春昼、 |
ニコンの一眼レフカメラを、ピントを合わせて、三脚にセットし、レンズの前に立つ。軽くポーズをとる。リモコンシャッターで撮影。 パシャ! 撮れた写真を確認する。 オールヌードの自分。 ナルシスティックな気分で見入ってしまう。 乳房は本当に豊かに育った。去年の倍以上はある。白くたわわに実っている。それでいて、肌はピチピチしていて、水滴でも落ちようものなら、跳ね返しそうな張りがある。 お腹も腰も、とりたててダイエットしているわけでもないのに、引きしまっている。 それでいて、お尻は大きい。 いわゆる、理想的な、ボン、キュッ、ボン、だ。 恥毛も濃くなった。女性自身を覆い隠すように、品よく、黒々と生い茂っている。 長い髪は肩から腕を伝い、背中まで垂れこぼれている。 カメラ好きの父にすすめられ、毎年誕生日に、こうやって自分のオールヌード写真をセルフ撮影し始めて、もう三年目になる。 記録として、来年も続けるつもりだ。 身体つきはもう成人といってもいいくらいだ。身長も167センチもある。 実際、某ファッション雑誌で読者モデルをするときは、「18歳・学生」と年齢を詐称していたりもする。 この間、電車を乗り継ぎ乗り継ぎ大都市にいったらば、大学生にナンパされた。そして一緒にカラオケして、盛りあがったので、そのままカラオケボックスでエッチしてしまった。まだ小学生なのに。 ヌードのまんま、カメラのレンズの前で、グラビアモデルのように煽情的なポーズをとってみる。 髪を振り乱して顔半分を隠してみたり、上目遣いをしてみたり、乳房を手で押さえてみたり、四つん這いになってみたり、大胆に四肢を拡げてみたり、思いつくまま、「作品」を量産していく。 父が趣味の書画や写真撮影のために設えたアトリエで、烏丸杏奈(からすま・あんな)は開放的な気持ちになって、シャッターを切り続ける。 SNSは一応やってはいるが、あまり熱心ではない。スマホでの自撮りテクニックもイマイチだ。 それよりも、こうやって昔ながらの写真撮影の方が好きだし、杏奈の性分には適っている。 豊かな髪で、豊かな胸を隠して、また、パシャリ。 撮りながらも、 ――現実逃避してる場合じゃないんだよなぁ。 と肩を落としている冷静な自分もいる。 その現実とは―― その1・これからは、この成熟したボディの上から、ダサいセーラー服を着なければならないこと その2・同時にこの長い髪とサヨナラしなくてはいけないこと の二点である。 杏奈の父は生物学者だ。 その研究のため、四年前、都市部から、この自然に囲まれた山間の村落へと家族で引き移ってきた。 まだ幼かった杏奈は環境の変化に馴染めず、抑うつ状態になりかけたが、やがて慣れ、友人もできた。 今春、地元の中学校に進学するにあたり、明文化及び慣習化された「女子中学生はオカッパ」というルールにすっかり腰がひけている。 春休みの終わりが近づくにつれ、気が塞いで仕方ない。 小学生から中学生になるその幕間に、男女とも髪を切る。杏奈も例外であろうはずがない。 断髪を、先送りして、先送りして、今日、即ち自分の誕生日に、ロングヘアーでセルフヌード写真を撮った。「生物的な成長の証」でもあり、「社会的な成長の証」でもある。 杏奈は現実に戻らねばならない。カメラを片付け、服を着た。コットンの浅葱色のカーディガンを羽織った。子供用の衣類ではピッタリくる物が少ないため、自然服装も大人っぽくなる。 そう言えば、セーラー服の採寸のときも、杏奈の身体の大きさに服屋の店員さんも、「あら」とやや戸惑い気味だったっけ。 玄関のチャイムが鳴る。 ――ペコちゃんだ! 杏奈の友人だ。今日は一緒に髪を切りに行く約束をしている。 ドアを開けると、やっぱりペコちゃんだった。肩下までの髪をおさげにして、トレードマークの虎の刺繍のスカジャンを羽織っていた。 「うぇ〜い」 とお互い硬い笑みでフィストバンプ。 「行こうか」 「うん」 二人、足取りも重く往く。小柄なペコちゃんと長身の杏奈が並んで歩いていると、なんだか親子みたいにも見える。 ペコちゃんに導かれ、村外れまで来た。 赤と白と青のトリコロールがクルクル回っている。小さな築二十年くらいの白壁の建物。床屋だ。 「え?! ここで髪切るの?!」 杏奈は驚きの声をあげる。 「あれ、杏奈知らなかったの?」 とペコちゃんの方も杏奈に驚いている。 「ここ、磯中(これから入学する中学)の指定の床屋だよ」 と説明する。中学の生徒は家庭以外では、この床屋でしか髪を切ってはならないというキマリになっているという。 まあ、こんな僻陬の土地では、床屋と美容院が一軒ずつあるだけで、選択肢は限られているのだけれど、それにしても、 ――床屋・・・。 杏奈は激しい眩暈をおぼえる。今まではずっと自分には無縁だった場所だ。 それでも、ここまで来てしまったし、ペコちゃんもいるしで、今更引き返すわけにもいかない。 仕方なく、ペコちゃんの後について、入店する。 カランコロン ドアベルが「終わりの始まり」を告げるように鳴る。安っぽいローションの匂いが鼻をつく。 「いらっしゃい」 初老の男性の理髪師は、ズバズバと女の子の髪を切っている最中だった。 その女の子は―― 「委員長!」 元クラスメイトだった。ずっと委員長を務めていたので、「委員長」で通っている。 「委員長、こんなギリギリまで髪切るの粘ってたなんて、優等生のアンタらしくないねえ」 とペコちゃんはニヤニヤ。 「ふふふ、私も年貢の納め時だよ」 刈られながら委員長はひきつって笑い、 「ずっと粘ってたら、お母さんに“いい加減髪切ってらっしゃい!”って雷落とされてさ」 とるものもとりあえず、大急ぎでこの床屋に入店した、と断髪の内幕をバラす。 「ああ〜、ウチも親との戦いだったよ。負け戦必至の」 「戦前から連綿と続く因習だからね」 とか委員長、理髪師の前でオカッパの悪口言っちゃうものだから、「気合い注入!」とばかりにメチャクチャ短くダサいオカッパにされ、ベソをかいて店を飛び出していってしまった。芸人のオカリナの片割れにちょっと似ていた。 その間に杏奈とペコちゃんはこっそりジャンケンして、切る順番を決めた。杏奈は後になった。 「さあ、どうぞ、おいでなさい」 理髪師に呼ばれ、ペコちゃんはギクシャクしながらカット台におもむく。 おさげが解かれ、ペコちゃんのカットがはじまる。 やはりズバズババシバシ切られた。 ブロッキングなど一切なしで、お椀型に切り詰められていく。 大人に対して生意気なところがあり、小学生時代は先生にも何かと反抗してきたペコちゃんだが、すっかりしおらしく、切るに任せていた。 が、耐え切れずに、とうとう目が赤く潤んで、涙が一筋頬を伝う。グス、グス、と何度も鼻をすすり、ケープから手を出して、ハンカチで涙を拭っていた。 こうした入学前の断髪は、生意気盛りの青少年に対して、あるいは「去勢」の効果があるのかも知れない。 ペコちゃんは前髪を伸ばして、片目を隠し、カッコつけてたけど、その前髪も容赦なく切り払われ、眉上で一直線に揃えられた。 そして、最後に、消毒用のローションをウナジや首やモミアゲの辺りに塗りたくられ、すっかり床屋臭い女の子になった。 ふてくされた顔で、杏奈の座っている待合席に戻ってくるペコちゃん。杏奈も自分のことがあるので、「似合ってるよ〜」などと無責任なことは言えない。 さて、次はいよいよ自分の番。 ・・・のはずなのだが、理髪師はなかなか杏奈を呼ばない。 ――あれ? となる杏奈。 理髪師に、あの〜、という視線を送る。 その視線に、 「ああ!」 理髪師はようやく気づき、 「もしかして新入生?」 「あ、はい」 「なんだ〜、てっきりその女の子の付き添いのお母さんかお姉さんかと思ってたよ。じゃあ、座って」 すっかり勘違いをしてたらしく、あわてて杏奈を理髪台に招く。 委員長、 ペコちゃん、 とヒサンな例を見てしまい、杏奈の足は震えている。理髪台まで何マイルもありそうな錯覚すらおぼえる。 覚悟をきめ、椅子に腰を沈める。 しかし、その覚悟を覆すように、 「杏奈〜、髪切るトコ写真に撮らせてもらうからね〜。後でSNSにアップしよっと」 と今泣いたカラスがもう笑って、ペコちゃんはウキウキとスマホを杏奈に向けている。 「やめて! やめて!」 と撮影を拒否している間にも、ケープは巻かれ、髪は湿される。 水気を帯びた髪を、理髪師は、心なしか委員長やペコちゃんのときより丁寧に削いでいく。 ゾリッ、ゾリッ、 と髪の毛は慟哭し、杏奈の頭部から切り離されていった。 切り離された長い髪の毛は、バサッ、とケープを叩く。そのまま潔く床に滑り落ちる髪もあれば、無念そうにケープにひっかかっている髪もある。 店の鋏は手入れが行き届いているのだろう、実によく切れた。理髪師のプロ意識をヒシヒシと感じる。 胸のふくらみが髪を受けとめる。そのまま胸の上、プールされる。恥を偲んで、少し胸を揺すって振るい落とそうとしたがダメだった。 「この時期は毎年繁忙期だ。飯食ってる暇もないよ」 と理髪師は雑談を仕掛ける。小学生離れしたルックスと肉体を合わせ持つ杏奈を、完全に「男の眼」で見ている。 「大変ですよね」 と無難な相づちを打ちつつ、杏奈は苦い表情で身体を強張らせている。目は伏せている。 鏡の中の自分を、とてもじゃないが直視する勇気が出ない。 それでも、時折臆病に、チラ、チラ、と鏡を確認せずにはいられない。 スッパリと耳が半分出るくらいまで切り揃えられた右の髪、それとシンメトリーにすべく、切り割かれていく左の髪。 ゾリッ、ゾリゾリ、 バサッ、バサッ、 もはや髪で隠すことのできない頬は紅く染まっている。恥ずかしい。 だって、さっきから、 「杏奈、いいわ〜、この角度。インスタ映えするわ〜」 とペコちゃんがハシャぎながら、スマホのシャッター音を、店内中に鳴り響かせているから。 だったら自分もお返しに、ペコちゃんのカットを撮影すればよかったと悔やむが、もう遅い。 理髪師のカットは、ペコちゃんのカメラマンぶりに応えるかのように、段々と大胆になっていく。 バックの髪が勢いよく刈り上げられる。 最初は、 ジャッジャッジャッ、 と髪がはさまれる音がしていたのが、いつしか、 キンキンキン、 と鋏の金属音だけが響き渡り、刈り上げられる髪がなくなっていることは、容易に想像がついた。 初めて剥き出しになったウナジ、それが店の空調を敏感に察知する。 最後に前髪が作られた。 理髪師は、杏奈の顔を覆う大人っぽいワンレングスの髪を、ゆっくりと剪っていった。 「これから中学生」と焼きを入れるように、髪を切り刻み、前髪ができると、さらに眉上5センチの位置に詰めていく。 ジャキ、ジャキ、ジャキ、 杏奈は切り髪が目に入らぬように、ギュッと目をつぶっている。 こうした新JCたちを、この理髪師はもう何百人と製造し、この店から送り出していったのだろう。 「杏奈、いいよ、その表情」 とスマホをかざしながらペコちゃんは言う。 「お願い、SNSにあげるのだけは勘弁して〜」 「う〜ん、どうしよっかな」 鏡の中の顔が、パッと物理的に明るくなった。白い顔が現れ出たから。 勇を鼓し、新しい自分の姿を確かめようとするが、 ジャキ、ジャキ 前髪のカットは未だ終わらず、 「ひぃ」 とあわてて目を閉じる。 恐る恐る鏡と対峙する。 ――ヒエエエ〜!! ヘルメットみたいな髪型。 もはや首から上は「18歳・学生」の読者モデルのアダルトさは、徹底的に排除され、哀れなメスガキと化していた。 ――ああ〜! 杏奈は嘆く。 磯中生徒としての洗礼を、しっかり浴び尽くしてしまった。 シャンプーをして、ペコちゃん同様、ローションをすりこまれた。 「かわいくなったね、立派な中学生だ。身体はもう女子大生くらいなんだけどなあ」 という理髪師のセクハラ的ななぐさめも、 「あははは」 笑って受け流すしかない杏奈であった。 ペコちゃんと床屋臭をプンプンさせ、店を出る。 そこへおあつらえ向きに同級生のカエル(♂)が髪を切りに来たので、床屋の前、写真を撮ってもらった。 二人後ろ向きに並んで、刈り上がった後頭部をレンズに向け、パシャリ。 カエルは二人の、特に杏奈の変貌に、ド肝を抜かれていた。 帰宅。 母は、 「あら、スッキリしてかわいくなったじゃない」 となんとか誉め言葉を絞り出し、 「そっか、杏奈ももう中学生か〜」 と自分に言い聞かせるように呟いていた。 自室に戻る。 セーラー服を着て、等身大の姿見の前、新しい自分の有り様を検分する。 オカッパ髪は、杏奈をより幼く見せていた。しかし、首から下はボン、キュッ、ボンで、セーラー服では抑えきれないエロスを醸し出す。 そのアンバランスさに、以前友人たちとコッソリ観たアダルトムービーを連想する。 とても女子学生には見えない女性が、制服姿で出演していたけど、それと同じ無理を感じる。 でも、これから先はどこへ行くのも、このダサダサのセーラー服を着用しなくてはならない。それが校則だ。 「はあ」 思わずため息。向こう三年はオシャレもエッチもおあずけ、清く正しく慎ましく生きてゆくしかない。野に咲く名も知られぬ花のように。 そう肚をくくると、心に一筋の光明が射した。 自室のドアをあけると、いい匂い。 母が杏奈の誕生日の夕食にローストビーフを焼いてくれているのだ。毎年の恒例だ。 父もきっといつもの店で、杏奈の大好きなチーズケーキを買って帰ってきてくれるに違いない。 想像して急に空腹をおぼえた。 烏丸杏奈、13歳、まだまだ育ちざかりだ。 ――中学に入学したら、どの部活に入ろうか。 写真部に入りたいけど、この背の高さを活かして、バスケ部やバレー部に入るのもアリかな、と考える。 烏丸杏奈、13歳、まだまだ可能性に満ちあふれている。 (了) あとがき リクエスト小説も残すところ二本。 今回は「大人っぽい女の子がオカッパ」というお題で書かせて頂きました。 シンプルなお話なんですが(尺も短めだし)、これでいこう、と採用させてもらってから、一番苦労した作品でございます(汗)。どういう展開にしようかと随分悩みました。 「『鬼太郎の話』がドンピシャ」とのことだったので、それを手掛かりにストーリーを煮詰めていきました。 ほんと、リクエストして下さった方、お待たせしましたm(_ _)m 「春小説」にしようかと思ったんですが、そんな心の余裕なかったです(笑)。 書き上げてみて、キャラや作品世界、とても気に入っております(^^)(^^) お付き合いどうもありがとうございました〜\(^o^)/ |