シスコン無頼 |
オレは芦名李一(あしな・りいち)、しがない専門学校生。 豚まんと妹を愛する19歳だ。 今回は豚まんの話は置いといて、妹の話をしたい。豚まんの話を期待していた人、ほんとにゴメン。 妹の名前は寧々(ねね)。12歳。もうすぐ中学生だ。 世間的に言えばオレは「シスコン」なのだろう。 この七つ違いの妹にオレは愛情の限りを尽くした。 抱っこしたりおんぶしたり、肩車してやったり、身体を洗ってあげたり、遊び相手になったり、勉強を教えてやったり。 寧々はオレの愛情に応え、いっぱい笑ってくれた。いっぱいおしゃべりしてくれた。いっぱい甘えてくれた。いっぱい慕ってくれた。 「ネネ、大きくなったらリーチお兄ちゃんのお嫁さんになるぅ」 と回らぬ舌で言ってくれたときには、感涙にむせんだものだ。 しかし、そんな寧々も小学生も高学年になる頃には、オレをゴミでも見るような目で見るようになってきた。 素行も悪くなった。 メイクなんぞするようになったし、男の子をとっかえひっかえデートしたり、門限を平気で破ったり、不良化の兆しをみせはじめた。 オレはあせった。 両親は仕事の都合で、海外に住んでいる。 ゆえに、この芦名家の家長は暫定的にオレだ。 寧々を教育するのもオレの役目。 が、いくら注意しても、その都度、 「うるせえな」 とか、 「リーチには関係ないっしょ」 などと綺麗な顔をしかめ、反発するばかり。 どうにも手におえない。 困ったもんだ、と悠長に肩をすくめている場合じゃない。 オレは窮した。 このままでは寧々はダークサイドに落ちてしまう。 男遊びがエスカレートして、悪い男にひっかかり、犯罪に手を染め、しまいにはヤクザの情婦になり・・・ パンチパーマの反社に、ドスの効いた低音ボイスで、 「お義兄さん」 と呼ばれる未来図は絶対絶対阻止せねばならん。 「寧々、先にお風呂に入んな」 とリビングにおりていくと、寧々はスマホを放り出して、ソファーでスヤスヤ寝息をたてている。 「起きろ〜」 と言っても起きない。やれやれ。 「風邪ひくぞ」 と毛布をかけてやりながら、まじまじと寧々の寝顔を覗き込む。寝顔は天使なのだが・・・。 よからぬ考えが浮かぶ。魔が差してしまったのだ。 寧々のプリプリした唇に、オレの唇が吸い寄せられる。 ――あと2cm! というところで、眠れる居間の美女は、パチッと両眼を開いた。 そして、反射的に、 「この糞リーチがあああ!」 バキイィィ! と強烈なパンチを見舞われた。眼鏡が吹っ飛ぶほどのパンチ。 これはどう考えてもオレが悪かった。いやいや、寧々の寝顔がかわいかったのがいけないのだ。 それから二週間、寧々はオレに口をきいてくれなかった。もっとも、普段から会話らしい会話なんてしないんだけどさ。 オレは依然寧々の将来を案じている。 このまま寧々が中学に入ってグレて、自分で自分の人生を割り砕いてしまったらどうしよう。 そんな不安が脳内を占拠している。 多少厳しめの私立中学に入れた方がいいのではないか、と思いついた。 それをヤスエ伯母に相談してみた。 ヤスエ伯母は父の姉だ。自分たちが不在の間に何かあったら何事もヤスエ伯母にお伺いをたてるように、と父母から言われている。 男など役に立たない、と還暦近くまで独身を貫いている、しっかり者のヤスエ伯母は、 「確かにあんたの言う通り、規則の厳しい学校に入れた方が寧々の為にもなるねえ」 と深々とうなずいていた。 そして、あれこれ吟味の末、 梅ケ谷中学 という田舎の学校を伯母は選んだ。 我が家からは遠いが、そういう子のために、 「寄宿舎もあるしね」 とのこと。 オレはあわてた。寧々と離れ離れに暮らすなんてイヤだ。 寧々はオレ以上にその進学話を、嫌がって嫌がって嫌がり抜いた。 何せ、今日日、男子は丸刈り、女子はオカッパ、などというシーラカンス校だ。 しかしヤスエ伯母の驀進は止まらない。思い込んだら1mmもブレない女性だ。聞く耳持たずだ。 生意気盛りの寧々もこの伯母だけは苦手で、結局、伯母はねじ伏せるように、寧々に梅ケ谷行きを承諾させてしまった。 入学に際しては厳格な試験もあるのだが、ヤスエ伯母は梅ケ谷中にコネがあり、――だからその学校を選んだのだろう――そこは大人たちも忖度して、寧々の入学はすんなり決まった。 両親も、それがいい、ともろ手をあげて賛成した。 寧々は泣いていた。 オレも泣きそうだった。 寧々が家からいなくなるなんて・・・。しかし、発議者はこのオレだ。ありゃありゃ。 あつらえた制服――くっそダサいセーラー服だ――が届いても寧々は袖を通しもせず、 「オカッパなんて嫌だよ〜」 と泣き暮らしている。 しかし、寄宿舎に入る日は容赦なく迫ってくる。 「そろそろ美容院に行かないとな」 と折をみて言っても、寧々は、やだやだ、と駄々っ子のようにゴネて、オレはそんな妹を持て余した。 寧々のヴァージンヘアー、長く美しく女の子らしい髪、それをバッサリ切ってしまうのは、オレだって無念だ。 が、試験こそ免除されたが、髪型はそうはいかない。 入学案内を見ると、梅ケ谷女子の髪型が図解付きで、前、横、後ろ、と説明されている。 サイドは耳が半分出るくらい。 前髪は眉より2cm上まで。 後ろは前と横に合わせて、首が全部見えるほど刈り上げる。 思春期の少女にとって、余りに苛烈だ。 寧々の髪はブラウンがかっている。彼女の新しい学び舎の掟では、それが地毛であることを保護者(うちの場合、ヤスエ伯母)が学校に申請し、証明書をもらわなくてはならない。 元々厳しい校風だったが、太平洋戦争を「大東亜戦争」、その戦死者を「英霊」とナチュラルに呼ぶような先代の理事長が、さらに手綱を引き締めたらしい。 明日には寧々は、寄宿舎に入らなくてはならない。 オレも心を鬼にして、寧々に断髪を強いねばならぬ。 幸い、というべきか、オレは美容師の専門学校に籍をおいている。 嫌がる寧々を、 「いい加減観念しろよ」 と手をとって、フローリングのキッチンに引っ張り出す。 ヤスエ伯母の介入以来、寧々はすっかり牙を抜かれ、泣くだけの小娘に退行していた。 「リーチ、許して・・・。髪切らないで・・・」 と懇願する。 胸が痛む。 だが、 「座れ」 と無理やり、クッション付きの椅子に引き据えた。 いやだ、いやだ、と断髪を拒む寧々に、 「もし長い髪のまま、寄宿舎に入ったら、いじめられるぞ」 「いじめ」というワードに、寧々は敏感に反応した。 脅しではなく、きっとそうなるだろう。オレは寧々がいじめのターゲットになったりしたら辛いのだ。 ヘナヘナと腰砕けになる寧々の首に、折り返し付きの散髪用ケープを巻く。 寧々の髪をブロッキングする。 ヴァージンヘアーはいかにも処女といった風情で、初めてのバッサリに打ち震えているかのように、オレの目には映った。 ジャキジャキ とレザーで内側の髪を削いでいく。 寧々は顔を歪め、身体を硬直させている。 そんな妹に、 「大丈夫、梅ケ谷に入れば皆、同じ髪型なんだから」 となぐさめの言葉をかけるが、寧々は恨めしげな目で虚空を睨むだけ。すっかり不貞腐れている。 オレは苦笑して、 シャキシャキ、シャキシャキ と左後ろから左サイドの髪を、そして、右サイドの髪から、シャキシャキ、シャキ、右後ろの髪を、シャキシャキ、シャキシャキ、寧々の髪を、入学案内書に明記された通りの髪型に仕上げていく。 オシャレな感じにしてやろうかと思ったが、オレの腕では難易度が高く、それに、下手にそんなことをしたら、梅ケ谷校の教師や先輩、同級生たちにマークされてしまう可能性も大なので、思い直した。 削がれた髪はドサドサとケープの折り返し部分に落ち積もった。すごい量だ。悲しみの収穫。 クリップをはずすと、ブロッキングされていた外側の髪が、ファサッと短くした内側の髪に覆いかぶさった。寧々はまた小学生に戻った。 外側の髪も、シャッシャッ、と削ぎ落した。 髪は滑る刃にひっかかり、ほんのちょっと抵抗するが、すぐ従順に頭から離れ、しんなり、クッタリ、とケープに落下していく。 そうした髪たちが女主人に代わって、オレに敵意に満ちたオーラを発していて、一瞬オレはたじろいだ。 しかし、オレは気を取り直し、バシバシ切った。 寧々の右のオトガイに大きめのホクロがあり、それも露わになる。寧々はこのホクロが嫌いだったらしく、以降、写真を撮るときは、きまって顔の真横でピースして、これを隠していた。 案内書通り、耳を半分出す。 前髪も規定通りの長さ――眉上2cm――に揃えた。 バックの髪も刈り上げる。これにはレザーではなくハサミを使った。 チャッチャッチャッ、と中学生になる瞬間(とき)を刻むようにハサミは警戒に鳴る。 オレの手には寧々の細かい髪にまみれていた。 「なんかリーチ、本物の美容師みたい」 くふっ、と寧々は笑う。ベソかいてたくせに。どうやら、ようやく現実と折り合いをつけたらしい。 「来年には本物の美容師になってるさ」 襟足を極限まで刈り詰めながらオレは言う。 「今の寧々の言葉で自信がついたよ」 「バーカ。ちょっとおだてりゃ、すぐその気になってるし」 「生意気な奴」 とオレが取り出した小型のバリカンに、寧々は激しく動揺し、 「ちょ、ちょっと、やめて! やめて! もう生意気言わないから、ごめんなさい、ごめんなさい!」 とえらい取り乱しようだった。 「ちょっと整えるだけだ。心配すんな」 ウィーン、 ジジジー ウィーン、 ジジジー ウィーン、 ジジジー ウィーン、 ジジジー オレは襟足を少し刈って、バリカンのスイッチを切った。ホッ、と寧々の肩がさがった。よほど緊張していたらしい。 寧々はサッパリとオカッパさんになった。 梅ケ谷校も寧々をもろ手をあげて歓待してくれるだろう。 まだ決心がつかない、と寧々は鏡を見たがらなかった。 「アフターサービス」として、洗面台で寧々の髪をシャンプーしてあげた。まだ子供の頃にはよくこうやって髪を洗ってやっていたものだ。 「リーチの手の力、強い。気持ちいい」 と寧々は笑顔でオレに頭を委ねきっていた。 さて、切った髪だが、 「後で処分しておくよ」 と寧々をだまして、ごっそり私有物にした。柔らかなシルクのような手触り、鼻孔をくすぐるシトラス系の涼やかな香り、ああ、たまらん! 寧々、ヘンタイの兄でごめんね。 翌日、梅ケ谷中に向かう寧々(とヤスエ伯母)を駅まで見送った。 軍国少女風のオカッパ髪とセーラー服の寧々は不安そうだった。 そうしたら、駅で寧々の小学校時代の友人二人と遭遇。 友人たちは初めて見る寧々の田舎中学生ルックに目をパチクリ、戸惑いを隠せないでいた。 「大変だろうけど頑張ってね」 と言うのが精いっぱいのようだった。 友人二人は春休み限定で、髪にパーマをあてていた。 寧々は唇を噛みつつ、虚勢を張り、 「頑張るね」 と懸命に笑顔をつくっていた。 そんな寧々にユルフワ髪の友人たちも笑顔を返した。ちょっと蔑むような色があった。 オレでさえ気づいたのだから、寧々は改めて自身の没落を思い知らされただろう。 電車が来た。 寧々はトランクを抱え、伯母と列車に乗り込んだ。 「GWには帰って来いよ」 「うん」 寧々は素直にうなずいた。 「親父やお袋にも面倒がらず手紙で近況を知らせること」 「わかってるってば」 素直だったのは最初だけ、いつもの寧々に戻った。 「困ったことがあったら、連絡しろよ。いつでもオレが駆けつけるから」 「カッコつけんな」 と寧々は右手で軽くオレの腹をパンチする真似をした。 発車のベルが鳴った。 列車のドアが閉まる。ドアはオレの世界と寧々の世界を、隔ててしまう。 寧々が手を振る。 オレも振り返す。 これからは妹の食事を作ったりすることもない、エロDVDも観放題だぞ、と自分に言い聞かせても、さみしさは拭えなかった。寧々のいない日常なんて・・・。 オレも早く脱シスコンせねば。 GWになった。 が、寧々は帰って来なかった。レベルの高い学校なので、色々大変らしい。 夏休み。寧々は帰ってきた。 オレの後を三歩さがってついてくるような女に化(な)って。 「お兄ちゃん」 という昔の呼び方に戻っていた。親愛と敬意を込めつつ。 「お兄ちゃん、お風呂わいたわよ。早く入って 「今夜はトマトが余ってたから、トマトスープにしてみたの 「ホラ、お兄ちゃん、シャツのボタンがとれてるわよ。貸して」 と甲斐甲斐しくオレの世話を焼いてくれる。 一応共学校なので、「悪い虫」がついていないかと気を揉んでいたが、そっちの方は流石名門校、ガードはしっかりしているみたいで安堵した。寧々当人も生まれ変わったかのように、身持ちが固い少女になっていた。 まさに「大和撫子」、ゆくゆくは「良妻賢母」ロードまっしぐらだ。 オレも職人ロードを突き進んでいる。働く店も一応決まっている。腕もあがり、自信もつき、矜持もある。 寧々の髪も校則通り保たれている。 聞けば、寮母さんや先輩に切ってもらったり、友人同士で切り合ったりしているらしい。どうりで素人臭いわけだ。納得した。 夏休みの間に寧々の髪もだいぶ伸びた。 「今日これから散髪してやるよ」 と言うと、 「え〜、まだ大丈夫だよ〜」 と昔の寧々が少し顔をのぞかせるが、 「まあ、オレに任せなさい。少しはマシにしてやるから」 「うふふ」 寧々は顔を染めて笑った。ほんのりと大人の女性を感じ、今度はオレがあわてる。 「お前、本当に特定の彼氏なんていないだろうな?」 改めて確認せずにはいられない。 「いないわよ」 寧々はキッパリと否定する。 「だって、お兄ちゃん以上の男の人なんてそうそう転がってるわけはないでしょう?」 なんと妹もブラコンだった! (了) あとがき 冬のオカッパ祭! リクエスト小説第9弾でございます♪ 「シスコンの兄が妹の髪をオカッパに切る」というご要望で書かせていただきました。意外に難しかった〜(汗) 四ヶ月くらいお待たせしちゃって、どうもすみません(^^;) オカッパ校則なんて、もはやファンタジーでしょう。Youtubeで参考になりそうな動画を探したけど、全然ないし。。でももしかしたら伝統ある私立校で、わずかに命脈を保っているかも、と梅ケ谷中学を「収穫祭での出来事」に引き続き登場させました。 まあ、無理して現代にこだわることなく、1970〜80年代を舞台にしたお話にすれば、もっとえげつない断髪が描けたかなぁ、とも考えています。 ここまでお付き合い下さり、ありがとうございました(*^^*) |