割とスムーズに書けて、幸先よかったです♪ 最後までお読みいただき、本当にありがとうございました(*^^*) |