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コンプライアンス


 テレビがつまらなくなった

と言われて久しい。

 それならば俺がひとつ面白い番組を作ってやろうじゃないか

と手に唾(つばき)して乗り出してきた男がいた、というお話である。

 田渕悟朗(たぶち・ごろう)。五十代。

 かつて某局で数多のヒット作を世に送り出し、「視聴率請負人」とまで畏怖された人物である。

 しかし、会社のトップと反りが合わず、海外にまで飛ばされ、さんざ冷や飯を食わされてきた。

 この男、信じられないようだが、今時、セーターを首から巻いている。石田純一のように素足に靴を履いている。未だに

「ザギンでシースーでもいく?」

という昭和な業界用語が口から飛び出す。

 それが、この度、トップの交代もあって、日本に、「現場」に、戻ってきたのだ。

 ワンマン上司の復帰に、スタッフは迷惑顔だが、当人はまったく意に介していない。

 傾きに傾きかけた或るクイズバラエティーの再建を託された。

 エネルギッシュな田渕の辣腕に、上は期待している。

 ――クイズか・・・。

と田渕は考えた。腐るほどあるクイズ番組の中で、なんとしても、他局他番組との差別化をはかるべきだろう。

 ――なるべく過激に!

が田渕の方法論である。



 きっかけは、銀座のクラブだった。

「田渕さん、随分久しぶりじゃないの」

と店のママや女の子たちに取り巻かれ、田渕は上機嫌だ。

「ようやく現場を知らないバカが引退して、俺が呼び戻されたってわけさ。局の再建は俺の肩にかかっているんだゼ。男子の本懐ここにあり、ってな」

「まあ、頼もしい。田渕さんが日本から出て行っちゃった後のテレビ番組は、どれも似たようなものばかりで、つまらなくてつまらなくて。田渕さんが帰ってきてくれたら、テレビ業界の何よりの葛根湯になるわ〜」

とおだてられ、田渕はますます上機嫌で、水割り片手に談論風発、かつて手掛けた大ヒット番組の裏話や、最近の業界批判で大いに盛り上がる。

「近頃の若い作り手はどいつもこいつも視聴者やスポンサーの顔色ばかりをうかがって、毒にも薬にもならねえショボい番組ばっか作りやがって、まったく情けねえ。だからテレビはダメになるんだ。素直に自分が、面白い!と直感したものを作りゃあ、数字は後からついてくるんだよ」

 同席したディレクターは、お説ごもっともと表向き拝聴しているが、だからあんたは出世できないんだよ、と内心舌を出している。とりあえず黙ってタダ酒飲んでいるのも、なんなので、

「海外では面白い番組やってるんですか?」

と水を向ける。

「色々面白いのはあったな。アレ面白かったなぁ。スペインだったかな、チャレンジャーが若い娘っ子で、ゲームをして、負けるとバリカンで丸坊主ってやつ」

「わ〜、過激〜!」

 店の女の子たちのリアクションに、田渕は満足げ。

「会場は大盛り上がりなんだよ。やっぱラテン系の血かな。とにかくエキサイティングでさあ――」

と言いかけ、田渕のグラスを持つ手はとまった。

「・・・・・・」

 しばらく考え込んでいる様子に、ディレクターは心配そうに、

「どうしたんですか、田渕さん?」

「これは、イケる! イケるぞ〜!」

 田渕は火を吐くゴジラの如く、咆哮した。皆、キョトンとしている。

「それやろう、日本でも!」

「“それ”とは?」

「バカヤロー、若い娘っ子の罰ゲームで坊主、って企画だよ。クイズを間違えたら、即丸坊主」

「そりゃムチャですよ!」

「なんかカワイソー」

と反対の声があがるが、「視聴率請負人」の耳には入らない。すでにスイッチが入ってしまっている。

「とりあえず試験的にやってみるべし」

「しかし、コンプライアンスってもんがありますし・・・」

「そんなもんはブタにでも食わせちまえ!」

 田渕の剣幕に、ディレクターは押し黙るしかない。



 早速、田渕の独裁体制で、企画は押し進められた。

 実験的にやってみることに。

 オバカタレントとして有名な(でも最近落ち目の)モデルのフローレンス川畑(かわばた)――日本人と欧州人のハーフである――を、実験台、いや、ゲストとしてスタジオに呼んだ。

 解答者席に腰をおろすフローレンス川畑の身体が、皮ベルトで完全に拘束される。

「大丈夫? 大丈夫?」

と不安そうに訊くフローレンスだが、一応「お約束」としてリアクションしているだけで、内心では高をくくっている。

「では、フローレンス川畑さん、心の準備はいいですか? 三問間違えたら罰ゲームが待っております」

 司会のアナウンサーに念を押され、

「ちょっと怖いんですけど、頑張りま〜す!」

とフローレンスはお気楽モード。「罰ゲーム」といったって、巨大風船とか臭気ガスとかだろう、と舐めている。

「では第一問、悪いタヌキをウサギが退治するという日本の昔話のタイトルは?」

「えっと、えっと、えっと、これ知ってる。えっと、“ウサギとカメ”!」

 ブッブー

「不正解。答えは“カチカチ山”です」

「ああ、惜しい!」

 ギャル髪をかきむしらんばかりに悔しがるフリをするフローレンスに、

「では第二問、諺の問題です。“江戸の敵を○○で討つ”、さて何処で討つでしょうか?」

「ええっと、ムズいなあ。えっと、えっと、明治! 江戸の敵を明治で討つ!」

 ブッブー!

「あれ? あれ? おかしいなぁ。江戸時代の次は明治時代? 大正時代?」

「答えは長崎です」

「長崎〜?! わかんない、わかんない。なんで? なんで?」

「川畑さん、早くも二問連続不正解ですが」

「次は絶対当てます!」

「お願いしますよ。次間違えると、バリカンで丸坊主ですからね」

「え? え?」

 青い目を丸くするフローレンス、

「バリカン? 坊主? ちょっとやだ〜、あははは」

 笑い飛ばすも、司会は淡々と、

「事務所にちゃんと許可は頂いているんで、丸坊主にならないように、次からは全問正解して下さいね」

「ちょ、ちょっと待って!!」

 フローレンスの顔からヘラヘラ笑いが、瞬時に消える。

「ちょっとマネージャーさんとお話させて下さい」

 フローレンスのマネージャー(♀ 30代)は両手を合わせ、ごめん、とジェスチャーで応えている。

 フローレンスは顔面蒼白で、

「ちょ、ちょっとカメラ止めて下さい」

「まだ収録中ですよ」

「・・・・・・・」

 フローレンスはすがるように、周囲を見渡すが、皆、目を合わせようとしない。

 嵌められた、とようやく気付き、フローレンスはただ震えおののく。

「大丈夫。これから最後までクリアーすれば、賞金ももらえますしね」

 フローレンスの顔は、今までテレビでは見せたことのないシリアスなそれに変わる。

「では第三問、“生まれながらの将軍”といわれた江戸幕府の三代将軍は誰?」

「徳川家光」

 ピンポンピンポーン

「正解です。では、第四問、3の12乗はいくつ?」

「531441」

 ピンポンピンポーン

「第五問、これ何と読む? “蔓延る”」

「はびこる」

 ピンポンピンポーン

「第六問、日本海海戦で東郷平八郎率いる連合艦隊に敗北したバルチック艦隊の司令官の名前をフルネームでお答え下さい」

「ジノヴィー・ペトロヴィチ・ロジェストヴェンスキー」

 ピンポンピンポーン

「第七問はイントロクイズです。作者と曲名、両方お答え下さい」

 ♪〜

「ヨハン・クリスティアン・イノセンツ・ボナヴェントゥーラ・カンナビヒの『オーボエ四重奏曲変ロ長調』」

 ピンポンピンポーン

「第八問、建物の高さの制限がない土地で、甲が高層マンションを建てた場合、周辺住民乙等は”景観利益の侵害”を理由に、甲に建物の(部分)撤去や慰謝料等を請求できるか?」

「請求できない。民法2債167(2)(イ)判例・平成十八年三月三十日最高裁判決」

「フローレンス! アナタ出来る子だったのね! なんでインテリ路線じゃなくて、オバカ路線を選んだのよ! バカバカ! アナタは大バカよ!」

 女性マネージャーの悲痛な叫びが、スタジオにこだまする。

「うわっはっはっ! いいぞ、フローレンス川畑! お前のその気迫! 髪を失いたくないという恐怖を原動力としたその気迫! これこそが真剣勝負の醍醐味、視聴者が求めるものなのだ!」

 田渕は高笑う。

「もう無理無理! 限界だよォ〜!! か、解放してぇ〜!!」

 解答者席にガッチリと固定されているフローレンスは、ブリーチしたミディアムのギャル髪を、振り乱し絶叫する。

「さあ、川畑さん、あともう少しで賞金五万円ですよ」

「いらないよ、そんなはした金!! 五万ぽっちにこの髪賭けろってか!」

 しかし非情にも収録は続行される。

 第九問は幾何学の問題、第十問は薬学の問題、第十一問、十二問、とフローレンスはクリアーしていった。

 そして、ついに――

「最終問題です」

 これを乗り越えれば坊主頭は免れる。スタジオは緊迫した雰囲気に包まれる。

「鎌倉幕府の執権16人を初代から順に答えて下さい」

「北条時政、義時、泰時、え〜と、経時、時頼、長時、政村、時宗――」

 視界の端に、待機している床屋さんの姿が入ってきて、フローレンスは著しく動揺する。

「えっと、貞時、師時、え〜、宗宣、そんで、熈時、基時――」

 懸命に答えを絞り出す。

「高時、貞顕・・・」

 ここで詰まった。

「さあ、あと一人です」

「あれれれ?! えっと、えっと、知ってはいるの、知ってはいるんだけど、名前が・・・名前がああぁぁ・・・え〜と、う〜ん、と・・・知ってはいるの。足利尊氏の義理のお兄さんなんだよね、え〜と・・・」

「川畑さん、そろそろ時間の方が」

「知ってはいる! 知ってんのよ、ただ名前が出てこない! 名前が! 名前が! ホラ、ええと」

 フローレンスは同じことを繰り返し、のたうっている。

「出ませんか?」

 プレッシャーをかけられ、

「ええ〜と、う〜ん、と・・・待って! ちょっと待って! すいません! すいません! ホントすいませんっ! だから、待ってええええッッ!」

「残念時間切れです」

 ブッブー! 不正解のブザーが鳴る。

 その瞬間、

 ジョオオォォォォ〜

 フローレンスは失禁した。たちまちスカートは濡れ、解答者席はオシッコまみれになる。

 口から泡を吹いて気を失いかけているフローレンスを指さし、

「見ろ! あれが真のバラエティーってもんだ」

 田渕は周りに教えを垂れている。

「答えは“守時”でした。残念〜」

というアナウンサーの声を、フローレンスは薄れゆく意識の中、聞いていた。

「三問不正解ということで、川畑さん、失格です。失格者には頭をスッキリと切り替えて頂きましょう」

 司会は無慈悲にも、番組をすすめていく。

「それではカリスマ理髪師にご登場願いましょう。足立区で理髪店を営むこの道三十八年の重家(しげいえ)さんです」

 老理髪師がフレームイン。

 我に返ったフローレンス、逃げるはおろか、立ち上がることもできない。

「やだやだやだ! 無理無理無理〜!」

と足をバタバタさせる。

 老理髪師は、バラリとフローレンスの身体にカットクロスをかぶせ、首の周りにネックシャッターを巻く。

 そうやって十分下ごしらえして、断髪を始めようとするも、

「ひぃ・・・お、お助けえええぇぇ〜」

 フローレンスは縮み上がり、ほとんどかすれ声で、床屋に慈悲を乞う。

 しかし床屋もガキの使いで来ているわけではない。仕事だ。

 カメラマンも仕事、グ−ンと、フローレンスの青ざめ切った顔に寄る。

 床屋はフローレンスのミディアムのブリーチヘアーをザクザクと粗切りしていった。

 コームで髪を撫で上げ、ハサミでバッサリと切り落とす。適当に切っているように見えても、その熟練の腕が、ギラリと光る。

 バッ、と髪が散り、刈り詰められていく。

 科せられた苦痛に反発して、

「くくっ・・うっ、うっ・・・」

と呻吟が口から漏れる。

 その辛そうな表情を、敏腕のカメラクルーたちがジャストで撮影していく。

 田渕は、ガハハと笑う。

 自分の一声で、世間に知られたモデル兼タレントの美女が一匹、女の命である髪を、羊の如く収奪されるのだ。

 自分のアイディアと行動の果実を目の前にして、田渕は無上の全能感に心身ともに打ち震える。

 ――これにすぐるテレビマンの喜びは無し!

と叫びだしたいのを抑える。

 そんな田渕の全能感を満たすための具となっているフローレンスこそ、いい面の皮である。

 斬切りの無残な髪に、容赦なくバリカンが挿入される。

「なんで、なんでアタシがこんな目に・・・」

 フローレンスの悲痛な声がスタジオに響き渡る。

 しかし、事務所からも見切りをつけられた彼女を救う者はいない。

 いや、いた。

 田渕だ。

「2センチの丸刈りにしてやってくれ」

とスタッフを通じて床屋に指示を出す。当初は五厘刈りの予定だったのだが、1・85センチの温情を与えた。

 出張理髪師はバリカンを再調整して、フローレンスの髪を刈った。刈りまくった。

 左側から挿入して、見る間に剥きあげる。

 バリカンはフローレンスの斬切頭をダイナミックに刈り落していった。

 一時は芸能界の寵児だったフローレンス、涙にくれながら、バリカンに屈服するしかない。

「ああ〜、アタシの髪・・・アタシの髪が・・・昨日サロンで切ってもらったばっかりなのにぃ〜」

 フローレンスの嘆きをよそに、金色の髪は次から次へと――左サイド、後頭部、と刈られていく。

 ――ここら辺はダイジェストに・・・いや、やはり過程は絶対要る。一齣一齣石を彫り刻むように。

と田渕のプロデューサー脳は冷徹に働いている。

 とうとう右側の髪も陥落し、前額の部分を残すのみ。

「山田五郎さんみたいになってますけど」

と司会者にコメントされ、うわっ、と泣き出すフローレンス。だが、突っ伏すことも、頭や顔を隠すことすらできない。

 床屋の老人はおそらくは、彼の人生で最も美しいであろう女性客の髪を切り終えかけ、心なしか、名残り惜しそう。

 前額の髪が入念に刈り落された。

 理髪師はさらに刈った。刈り余した髪を、丹念に除去した。バリカンをしまい、ハサミでチャッチャッチャッ、と整えた。

 きれいに丸刈りにされてしまった。

 フローレンスはようやく身体の拘束を解かれた。

 そして、ハンドミラーを渡され、

「さあ、坊主になりましたよ、川畑さん」

とアナウンサーに促されるようにして、鏡を覗き込む。

「あででで〜?!」

とアホの子の顔になり、

「あででで〜?! なんか頭涼しいじょ。まじスッキリしたじょ。あでで〜、坊主まじ良いじょ〜」

 そして、頭をさすり、

「触るど気持ぢ良いじょ〜」

 すさまじいストレスと緊張とショックで、フローレンスは完全に壊れてしまっていた。すっかり幼児退行していた。青洟まで垂らしていた。

「も、もっど坊主にすればもっど気持ぢ良いジョ〜。もっど刈って欲しいジョ。刈っでえ、もっど頭刈っでえ〜」

 もはやモデル兼タレントの矜持すら失い、2センチの丸刈り頭を突き出し、あっちこっち猛進しては、

「刈っでえ、もっど刈っでえ〜、つるりんこにしてえぇぇ!」

と醜態を晒しまくっていた。マネージャーはオイオイ泣いていた。

 これは余談だが、フローレンス川畑、その後、坊主頭をウリにして、モデルとしての仕事の幅を広げ(長さも20mmから10mm→6mm→3mm→1mm→0・5mmとどんどん短くなり)、ランウェイで奇声を発しながら、

「バリカンで頭刈るど気持ぢ良いジョ〜。皆も刈るんだジョ〜。バリカンじょりじょり〜」

と喚き散らす「ひまわり学級系モデル」となり、プチブレイクしたという。



 編集を終えたフィルムについて、上から待ったがかかった。

「過激すぎる」

というのだ。

「コンプライアンスに明らかに反しているよ」

「BPOが黙ってませんよ」

と皆、口を揃え、放映に反対した。

 田渕は失望した。

 今更ながら、この業界の厄介さが身に染みた。かつての「視聴率請負人」もカタナシだ。



 結局、田渕は、現場から引き剥がされるようにして、閑職に追いやられた。

 彼の足は、連夜ネオン街に向かった。

 不景気顔のホステスたち相手に、過去の栄光を喋り散らし、ウサを晴らした。

 飲み代は嵩んだ。

 ついには彼は会社の金に手をつけた。

 そうやって横領した金で豪遊を続けた。

 罪の意識はなかった。

 ――昔散々稼がせてやったんだ。ちょっとばかりの飲み代ぐらい融通してもらっても構わんだろう。

と心中うそぶきつつ。

 そして、酔いがまわると、きまって、

「次は“女子高校生クイズ選手権”やるぞ〜! 敗者は罰ゲームで断髪だあ!」

と独り、怪気炎をあげている。

 そう、今夜も・・・。



          (了)






    あとがき

 リクエスト小説第五弾です。・・・と言いたいとこですが、厳密にはちょっと違います。
 「高校生クイズ大会等、TVで負けたJKが罰ゲームで断髪」とのリクエストで(他にも「罰ゲームで断髪」という要望幾つかありました)、書き始めて、フローレンス川畑はあくまで前座だったのですが、予想外にふくらみ過ぎ、結果、じゃあこれで一本にしよう、となりました。「篠塚優子」と同じ経緯です。
 自分でもなんかよくわからないのですが、自作に業界モノ、芸能人ネタ多いような気がします。気のせいかな。。そして「撮影したのにお蔵入り」というパターンも割かし多い気がします。気のせいかな。。
 正直最近テレビつまんないです(最近でもないか)。Youtubeの方が面白いです。うぬっ、これが時代というやつか・・・。
 ・・・とこういう話をはじめるとキリがなくなるので、今回はこの辺で。
 最後までお付き合い頂きありがとうございました♪♪



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