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散髪屋ケンちゃんVS隙あらば髪を伸ばそうとする尼


「あの女・・・」

 ヘアーサロン宮崎の雇われ理髪師の皆川健介(みながわ・けんすけ)は、苦虫を噛み潰したような表情で、うめくように呟いた。

 スマホを睨んだ。

 地方発の情報ページ、一人の女僧が特集されていた。

 女僧のプロフィール――昭和〇〇年岩手県遠野市の〇〇寺の次女として生まれる。出家。3x歳で○○寺の住職となる。遠野市の町おこしに尽力する。テレビ「オシャカ様でも気づくめえ」に出演。地元ラジオのパーソナリティを務める。執筆活動も行う。著書に「ひよっこ尼僧奮戦中」「心を豊かにする88の仏陀の逸話」「祈り」

 写真の女僧は有髪だった。

 ワンレングスの髪を左右に分け、肩まで伸ばしていた。キューティクルな髪、相当ケアーしているのだろう。執念めいたものすら感じさせる。

 しかし、その髪は、彼女がまとっている僧衣とは、おそろしくアンバランスだった。互いにその美を、見事なまでに相殺していた。

「やれやれ」

 村上春樹作品の登場人物のように、健介は肩をすくめる。

 顔は美しい。その柔和な笑みに惹かれる閲覧者も多いはずだ。

 しかし、そんな屈託のない明るい笑顔の画像に、健介は、ふたたび、

「チッ」

と舌打ちを禁じ得ないのである。

 店のTVでは、AKU47の人気ナンバーワンの青砥真凪子(あおと・まなこ)卒業のニュースが放映中だ。

 これからは、モデル、女優、バラエティーと幅広く活動していきたい、と真凪子はトレードマークの超短髪を振り立てて、熱く語っていた。

 そう、この青砥真凪子の髪を、クルーカットに切り落としたすぐ後、健介は件(くだん)の女僧――佐佐木妙潤(ささき・みょうじゅん)と出会ったのだった。



 夕刻、そろそろ店をしまおうかいうときに、飛び込みの客、それが佐佐木妙潤だった。

 法界坊のようなむさくるしいボサボサ髪を突き出し、

「全部剃毛して下さい」

「剃毛?」

 ちょっとたじろぐ健介に、あわてて、

「あ、いや、て、剃髪です、剃髪」

 顔を真っ赤にして訂正する妙潤だった。

 健介はそれはもう嬉々としてバリカンを振るい、縦横無尽に、ジャアアアァアアァアァァ、と走らせた。

 剃刀でジョリジョリやられ、自分の髪にまみれながら、妙潤は「二度目の剃髪」の事情を語った。

 昨年寺を継ぐべく出家、ロングヘアーから一気に剃髪姿になったが、以後蓄髪(ちくはつ)していたという。

 が、明日、宗門で大切な法会があるので、まさかボサボサの伸びかけ頭で出るわけにもいかず、渋々また頭を丸め直すという。

「せっかく伸ばしたのに」

とだいぶ未練そうだった。東北のなまりがちょっとあった。

「まあ、尼僧さんて坊主頭って相場が決まってるじゃないッスか」

「古い古い。今はそんなことないですよ〜」

「坊主頭の方が本格的で有難味がありますよ」

などと言い合っているうちに、ツルー、ピカーッ、と剃りたてられ、妙潤は指定の料金を払い、去って行った。

 天才的な女タラシの健介が、佐佐木妙潤から彼女についての情報を聞き出すのに、大した造作はなかった。

 そして、早速、その夜、健介は妙潤の宿泊しているホテルの部屋をノックし、「アフターサービス」に励んだのは、言わずもがな、である。

 尼僧になるため髪を剃ってからずっとご無沙汰だった妙潤も、喜んで健介を迎え入れた。二人燃えに燃えた。

「これからはずっとこの頭でいようかな」

という妙潤に、

「それがいい」

と坊主女子短髪女子好きな健介は、深くうなずいた。

 「アフターサービス」は明け方まで続いた。クリクリ頭の妙潤はか細いヨガリ声をあげた。

 ――なんてカワイイんだろう!

 健介は一層激しく愛撫した。



 法会が終わってからも、妙潤は店に来た。

 健介は剃った。剃りまくった。青々と。

 そして、またホテルで――。

 翌朝、妙潤は遠野に帰っていった。青い丸い頭をオビンズル様のように、さすりながら。



 また会いたいなぁ、と思うこともあったが、金も暇もない。千秋庵の佐伯目蓮(さえき・もくれん)との逢瀬にも忙しい。

 「過去の女」には興味の抱かない健介だが、剃髪を介して知り合ったせいだろうか、妙潤だけは別格で、ある夜ふけ、ふと彼女のことをネットで調べてみた。

 地元では有名な尼さんらしく、色々と情報が入ってきた。

 妙潤、また髪を伸ばしていた。なかなか女を捨てきれないらしい。まあ、そもそも、心底なりたくて僧侶になったわけではないので、仕方がない。

 「本業」の他に文筆業やタレント業にも精を出していた。講演活動も盛んに行っているようだ。写経教室などカルチャースクールみたいなこともやっていた。

 だがしかし、近年、ご尊父が逝去され、〇〇寺住職に晋山、おそらく周囲からのプレッシャーもあったのだろう、三度目の坊主頭に刈っていた。

 ――忙しいことだ。

と健介は苦笑する。

 ――でもこの人、剃髪した方が映えるな。

とその美に改めて感じ入った。

 感じ入ったそばから、妙潤は剃髪を怠けはじめた。また髪を蓄えだした。よほど坊主頭が嫌らしい。

 ベリショの画像を見つつ、

 ――ここは俺の出番かな。

とすこぶる勝手に思った。

 が、時期を待った。

 半年待った。

 その間妙潤も髪を伸ばし続けた。その頃には、AKUの青砥真凪子はその全盛期を迎えていた。

 健介は遠野に向かった。商売道具を携えて。

 流石民俗学の聖地、民話等をモチーフにした数々の建築や像があちこちあったが、健介は目もくれずタクシーを拾い、一路、妙潤の寺へ。

 ショートカットの妙潤は、驚きつつも懐かしそうだった。彼女の中でも、健介の存在は忘れられないものがあったらしい。あれこれ歓待してくれた。昼も、夜も――。

 翌日、健介は妙潤の髪を剃った。

 妙潤は髪を剃ることを、なかなか承知しなかった。

「剃髪だと色々不便なことが多いのよ」

とさんざゴネていたが、健介は聞く耳持たず、彼女の身体にケープを巻き付け、バリカンでバリバリと、何年もかけて伸ばした髪を削除して、つるりん、と剃りあげてしまった。

「せっかくここまで伸ばしたのにぃ〜・・・ひどい!」

と青光りする頭を抱え、涙ぐむ妙潤に、

「君は坊主の方が絶対似合うって。有髪の尼より剃髪の尼の方が世間的にも信用される。プロフェッショナルなんだから、それくらいわかれよ!」

と健介はなだめ、すかし、脅し、愛でた。サディスティックな悦びに全身、浸りきりつつ。

 そして、

 もう二度と髪は伸ばしません。ずっと坊主頭で生きていきます。

という誓約書を無理やり書かせたのだった。



 それきり妙潤のことは忘れていた。

 が、話は冒頭に戻る。

「あの女・・・」

 そう言えばあの遠野の尼さんどうしてるのかな、とふとネットでチェックしてみたら、妙潤、ボブに。しかもエラソーに人生相談とかしてやがるし。

 妙潤は誓いを反故にした。相当髪に執着があるようだ。

 健介は再びの遠野行きを決意した。内なる情動のおもむくがままに。

 ――あの艶々な髪、剃り甲斐あるぜ!

 盛岡行きの新幹線に揺られ、健介はにやにや釜飯を頬張っていた。

 ちなみにオヤジさんには、パンデミックかも知れない、ととんでもない大嘘ついて店を休んでいる。

 遠野、着。

 相変わらず民俗学の聖地アピールに見向きもせず、タクシーで妙潤の寺に乗りつけた。

 チャイムを鳴らす。

「は〜い」

と声がして、妙潤が出てきた。健介を見るなり、

「まあ」

と絶句した。顔面が蒼白だ。健介の訪問意図は、100%わかっているのだろう。

 青ざめながらも、その眼の奥にはM的な喜悦の輝きがあるのを、健介は見逃さなかった。

「お母さんはいるの?」

「いるんじゃないの。知らないわ」

 妙潤は実母とは異常なまでに仲が悪く、母親は寺の敷地内にプレハブの小屋を建てそこで暮らしていて、娘とは別居状態だった。

「何の御用でしょうか?」

 妙潤はとげとげしい口調で言った。しかし、語尾が微かに震えた。強がってはいるが、怖がってもいるし、悦んでもいる。

 健介もわかっている。だから笑って、

「約束を破ったな」

と言った。

「あれは貴方が強引に・・・」

「約束は約束だ。ちゃんと念書もある」

と誓約書をヒラつかされては、妙潤も黙るしかない。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 沈黙のうちに話はついた。

「もう四の五の言わさないぞ」

「わかってるわよ」

 妙潤は案外あっさりと受け容れた。もう何度も坊主にされて免疫もついたのだろう。

「よーし、切るぞ刈るぞ剃るぞ〜!」

と健介はハイテンションで、ズカズカと寺にあがり込み、妙潤の襟首をつかむようにして、奥まった室に連れて行き、畳に引き据え、首にネックシャッターと水色のヘアーキャッチケープを巻いた。

「はあ」

 妙潤は大仰なため息を、聞こえよがしに吐いている。

 しかし、健介は構わず、業務用のバリカンをウキウキと作動させる。

 ヴイィイイィイイン

 バリカンは機嫌よく鳴り始める。

 妙潤の顔が歪んだ。

 その表情は健介の大好物だった。そして陽光に照りかえる艶々の髪も。

 辛抱たまらず、額の髪の分け目から、いきなり刈った。

 ぐわああああぁぁ、とひと刈り、それだけで大量の髪が減じた。

 麗しいボブヘアーの一角が突き崩された。

 切られた髪は、ばばばばああぁ、とケープを転がり落ちていった。

 妙潤の額から頭頂への一本の切通し、青々開通した。

 その横、さらに横、と美髪は払われ、青道はみるみる太くなっていった。

 バリカンは一番短く刈れる床屋専門のバリカンだった。妙潤の頭皮から滲む脂が、烈日にテカテカ光っている。

 逆モヒの妙潤に、健介はついムラムラして、我慢できず、

「なあ、いいかい?」

「何がいいの?」

「俺、一度逆モヒカンの女とヤッてみたかったんだ」

「え? え? え?」

「いいだろう?」

「何考えてんのよッ! バカじゃないのッ!」

 刈りかけ髪を振り乱し、激しく抵抗する妙潤だったが、健介は無理やり18禁の世界へ――

 剃髪の真っ最中に剃り手とヤッちゃった尼さんなど、古今東西絶無だろう、と健介は自分に呆れ、妙潤を軽侮した。

 妙潤は逆モヒカンの頭をのけぞらせ、両サイドの残り髪を振り乱し、乱れ、果てた。彼女も彼女でみっともない頭で、男に犯される無様さに、マゾヒスティックな興奮を感じているらしかった。

 こんな女に人生相談しているヤツは救われたもんじゃない。



 ※ ※ ※ ※



 結句、断髪は夜までずれ込んでしまった。

「ひどいじゃない」

と妙潤は苦情を申し立てるも、目が悦んでいた。心なしか肌のコンディションも良くなっていた。

 健介はバリカンを大胆に、ときに小刻みに動かした。

 バリバリバリバリ〜

と右鬢を刈り飛ばした。

 女の命は根元から断たれた。

 ぐわあああぁぁ!と髪は切り裂かれ、めくれあがり、浮きあがり、絶命し、ヘアーキャッチ部分に、バサバサと死屍累々、積りに積もっていった。

 バリカンでのカットは終了した。

 寥々たる丸刈り頭が、ポツン、とあった。

 妙潤はアホな子のように、虚ろな目でポカンと口を半開きにしているだけだった。

 そんな女僧の間抜け顔を尻目に、健介は次の工程に取り掛かった。

 シェービングジェルを頭の隅々まで塗った。

 そうしておいて、レザーでじっくりと剃った。

 ジジジー、ジッ、ジッ、ジー

と摩擦音が不気味に響く。

 今日のために研ぎ澄まされたレザーは、実に素晴らしい切れ味だった。

 毛根をほじくり返さんばかりに、健介は力と技を込めて剃った。

 生々しい音とともに、妙潤の頭皮が露になる。日頃飽食しているせいだろう、頭皮は脂ぎっていた。

 その脂を、髪とジェルと一緒にかき落とす。レザーの刃の上に、こんもりと髪とジェルと脂がのっかる。それをタオルで拭い拭い、健介はレザーを滑らせる。

 襟足を剃り下ろしたとき、妙潤は目を細めた。心地よかったのだろう。

 剃り終えて、蒸しタオルでスキンヘッドを、キュッキュッと拭いた。

「やっぱり尼さんは剃髪じゃなきゃね」

と声を弾ませる健介に、

「そうね」

と妙潤は苦笑いして、同意した。

「はい、これ。プレゼント」

と五枚刃のジレッドを渡した。

「これで頭の手入れをするといい。涼やかにその頭を保つように。次伸ばしたら永久脱毛な」

「ひいぃい〜」

 妙潤は震えあがる。

 ――やっぱり剃髪の似合う尼さんだな。

 健介は思った。

 その夜は寺に泊めてもらった。



 翌朝、健介は寺を辞去した。

 妙潤が山門まで送ってくれた。

 寺の庭には大きな栗の木がある。

 そのイガグリがボトリ落ちて、妙潤の頭を直撃!

 無防備なスキンヘッドにイガグリのトゲをモロに受け、

「うぎゃあ! うう、うぅ・・・ぐぐぐ・・・」

 妙潤は悶絶していた。健介は思わず笑ってしまった。

 せっかくなので、駅前の土産物屋で民話の本を買って、帰りの電車の中でパラパラと読んでいた。



 翌月、妙潤のインタビューがネットのローカル記事に掲載されていた。

 画像の妙潤は坊主頭を青光りさせていた。あのプレゼントも大いに働いているようだ。慶祝だ。

 インタビュアーの、

『剃髪なさったんですね』

という質問に、

『やはり仏弟子としては、剃髪があるべき姿だと思うんですね。せっかくご縁あって僧侶の道に入ったのですから、キチンと頭を丸めて仏様にご奉仕させて頂きたいという気持ちが生まれたんです』

と綺麗ごとを並べ立てていた。

 ――見栄っ張りだな。

と健介は微苦笑する。

『床屋さんで剃られたんですか?』

と訊かれ、

『いえ・・・あの・・・知人に』

と妙潤は言葉を濁していた。

 「知人」はニヤニヤしながらログアウト。

 外は木枯らしが吹き始めている。

 これからの季節、剃髪頭はさぞ寒かろう。

 ふと、妙潤に毛糸の帽子を送ってやろうかと思ったが、やめておくことにした。

「おい、健介、千秋庵の庵主さんから水曜日、“ご指名”だぞ」

と皮肉たっぷりのオヤジさんに、

「了解でーす」

 健介の頭の地図は、遠野から千秋庵にガチャリと切り替わる。ワクワク。

 世は全てこともなし。

 散髪屋ケンちゃんは今日も行く。




               (了)




    あとがき

 迫水野亜です。
 今回は思いつきのネタです。
 いや、いつものことだろう、と突っ込まれる向きもありましょうが、自分の場合、ネタを思いついても何年も寝かして熟成させるタイプなのです。何年も、とはいかなくても、あらかじめプロット(イラスト)を何枚も描きまくって、そのワールドに没入したりするので、こういう思いつきネタ一発というのは珍しいんですよ。
 当初は「隙あらば髪を伸ばそうとする尼」だけだったんですけれど、しかし、剃る側も相当尼僧の剃髪に情熱を燃やすタイプじゃないと成立しないぞ、と考え、「女弁慶」シリーズなどの熊男・片倉氏と、どっちにしようか迷った結果、ケンちゃんに登場願いました。
 迫水、「遠野物語」フリークで、実際に遠野にも行ったことがあります。そのときのことを思い出しつつ執筆いたしました。あんまり楽しい思い出はなかったなぁ。もう一度ちゃんと行ってみたいです(*^^*)
 お付き合いありがとうございました\(^o^)/



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