「魔法少女フェブラリー・マイミー後日談」をめぐる13の断章 |
(1)洗礼 ジャキッ、ジャキッ、ジャキッ! という音と額にあたる金属の感触に、舞美は閉じている目をさらに、ギュッと瞑った。 目を閉じていても光を感じる。今まで前髪の隙間をすり抜けて届いていた光線が、何の遮蔽物もなく、直接目にあたっている。 その光に、おいでおいでされ、耐え切れず、舞美は眼を開いた。 世界は想像していたより、ずっと眩しかった。 ――あっ! と思わず怯む。 そうして、鏡を通して自分の姿を見る。すっかり前髪は短くされている。ちっともイケてない。激しく落胆。 前髪を眉上までカットされると、ひどく幼く見える。 「舞美〜、これから舞美もアタシたちの仲間になるんだよ〜」 「頑張れ〜」 とすでにオカッパ髪にされたエッちゃんとリッちゃんはひやかしてくる。スマホでムービーを撮っている。舞美も二人がオカッパになるさまを激撮していたので、文句は言えない。 ――とほほ・・・。 泣きたいような苦笑したいようなヘンテコな気持ち。 前髪を切ったら、床屋のオバチャンは次の工程にとりかかっている。 左端の髪に鋏が入る。顎のラインで、ジャキッ! そうして、ジャキジャキ、ジャキジャキ、と鋏は後頭部、右へ頭をグルリ半周し、舞美はスキリサッパリとオカッパちゃんに。 長い髪が雨だれのように、滴り落ちていく。 (2)終戦 その一か月前の舞美――いや、魔法少女フェブラリー・マイミーを振り返ってみたい。 8ヶ月に及んだ第四次魔界王位継承大戦は、最後、シャル王太子側につくフェブラリー・マイミーと敵将アランとの一騎討ちに委ねられた。 アランもひとかどの男。類まれな美貌で武勇に優れ、理想もある。将器もある。 アランはかつてシャルと結んでいたが、シャルの器に疑問を抱き、魔法使いの老婆の讒言にたぶらかされ、ついに決起に踏み切って、大乱となった。 マイミーは密かにアランを慕っていた。初恋だった。 その初恋の人と戦わなければいけない運命に苦しんだ。 アランもマイミーに妹に対するような愛情をもっていた。 「マイミー、何故わからない!」 戦いながらアランは叫んだ。 「この腐敗した世界を根本から正すためには、犠牲が、流血が、必要なのだ!」 「わかんないっ! わかんないよぉ!」 マイミーは叫び返した。 「だって、アタシ、子供(ガキ)だもん! 子供なんだもんッ!」 フェブラリー・マイミーはその必殺技、マジカルダークミラージュでアランを滅した。 「ぐわああぁぁ! マ、マイミー・・・そ、それでいい・・・それでいい・・・己の信じた道を生きれば・・・それで・・・いい・・・」 アランの五体は焼き尽くされ、虚空に消えた。マイミーは初恋の人を殺した。 「アラン・・・アンタのために流す涙なんてないよ・・・誰が貴方のためになんか、泣くもんか・・・泣くもんか・・・」 歯を食いしばりながら、悲しみに耐えるマイミーの目から涙がこぼれ、頬を伝った。 そんな彼女を 「舞美・・・」 「相棒」のルゥはいたましそうに見つめるだけだった。 (3)悪法 ブラック校則 という語を最近見たり聞いたりする。 理不尽かつ意味不明、人権を蹂躙するような校則を指すらしい。 舞美たちの通う南松永北中学校(ややこしいな)にも、 男子は丸刈り 女子はオカッパ という時代錯誤も甚だしい校則が存在している。おまけに「学校指定の床屋」で髪を切らなくてはいけないという補則まである。 人権侵害ではないか との声も以前から湧きおこっているみたいだが、 あった方が中学生になったという自覚が芽生え、非行も防げる という保守派の意見も根強い。 改正しようという動きが生徒間でも何度か起こったのだが、 「自分たちも我慢して髪を切ったのだから、新入生ばかりがそれを免れるのは納得いかない」 というエゴイスティックな感情論もあり、その都度斥けられてきた。 結果、舞美らも本日、理髪椅子に座る羽目に陥ったのだった。 (4)猿山 舞美もオカッパ髪になった。 「“お姉ちゃん”になったね〜」 と床屋のオバチャンは顔をほころばせる。 「仲間仲間〜」 「舞美ちゃん、かわいい〜」 とエッちゃんとリッちゃんははやす。 「しっかりムービーに撮ったよ〜」 「三人分のバッサリだよ〜」 「あとで編集してYoutuboにアップするか」 舞美は無言で、ハシャぐエッちゃんの腹にパンチをくらわせた。 「ぐはっ!」 倒れ伏すエッちゃん。リッちゃんも青ざめる。 「その動画の編集はアタシがやる」 何せ初恋の人まで滅ぼした少女舞美、人間界でのほほんと暮らしていたエッちゃんリッちゃんとは、肝の座り方に天地の差がある。 「わかったな」 とすごまれ、 「は、はいっ!」 二人は直立不動。 この瞬間、舞美の親友二人はムービーの編集権と同時に、人としての品格も舞美に譲渡してしまった。 「ククク、始まった始まった。入学前のマウント合戦が」 オバチャンは愉快そう。 こうした小学校→中学校における序列の再編成もまた北中の春の風物詩であるらしい。 (5)覚醒 床屋を出たところで、突然一陣のつむじ風。 バッ と舞美のスカートが舞い上がる。 「へっへっへっへっ」 クラスメイトだった木崎だ。 「おっ、もうクマさんパンツは卒業したのかよ」 呵々大笑する木崎。 「・・・・・・」 舞美は木崎の顔面を殴りつけた。 「ぶっ!」 鼻血が飛ぶ。 「えっ?」 木崎は何が起きたかわからずにいた。なので、もう一発。バキイィィ! そして、舞美は木崎の顔が腫れあがるまで、ボコボコにした。 「クククク、舞美を、舞美サンを怒らせやがって」 「舞美サン、それぐらいで勘弁してやって下さいよ。ケーサツ沙汰になっちゃいますよ〜」 「やだね」 舞美は木崎を引きずって、ふたたび床屋の中へ。 「オバチャン、バリカン借りるね」 とデカいバリカンで、しかもアタッチメントなしで、木崎の頭髪を全部刈ってしまった。 「北中生としての気合い入れてやんよ」 と言いながら。 「木崎、いいザマじゃん」 「さすが舞美さん! シビれるわぁ」 「いいか、木崎!」 かつての天敵を起立させ、舞美はありがたい訓戒を垂れる。 「もうお気楽な小学生時代じゃねえんだよ!」 「すんませんっ!」 刈り残しだらけの青頭で顔を腫らした木崎は、上官に対する兵卒の如く、すっかり教育されていた。 「テメーは今日から如月軍団の最下層メンバーだ」 わかったか、と尻を蹴りあげられ、 「はいっ!」 「これからはアタシに“はい”以外の言葉は使用厳禁だ」 「はいっ!」 「使いっ走りや“鉄砲玉”としてコキ使ってやるからな。覚悟しとけ」 「はいっ!」 木崎は嬉しそう。実はドMらしい。 「とりあえず散髪代は払えよ」 と舞美は木崎の財布を取りあげ、札を全部引き抜いた。 「はいっ! 舞美サンに頭刈ってもらって最高ッス!」 「“はい”以外はしゃべんなっつたろうが!」 と、また蹴りを入れられ、 「はいっ!」 と木崎は鳴いた。 「舞美サン、桐生のやつも近々髪切るんじゃねっすか?」 「アイツが親父に泣きついてオカッパ校則撤廃してくれると思ってたんだけどな。つくづく使えねー女だ」 桐生マーガレットは、舞美の小学校時代のクラスメイトで、大企業の令嬢だった。 本当はお嬢様学校に入学する予定だったのだが、舞美へのライバル心から舞美と同じ公立中学へ進学を決めた。 日本人とイギリス人のハーフで、長い金髪を縦ロールにして粋がっていたが、校則は彼女も例外とはせず、断髪を強いている。 「あの女がバッサリとオカッパ頭にされるなんて、想像しただけで笑えてくるね」 と舞美はドス黒い笑みを浮かべた。 「その一部始終を撮影して他の奴らに見せてやりましょうよ」 「そいつはナイスアイディアだね。クククク」 (6)春寒 数日後、そこの床屋の床には、ブロンドの長い巻き髪が、大量に散っていた。 床屋のオバチャンは箒でそれらを掃き集め、さっさとゴミ箱に捨てていた。 (7)落魄 放課後、 「おーい、桐生」 と舞美に声をかけられ、マーガレットはビクッとなる。 恐る恐る、 「な、なんですの、如月さん?」 「ウチら今日、掃除当番なんだけどサ、用事があるんだよね」 「だから代わってくんない?」 「アタシらも色々忙しくてさ」 などと、如月軍団に圧力をかけられれば、マーガレットは従わざるを得ない。 「“お仕置きカット”、すっかりサマになってんじゃん」 舞美はニヤニヤと、マーガレットの半分以上刈りあげられた後頭部をタッチしてくる。 「うおぉ〜、ジョリジョリしてマジで気持ちいい」 「ウチらにも触らせてよ」 手下どもも無遠慮に後ろ頭をなでてくる。いつもこんなふうに触られている。 マーガレットは唇を噛んで、なすがままにされていた。かつては舞美をライバル視してきたのに、中学入学の断髪をきっかけにして、奴隷に近いカーストまで転落してしまった。 ひとり、教室の机や椅子を動かして、床を掃き、拭く黒髪オカッパの少女。 「やべっ、今日掃除当番だった」 「危うく忘れるトコだったね」 と二人の少女――智花(ともか)と朋那(ともな)が駆け付けるが、掃除中のマーガレットを見て、 「あっ、桐生がやってる」 「ホントだ。えらいね、桐生」 「じゃあアタシらは帰るか」 「桐生、後よろしくね〜」 「ちょ、ちょっとお待ちになって〜!」 智花と朋那はかつてはマーガレットの親衛隊だった。主を「マーガレット様」と呼び、その美しさやファッションや教養を讃え、崇拝し、マーガレットの言うことには、何事につけ素直に従っていた。 が、マーガレットが落ちぶれると、二人揃って彼女を見限った。最底辺に堕ちた元の女主人を他のクラスメイトに混じって、嘲り、侮って、萎縮させていた。 そんな二人に、 「どうかお掃除、手伝ってくださいまし」 と床に土下座するマーガレットの青春。 「仕方ねえなあ」 「感謝しろよ」 「さんざんデケェ面しやがって」 「ウチらまだ許してねえんだからな」 智花と朋那はウンコ座りしながら、マーガレットの後頭部をさすりさすり。 「ありがとうございますっ!」 と額を床にこすりつけるマーガレット。 ――ああ! 父の勧め通り名門女子校のビビアン学院に入学していたら、とマーガレットは臍を噛む。 長いブロンドヘアーをたなびかせ、優しく美しい「お姉さま」たちとのお茶会で得意のフルートを披露したり、名店のスイーツを味わったり、いけなくも甘美な「お遊戯」に耽ったりしていただろうに。 後悔先に立たず、という諺が骨身に染みる。 如月舞美と闘うために庶民の学校を選んだのに、舞美たちの下女のような学園生活。 しかも家に帰ってからも父の教育方針の大転換で――スローガンは「質素倹約」――かつてのようなお嬢様生活は許されずにいる。嗚呼! (8)昔日 6年2組の教室は今日も賑やかだ。 「コラァ! 木崎」 舞美が木崎につっかかっていく。 「アンタ、またコノちゃんイジメてたでしょ!」 「イジメてなんかねーよ。ちょっとからかっただけだよ」 「コノちゃん泣いてんじゃん。謝んなよ!」 「やだね」 「こうなったら実力行使あるのみだよっ!」 「お〜、怖っ!」 「待ちなさいよ!」 逃げる木崎。追う舞美。 「舞美ちゃん、このところ過激だよね」 「ねっ」 エッちゃんもリッちゃんも肩をすくめて笑う。 「こっちも色々戦いの日々だからね」 「戦い?」 「あー、いやいやこっちの話、こっちの話」 「もしかして“あの日“とかか?」 「木崎サイテー」 「舞美ちゃんに謝りなさいよ〜」 そこへ、 「ほおほっほっほっほっ!」 空気も読まず割って入る桐生マーガレット。 「如月さん、どうかしら、今日のワタクシの衣装」 「マーガレットちゃん、なんでいきなり十二単なんて着てるのよ(汗)」 「特注いたしましたのよ。ちょっと現代風にアレンジして」 「金髪縦ロールに十二単はどうかと思うなあ」 「あら、如月さん、ワタクシのセンスにダメ出しをなさるおつもり?」 「マーガレット様のお召し物に言いがかりをつけるなんて、百万年早くてよ!」 「マーガレット様のこの美意識がわからないなんて、気の毒な方ねえ」 と智花と朋那がマーガレットの両サイドから口撃してくる。 「やれやれ」 と呆れ顔の舞美だ。 「あの〜、桐生さん、学校には動きやすい服装で来てね」 影の薄い鏡先生(♀・25歳)がいつの間にか、教壇に小さく立っている。 「何ですってええ!」 マーガレットは憤然と教卓に詰め寄る。 「鏡先生、確かにこの服装は、少々運動に適していないとは思いますわ。しかし、このファッションのコンセプトは温故知新、古きをたずねて新しきを知る、なのです!こうやって昔の服を身にまとい、日本人の美学に触れる。素晴らしいことではありませんか!」 気の弱い鏡先生は、マーガレットの猛抗議に押されに押され、 「そ、そうかなぁ〜、まあ、とりあえず席に着い――」 「マーガレット様、マーガレット様宛の恋文が、今月だけで段ボール二箱分も!」 「ワタクシの知り合いのお寺でまたお焚き上げをしてもらいましょう。この殿方たちの熱烈なお気持ちはわからなくもないのですが、この桐生マーガレット、特定の誰かのものにはなりませんわ。遍く三千世界を照らす太陽のように、皆様に愛と光をお届けするのです」 「ご立派ですわ、マーガレット様!」 「どこまでも付いていきます!」 親衛隊の賛辞をバックに、膨らみかけた胸を反り返させる桐生マーガレット11歳であった。 (9)妄想 ミジメな中学校生活を送るマーガレットは、妄想の中に逃げ込むしかなかった。 「ビビアン女学院に入学した自分」をイメージする。 リリカルでもあり、クールでもある制服を身に着け、美しい学び舎で、優雅に振る舞う級友たちに囲まれる、そんなイメージ。 とりわけマーガレットは華やかな光彩を放っている。 妄想の中のマーガレットはいつだってブロンドのロングヘアーだ。 その金色(こんじき)の髪を級友たちは、 ――綺麗ですわ ――本当に美しいわ ――羨ましいですわ と口々に誉めそやす。 校内のカフェテリアで、オーガニックな紅茶を口に運び、文学や海外旅行などの話に花を咲かせる。 「お姉さま方」も皆優しく、マーガレットを導いて下さる。 そんな「お姉さま」たちの中で、最も美しく、最も優秀で、最も人気があり、最もエレガントな女性、その女性にマーガレットは「清香(さやか)」という名前をつけた。 「清香お姉さま」は優しい。甘えさせてくれる。フォローしてくれる。勇気づけてくれる。笑顔にしてくれる。 時折、 ――もう、しょうがない娘ね と軽く叱られたりもする。でもすぐに許してくれる。また優しく接してくれる。 一緒にショッピングしたり、散歩をしたり、食事やお茶を楽しんだり、服を選んでもらったり、ひとつのベッドで寝たり、「清香お姉さま」はピアノが得意だから、自分のフルートと合奏したりもする。 現実がミジメ過ぎる分、マーガレットはますます妄想にふける。 ――マーガレットの髪はとても美しいわ と「清香お姉さま」はいつもそう言って、マーガレットの長い髪を愛でてくれる。 しかし、リアルは―― ジョリジョリ ガッツリ刈り上げ黒髪オカッパだ。 タワシのような刈り上げ部分が指を刺す感触に、マーガレットは自室でむせび泣くのだった。 (10)悪縁 五月。GWに入りかけた頃、ピロロロ〜、とマーガレットのガラケーが鳴った。 舞美からだった。 ――ひいいぃ! マーガレットの背筋に鳥肌が立つ。 出たくない。でも出ないと酷い目にあう。 恐る恐る出る。 あんまり長い時間電話すると料金のことで父に叱られる、とあらかじめ予防線を張っておこうと対策を講じて(実際叱られるし)。 『桐生、オマエ、水曜日空いてる?』 と舞美は出し抜けに訊いてきた。 「す、水曜日はあのぅ・・・そのぅ・・・」 なんとか架空のスケジュールをでっちあげようと頭をめぐらすが、 『空いてんのか、って訊いてんだよ』 と凄まれ、 「あ、空いてますわ」 とつい正直に答えてしまった。 『じゃあ、ウチらと一緒に髪切りにいくべ。オマエも結構髪伸びてきたし、カラーリングも落ちてきてるだろ』 「えっ?!」 マーガレットはあやうくケータイを取り落とすところだった。 『“えっ?!”じゃねーよ。北中生は身だしなみが命だぞ』 じゃあ、9時にあの床屋の前で待ち合わせな、遅れんなよ、と舞美は一方的に言って、電話を切った。 マーガレットは床にへたり込んだ。 舞美には逆らえない。 (11)調髪 水曜日には、れいの学校指定の床屋の前に、約束の時間の30分前からマーガレットは立って待っていた。 2時間後、舞美たちが到着。 「桐生、先に来てたんなら、あらかじめ店に入って、アタシらの分の予約とっとけよな」 と理不尽なことを言われた。 「すみません・・・」 マーガレットは首(こうべ)を垂れた。すっかり如月軍団の犬に成り下がっていた。 そうしてカットの順番を待つ。 「暑くなってきたから短めに切って」 と注文できちゃうほど、舞美らは「お姉ちゃん」になっていた。 そして、 「サッパリした〜」 「涼しくなった〜」 と口々にさざめいていた。 マーガレットの順番は一番最後に回された。時間が時間だけに、すこぶる空腹だ。 如月軍団の中には昼ご飯を理由に去る者もいた。 「オマエ、むさ苦しいぞ」 と舞美が眉を寄せるくらい、マーガレットの髪は刈り上げ部分がボウボウで、黒髪の中に地毛である金髪がチラホラ混じっている状態だ。 床屋のオバチャンは、マーガレットのことをちゃんと憶えていた。 「すっかり北中生らしくなったじゃないの。でも、まだまだ、ね」 マーガレットは恐怖に打ち震える。 「オバチャン、その娘もサッパリ短くね」 「“お仕置きカット”おかわりッス」 如月軍団はマーガレットに口をはさむ余地も与えず、面白半分にオーダーする。 それに応え、オバチャンも無言でバリカンを取り出す。 ――い、い、いきなりですのォ〜〜?! マーガレットは腰を抜かしかけた。 ヴイイィィィイィン ヴィイイィイィィイン ジャアアァアァァ ジャアァァアアァァ バリカンはマーガレットの首筋から後頭部へと猛然と駆けあがる。 その勢いたるや、サイドの髪が圧されて、マーガレットの顔に覆いかぶさるほどだった。 バリカンを握った右手だけ動かし、片手でバリバリと刈っていくオバチャン。 そんなオバチャンの乱暴なバリカンの扱いに、 ――ひいいぃぃ〜!! マーガレットは縮み上がる。 一見投げやりに見えるカット、バアアアァァ、とむさ苦しく伸びている草原がバリカンによって整地されていく。 生え際はいかにも、バリカンで刈りました、といったように根元から摘まれ、後頭部はやっぱりボンノクボ辺りまで持っていかれた(><) ヴイイィィィイィン! ジャジャアァアアァァ! バリカンの感触に未だ慣れていないマーガレットは、ククッと小さく嗚咽し、それを堪えるかの如く歯を食いしばる。 この音に、この温度に、この振動に慣れる日がいつか来るのだろうか。それもやだ。 「おおっ、“お仕置きカット”二連チャン!」 「いいよ、いいよ〜」 と舞美たちがはやし立てる。 「まだ小学生時代を捨てきれてないところがあるからね、この娘は」 とオバチャンは言う。 マーガレットは目を瞑り、妄想の世界へ逃避する。 ――大丈夫怖くない、怖くないわよ。 と「清香お姉さま」はマーガレットの手を引いて、セレブ御用達のカットサロンへといざなう。 ――ちょっと勿体ない気もするけど、短い髪のマーガレットも私、見てみたいわ。どうか私のワガママを聞いて頂戴。 ――お姉さま、ワタクシ、まだ心の準備ができていませんわ・・・。 当惑するマーガレットに、 ――大丈夫、マーガレットならばきっと似合うに違いないわ。 ――わかりましたわ、お姉さま、全ては清香お姉さまの仰るがままに。 ――マーガレット、なんて可憐な娘。 シャンデリアが吹き抜けの店内を照らし、イングリッシュティーが振る舞われ、美容師は美青年。 その美青年が、 ――本日、桐生マーガレットお嬢様を担当させて頂く守谷と申します。どうぞお見知りおきを。さあ、まずはシャンプーをいたしましょう。 とマーガレットを、チョコレート色のクッションのついた席へとエスコートする。 しかし妄想もそこまで。 バリカンのモーター音 ポマードなどのいわゆる「床屋の臭い」 如月軍団もヤジやガヤ がマーガレットを無惨な現実へと引き戻す。 ようやくバリカンの音が止んだと思ったら、前髪とサイドの髪をバチバチ切られた。 サイドはエラの高さ、前髪は額が出るくらいに刈り詰められた。 オバチャンは首をひねりひねり、左右の髪の長さを調整していく。 なんだか盆栽にでもなったような気持ちになる。 ジャキジャキッ! ジャキジャキ―― バラバラと髪が滴り落ちていった。 ジー、ジー、ジジー、と剃刀でモミアゲやウナジを剃られ、そして前回同様、髪もまたカラス色に染め直された。 鏡の中には小便臭いクソダサ女子中学生がいた。 「桐生、あの一発ギャグやって」 と舞美はスマホをマーガレットに向けてくる。 仕方なく、マーガレットはあのモノマネをやった。 「“兄ちゃん、なんでホタル、すぐ死んでしまうん?“」 「キャハハハ!」 舞美たちは爆笑する。 「出ました! 鉄板ネタ」 「いいじゃん、桐生」 「キレッキレだぞ」 笑われて、ちょっとオイシイかも、と喜びを感じてしまうほど、マーガレットは落ちぶれ果てていた。 今夜も脳内世界で「清香お姉さま」に慰めてもらおう。 (12)夜会 舞美たちの虐待にも耐え、マーガレットは学び舎でのサンピン生活を続けている。 社交界からも遠ざかって久しい。 かつては紳士淑女の交流するパーティーなどに招かれ、富と美貌を武器に、小学生のクセにさまざまな殿方と浮名を流していたものだ。 例えば、外食チェーン店グループの御曹司(当時17歳)に、 「マーガレット様、今宵もお美しい」 「あら、まあ、子供をからかわないで下さいませ」 「いえいえ、どこからどう見てもご立派なレディーですよ」 「いやですわ、お世辞ばっかり仰っては」 「お世辞とは心外です。貴女のその麗しいブロンドのお髪(ぐし)を何度夢で見たことか」 「まあ、嬉しい」 「一曲踊って頂けますか?」 「どうしましょう。踊りたい気分ではないんですの」 「そう仰らずに。どうか、僕を皆から嫉妬される幸せな男にして下さい」 「仕方ない御方」 手をとられ、フロアーへ。 「貴女ほどの美女と踊れるなんて誇らしいですよ」 「お上手ねえ」 「僕は本気ですよ」 「うふふふ」 と恋の駆け引きを楽しみ、衆目を集めて悦に入っていたが、オカッパにセーラー服(校則で校外でも制服の着用を義務付けられている。ほとんど空文化しているのだが、マーガレットの父はその遵守を娘に強いている)に変貌を遂げたマーガレットは、当然鼻もひっかけられない。 その屈辱から逃れるべく、マーガレットはパーティーやセレモニー等への出席を、固辞していた。 ちなみに脳内の架空世界では、「清香お姉さま」とピアノとフルートでホールコンサートに出演し満場の観衆をウットリさせるの巻、まで妄想はすすんでいる。 昨日もトイレ掃除を押し付けられた分際で。 そして今夜は久方ぶりのパーティー。 出たくない、と拒んだが、重要な宴だから、と父に無理やり駆り出された。 オカッパ。セーラー服。場違い感満載の姿で、マーガレットは必要最低限の社交を済ませ、あとは「壁の花」となっていた。 かつて愛を囁いてくれた殿方たちは、各々新しいパートナーと幸福そうに踊っている。 オジさんやおじいちゃんには好評なのか、ダンスのお誘いも受けたが、顔をこわばらせ、遠慮させて頂いた。 若者も好奇心からか桐生家の財産目当てなのか、ごくごく稀に声をかけてきたが、一度断るとさっさと去っていってしまう。 ――だから来たくなかったんですのよ! 四角四面の父が恨めしい。せめてドレスアップはさせて欲しかった。 (13)邂逅 腐っていたら、どよめき。 ――何かしら? と顔をあげてどよめきの方を見たら、 一組の若い男女がステップも巧みに踊っている。しかし、女性の方は、なんとなんとなんと、 丸刈り頭!! だった。 マーガレットも他の参加者同様、ド肝を抜かれる。 男の子の方は笠原コンツェルンの御曹司・融(とおる)だ。 そして、女性の方は―― ――宍戸エリカ様!! 信じられず目をしばたたせるマーガレット。 宍戸エリカもかつては社交界の花だった。才色兼備の非の打ち所がない令嬢だった。 それが、しばらくぶりに見たと思ったら、いきなり坊主頭になっている。 エリカは周囲の驚きの目に恥じらい気味だったが、融にリードされ、力強くステップを踏み始める。 すごいなぁ、とマーガレットはエリカに感嘆する。 ――女の子が坊主にするなんて・・・。 きっと相当な勇気と覚悟が要るんだろうな、と想像してみた。 そんなエリカを堂々とエスコートする融。以前パーティーで見かけたときには、背も低く、「お子様」って感じだったのが、すっかり頼もしく美しい青年に成長している。 ――ワタクシにも―― 手を差し伸べてくれる人が現れるのだろうか・・・。 ――待ってちゃダメよ! と心の奥から声がした。「清香お姉さま」の声だ。 ――自分から一歩踏み出さなくちゃ。一歩踏み出したならば二歩目を踏み出さなくちゃ。 その心の声に導かれ、 ――よし! マーガレットは心を決めた。 ダンスがすんだ。 ――サヨナラ、「清香お姉さま」。 とこれまで支えてきてくれた心の中の佳人に感謝し、別れをつげた。 そして、フロアーへと踏み出す。一歩、二歩―― 「エリカ様ぁ〜」 エリカの首に飛びつくマーガレット。 「素敵ですわ! その美しさも気高さも、ヘアースタイルも!」 「あ、貴女どなた?」 エリカは突如アタックしてきたマーガレットにタジタジで、 「ああ、桐生様のトコの・・・」 と思い出してくれた。マーガレットを支える腕がたくましい。だいぶ鍛えているようだ。いよいよ惚れてしまう。 「マーガレットですわ!どうか是非是非エリカお姉さまの“妹”にして下さいませ」 「い、いや、私、そういう趣味は・・・」 「お願いいたしますわ!」 丸刈り&ドレスのエリカとオカッパ&セーラー服のマーガレットの邂逅の瞬間だった。 はてさて。 どうなるかは、神のみぞ知る、だ。 (了) あとがき 第2回リクエスト企画ラストの小説です! 「『魔法少女フェブラリー・マイミー後日談』の舞美の断髪やマーガレットのその後を書いて欲しい」とのご要望で、頂いたときは、え?ってなりました。 作者サイドからすれば「フェブラリー・マイミー後日談」は「とっくにケリのついた作品」だったので。 リクエスト企画ではこういう予想外のご要望に戸惑うことが多々あります。 迷った末、とりあえず幾つもの小エピソードをつなげてみるか、と今作のコンセプトを思いついた次第です。 長っ! 同時に発表した「シスコン無頼」の2倍もある(汗)そして、エリカお嬢を説得して「特別出演」してもらいました(笑) リクエスト企画をやっていて良かったと思うのは、こういう「チャレンジ」ができることですね〜。自分で自分に課すチャレンジはタカが知れているので。 読者の方々からハードルを用意して頂く形は結構ありがたいです(*^^*) ネガティブなことを言わせて頂けるとすれば、常に「〆切」に追われているようで安らげない(^^;) 他にも、これは!と思ったリクエストもあったのですが、今回はこの辺で御勘弁下さい。 しばらくインプット期間(休眠期間?)に入りま〜す。 |