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周羅髪ブルース


 おれは断髪フェチだ。

 女が髪を切られる、あるいは剃られることに、無上の性的コーフンをおぼえる。

 きっかけは、小学校の高学年のとき、密かに憧れていた担任の藤原先生だった。

 肩下10センチ以上のロングヘアーだった先生が、一学期の終わり近く、いきなり、バッサリと刈り上げショートになってきて、ブッ飛んだ。あれは衝撃的だった。

 激しいコーフンが全身を貫いた。「息子」がビンビンに隆起した。一日中勉強が手につかなかった。

 断髪の理由を女子たちに問われ、

「暑かったから」

と答えて、藤原先生は笑いながら、短い髪を撫でてみせていた。

 そのくっそエロさに、その夜、生まれて初めてオナニー(のようなもの)をしてしまった。

 藤原先生が美容院で髪を、バサリ、バサリ、と切られているシーンを思い浮かべ、いきりたつ下半身をいじくり回した。

 以来、女性の断髪(剃髪)にエロティシズムを感じるようになってしまった。

 あまり賛同者のいない性癖なので、他のやつらには内緒にしている。

 一度でいいから、女の――できれば若くてかわいいロング女子の髪を切ってみたい。それが目下のおれの最大の願望だ。

 普通の男ならば、いい女を見れば、ヤリてー、と思うんだろうけど、おれの場合、髪の長い女を目撃すると、切りてー、と思う。

 ネットなどで、おれと同じフェチを対象に、金を払えば、断髪OKの女性を仲介して、髪を切らせてもらうサービスがあるにはあるらしいのだが、いかんせん、十代のおれには敷居が高すぎた。

 報われないリビドーを持て余したまま、悶々とした青春を送っていた。



 高校を卒業し、大学入学を控えた春のある日、うちのジジイに、

「来週、お寺のお嬢さんの得度式があるんだが、ほら、ナルちゃんだよ、お前の同級生の」

と言われ、

「ああ」

と渡邉成美(わたなべ・なるみ)さんのことを思い出した。

 ジジイの言う通り、渡邉さんとは、小、中、高、と同じ学校だった。

 とは言え、彼女との接点は、そんなになかった。

 渡邉さんはあまり目立たない娘だった。

 地味な女子たちのグループにいた。その中では割合かわいい方だった。

 寺の娘だけあって、品行方正。勉強も部活(ブラスバンド部)もしっかりやっていた。おれとはまるで毛色の違う種族だった。

 おれの場合、親友の波多野(はたの)が、渡邉さんのマニアで、

「ナルちゃん、いいわ〜」

と熱烈に語っていた。

「ナルちゃんのかわいさはチ〇コに、ズシンとくる」

と含蓄のあることをのたまっていた。

 確かに、ああいうタイプの女って、たまらない男にはたまらないんだろうなぁ、と渡邉さんを分析したりもしていた(波多野はその後、アタックしたが見事玉砕した。ざまァ)。

 その渡邉さんが、なんとなんとなんと、尼さんになる、とうちのジジイは言う。

「子供の頃からの約束で、ナルちゃん本人も納得しているらしいからな」

「あ、あ、ああああ、あ、あ、頭も剃るのか?」

と湧き上がるリビドーを隠しきれずに訊くと、ジジイは妙な顔をして、

「そりゃあ、剃るさ」

と確答した。

 得度式

という仏門に入るためのセレモニーに、檀家役員のジジイも参列するという。

「その式のときに、頭も丸めるみたいだ」

とのこと。

 他にも参列者は多いらしい。そして、

「どうだ、お前も知らない仲じゃなし――十二年間も同じ学校だったんだから、枯れ木も山の賑わい、ナルちゃんの門出を祝して、得度の式に顔を出すのも悪くなかろうよ」

 おれはあまりの幸運に、卒倒しそうになった。

 後で聞いたら、檀家の偉いさん方が何人か参加できなくなって、その分空きができたので、おれにまで話が回ってきたとのことだ。ラッキーにも程がある。

 勿体ぶる余裕など、あろうはずもなく、

「行く行く行く!! 行く行く行っちゃう!! 行きます!! 連れてってぇ〜、ねえ、お祖父様〜(はぁと)」

「ええいっ、気色の悪い!」

 とりあえず話はまとまった。

 式の日はバイトが入っていたのだが、強引に休みにしてもらった。



 仏前にて、白装束を着た渡邉さんは、背もたれのついた椅子に座っている。

 首からヘアーキャッチケープが垂れ下がっている。

 いよいよだ。武者震いがする。

 渡邊さんの髪は、クレオパトラっぽい髪型を長めにした感じ。肩下まである。無論、黒髪だ。

 得度式は滞りなく進行している。

 ここら辺一帯の同宗派の寺の坊さんたちも七八人、参集し、読経している。

 渡邉さんに対する一家の期待が伝わってくる。

 檀家さんも結構集まっている。じーさん、ばーさん、おじさん、オバハン。皆正装して、式に臨んでいる。

 若い男はおれだけ。場違い感がハンパじゃない。

 式の前、ジジイに連れ添って、渡邉さんや渡邉さんの家族にアイサツしたら、渡邉さんはおれを見て、何とも言えない表情を浮かべていた。さすがに、昔からの知り合いの男の子に自分が尼になるところを、見られるのは、少なからず抵抗があるんだろう。

「キミタケ君(おれ)、来てくれたのね、ありがとう」

と渡邉さんのお母さんはお礼を言ってくれた。

 不純な動機で訪問したおれは、うっかりしたことは言えんぞと気負い、気負った挙句、

「はい、暇だったんで」

とうっかりしたことを言ってしまった。

「まあ」

と渡邉母が笑い出し、他の家族の人も笑って済まされたが、渡邉さんだけは憮然とした表情でいた。そりゃそうだ。

 しかし、そんな渡邉さんも式が近づくにつれ、

「もうすぐボーズだよ〜

「髪染めれば良かった〜。どうせボーズになるんだし

「うわ〜、メッチャ緊張する〜

「どうしよ、どうしよ」

と若干ナチュラルハイになって、眉下でパッツンに揃えている前髪を、しきりにかきあげ、ジタバタしていた。

 住職――渡邉さんの祖父様が戒師として、儀式の中心になり、セレモニーはスタート。

 副住職――渡邉さんの親父さんが時折、マイクで、

「仏様に御一礼下さい」

とか、

「合掌をお願いします」

などと指示して、うまく場を回してくれていた。おれたちはただ、その仕切りに従っていればよかった。

 白装束姿の渡邉さんもしっかりと振る舞っていた。だいぶリハーサルを積んだようだった。

 そして、剃髪の儀、

 おれは柄にもなくガチガチになっていた。あそこはギンギンになって、今にも暴発せんばかり。

 ヘアーキャッチケープを巻かれた渡邉さんは俎板の魚(うお)よろしく、シャンプーいらずになる新しい運命を待っている。

 そうしたら、マイクを握った副住職が驚くべきことを言い出した。

「これより剃髪の儀を執り行います。ご列席の檀信徒様には、お一人ずつ得度者の髪にハサミをお入れ下さりますよう、お願い申し上げます」

 え?とおれは一瞬、耳を疑った。

 ってことは、おれも渡邉さんの髪切っていいわけ?!

「キミタケ、鼻血が出とるぞ」

「い、いや、ちょ、ちょっとのぼせちゃって」

 おれはあわててポケットティッシュで鼻血を拭いた。

「では順番にお並び下さい」

 副住職に言われ、檀家連中は、牧童に率いられる羊の群れのように、モソモソと立ち上がり、若い役僧に先導され、渡邉さんの後ろに、一列に並んだ。

 おれも歓喜にうち震える下半身を、なだめなだめ列に混じった。

「なんだかお相撲さんの断髪式みたいだねえ」

と後ろの方で、どっかのばーさんが話しているのが聞こえた。

 檀家総代の丸尾のじーさんがファーストカットを務めた。

 丸尾氏は神妙な面持ちで、役僧の助言を得、渡邉さんの後ろの髪を一房、いや、半房ほど遠慮がちに手にとり、6、7cmくらい切った。

 そして、切り取った髪をケープの折り返しの部分に入れ、一礼して席に戻った。

 坊さんたちは、ここを先途と朗々、経を読みあげる。

 渡邊さんは目をパチクリさせ、動揺をおさえていた。

 次もまたじーさん。丸尾氏のやり方を踏襲して、長い襟足にハサミを入れた。ジョキジョキ、とやはり5cmばかり控えめに切除した。

 役僧は渡邊さんの残りの髪と、行列の人数を見比べて、

「遠慮せず、もっと切っちゃっていいですよ」

と次の切り手に言っていた。

 渡邊さんは「お前が言うな」的な顔をした。あたしの髪なんだぞ、と。

 参列者たちは、一人、また一人、と渡邊さんの長い髪を断ち切っていく。

 渡邊さんの髪はどんどん頭を離れ、ケープにプールされる。

 頭頂に髪が一房、まとめてクリップで留められていて、檀家衆もなんとなく、そこは避けて、ハサミを入れていた。

 たまに空気の読めないバカがその部分を切ろうとして、

「そこは切らないで下さい」

と役僧に止められていた。

 渡邊さんの白いウナジが覗く。髪はあちこちから切り刻まれ、短くなった髪がピンピンはねて、無惨な有り様になっている。

 檀家連中にとっちゃオムツの頃から知ってる娘だけに、感慨もひとしおらしく、

「ナルちゃん、頑張ってね」

「立派な尼僧さんになってね」

と特に女衆の中で、渡邊さんに声をかける人もいた。

 渡邊さんも、はい、とか、ありがとうございます、とか応えていた。声が湿り気を帯びていた。こみあげてくる感情を抑えるように。

 順番が近づいてくる。

 これに似た経験を、この間、AKU47の握手会でした。

 新規のおれは、本物の青砥真凪子(あおと・まなこ)の美しさにドキドキしたもんだ。

 ちなみにおれが青砥真凪子を推す理由は、彼女がかなりのロングから、一気にスポ刈り(!)になったというフェチ的な理由からだ。以上余談でした。

 ついに、ついに、ついに、おれに順番が回ってきた。

 青春期最大の宿願、それがとうとう実現するのだ。しかも相手が渡邊さんクラスなら、言うことなしだ。

 心は逸り、頭には血がのぼり、手足は震え、アソコはいきりたつ。

 内股で渡邉さんの背後に進み出る。

 ハサミを渡される。

 真後ろなので、渡邉さんがどんな顔をしているのかはわからない。

 時間をかけて髪を切られているうちに、慣れたのか諦めたのか、その肩や背中は弛緩しているように見えた。

 だが、俺が、

「じゃあ、切るぞ」

と小声で囁くと、途端にビクンと身体をこわばらせていた。じーさん、ばーさんにカットされるのと、同世代のおれに切られるのとは、心の持ちようが違うらしい。

 またまたまた断髪の神様(どんな神様だ?)がおれに微笑む。

 長い襟足が一房だけ、ブラーン、と残されていたのだ。

 おれは迷うことなく、それを手ですくいあげた。

 そして、切った。

 ハサミで根元から、ジョキリジョキリ、と。

 左手に柔らかな髪の手触り、左手にハサミから伝わってくる髪を切る感触。たまらん!!

 どうせ剃っちゃうのだから、と切り方も適当で済む。存分に切り、思うさま愉しんだ。

 極楽、極楽、極楽すぎるぅ〜!!

 こんな変態野郎が得度式にまぎれこんでいるとは、お釈迦様でも気づくめえ。

 おれの手には15cmの髪の束が残された。

 できればこの髪、持ち帰りたい。家宝にしたいくらいだ。

 しかし、衆人環視の中、それはできない。

 断腸の思いで、他のやつらと同様、切り髪をケープの中に放った。

 そして、腰くだけになりながら、席に戻る。

 おれの後に並んでいた連中も、順々に渡邉さんの髪を切り取っていく。

 おれはつい今しがたの感触を手のうち、反芻しつつ、思う。これだけ大勢の大人たちに、これだけ大掛かりに髪を断ってもらったら、今後、髪を伸ばしにくかろう、と。生涯、坊主頭で通さねばならぬハメになりそうだ。

 おれにとっては願ってもないことだが、渡邊さんにとっては、さぞ辛いだろう。

 列席者が一通りハサミを入れ終わると、あらかじめ待機していた床屋が、用意のバリカンで、渡邉さんのザンバラ髪を刈っていった。

 ドゥルルルルルル

        ジャアアアァアアァアァ

   ドゥルルルルルルル

         ジャジャアァアァアア

 やはり、頭頂でまとめられている髪は残し、さすがはプロフェッショナル、熟練の腕で、あっという間に丸刈り頭に刈ってしまうと、続いてレザーで剃り込んだ。

 ジジジジ、ジジジジ、ジジジジ

 ジジジジ、ジジジジ、ジジジジ

 ジジジジ、ジジジジ、ジジジジ

 左掌を鼻にあてる。匂いを嗅ぐ。

 シャンプーの、渡邊さんの髪の、残り香がかおった。渡邊さん自身からは――きっと永久に――剥奪される香り。波多野とは違う意味で、チ〇コにズシンとくる。

 おれがラリっている間に、渡邉さんの頭は綺麗に剃られ、寒々と丸められていた。

 その清らな青さに、おれは、ゴクリと生唾をのみこんだ。なんて瑞々しく、なんてエロティックなんだろう。

 ケープがはずされる。

 頭頂のクリップがはずされる。

 サッ、

と納豆のように両端をキッと結われた一筋の髪が、垂れ落ちた。

この肩下までの一筋の束髪と、青々とした頭の柔肌との対比、それが渡邊成美の過去と未来を残酷なまでにクッキリと、見る者に示していた。

 頭頂に残してあるこの髪を、

 周羅髪(しゅらほつ)

というらしい。

 ヘアースタイルとしては最悪の状態のまま、渡邉さんは戒師である爺様の前に進み出る。

 両人の間に問答が交わされる。意味はわからん。爺様、フガフガ言ってるし。

 ただ、

「許ス!」

という渡邉さんの凛とした声は、耳に激しく響いた。

 渡邉さんのその言葉をきっかけに、爺様はやたらデカい和鋏を持ち上げた。かなりのアンティーク品だ。

 渡邉さんの親父さんが、周羅髪を固定させ、その根元に和鋏がまたがった。

 和鋏が閉じる。

 ギチギチ、ギチギチ、と弾力のある乙女の髪を断ち切らんとする。

「乙女の最後の砦」――周羅髪も和鋏を跳ね除けんと抵抗するかのように、なかなか切れず(鋏が古すぎるのだ)、ギチギチ、ギチギチ、

 悪戦苦闘の末、

 ジャキッ!

 砦は陥落。周羅髪は切り獲られた。

 それは朱塗りの三宝の上に恭しく載せられた。他の髪は処分され、この周羅髪のみが納められるのだそうだ。さらに、ゆくゆくは渡邊さんの花婿となる男性も、出家して坊さんとなり、ソイツの周羅髪と並べて、仲良く桐の箱に保管されると後で聞いた。

 最後にチョビっと残った周羅髪の切り余しを、戒師はジレッドで、ジッジッ、と軽く剃り除き、ようやく渡邊さんの剃髪は終わった。

 渡邊さんは僧衣を授けられ、それを着けた。完全体の尼さんになった。

 おれの我慢汁もえらいことになっていた。甚だ不敬な例えだが、断髪フェチ的には、ストリップショーを鑑賞し終えたようなものだ(しかも「まな板ショー」あり)。フェチとは実に業の深い生き物だ。

 渡邊さんはこれから一年ほど、実家の寺で小僧生活をして、勉強して経験積んで、来年から正式な修行に入るとのこと。

 ってことは、一年間は接触し放題なわけだな、とおれは身勝手千万な胸算用をしていた。

 尼になった渡邊さんは、そんな邪念を漂わせる一参列者の存在など露とも知らず、

「よろしく御指導賜りますよう、ふしてお願い申し上げます」

と電光に照りかえる頭をさげていた。その楚々とした感じが、おれの劣情をたまらなく刺激する。



 その翌日から、おれの渡邊さんへの猛アプローチが開始された。

 自分で言うのも何だが、おれはモテる。見た目も良い。コミュ力もある。女心にも通じている。

 そんなおれが全力出せば、最初のうちは冷淡だった渡邊さんも、段々と心を開くようになり、おれを憎からず思っていることが伝わってきた。チョロいもんだ。

 押したり引いたりの末、ついに渡邊さんの・・・成美の坊主頭を腕枕して、朝を迎えるに至った。

 来る夜も来る夜も二の腕にジョリジョリの感触。最高だ!!

 今じゃ五日に一度、成美の頭に、五枚刃のジレッドをあててやっている。

 おれの上達していくシェービング技術に、成美は心地良さげに、薄っすら微笑さえ浮かべ、剃られている。

 尼さんとヤリまくり、剃りまくり=剃髪フェチの「勝ち組」だ。

 おれは得意の絶頂にいた。

 こんなふうに日本中を巡り、尼僧の頭を剃って回る。尼さん百人剃りじゃ! 野望は果て無い。

 今のおれなら、そんな野望だって達成できるような気がする。

 と、

「ねえ」

 対座する成美の恐い顔。成美のこんなに恐ろしい表情は初めて見た。

 成美はお腹に手をあて、

「できちゃったみたい」

「え?」

 おれは硬直した。

 アレが来ないので、まさかと思い、コッソリ産婦人科に行ってみたら、

「二ヶ月だって」

 「生」の気持ちよさの誘惑に、おれはどうしても勝てなかったのだ。

 その結果が――

「責任取ってくれるんでしょうね」

 成美に夜叉のような顔で詰め寄られ、おれはフリーズしたまま。

 薄れゆく脳裏に、成美の周羅髪とおれの周羅髪とがセットで並んでるイメージが浮かぶ。

 ゴーン、ゴーン、と寺の鐘が鳴る。

 おれの青春オワタ\(^o^)/

 ゴーン!


      (了)





    あとがき

 ある画像にインスパイアされたされた小説でございます。
 やっぱ若い尼さんはいいやね〜(-∀-)
 尼さんのカノジョ欲し。。。




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