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ろるべと


    (W)HONEY DON'T

時は遡る。

 一日一本支給される牛乳を飲む。うめえ〜! 生き返る! 至福の時だ。せいぜい滋養をつけよう。・・・って、まるで戦後の欠食児童じゃねーか。シャバにいた頃は、まさか牛乳一本で一喜一憂するとは考えもしなかったゼ。
 地獄にホトケ、G学院に七海と牛乳。その二つさえあれば、この先も続く修行生活も乗り切れる。ポワ〜ン。
「一成君」
「ああ、何だ?」
 我に返る。
「ヒゲついてるよォ」
と七海が俺の唇のうえについた、白い牛乳瓶を、指先で拭ってくれる。また、ポワ〜ン。
 右手に牛乳、隣に七海の最強コンボ。夢の共演。サイコーじゃねーか、オイ。
 「地獄」にも死角アリ。昼食後に、ちょっと時間があき、その間隙をぬって、人気のない縁側で、束の間命の洗濯とばかりに、飲乳タイムを楽しんでいたら、同じことを考えていたらしい七海とバッタリ。自然、イチャイチャタイムへとなだれ込むのは必然なわけで、
「カフェでお茶してる気分だね〜」
と七海が言うとおり、しばし現実を忘れる。
「皆どうしてるかなあ」
 足をブラブラさせながら、愛しき人は遠い目をする。七海のこんな表情、好きだなあ。七海のドリーミーな横顔は、いま確かにここにある、二人だけのアジール滞在を保障してくれるビザだ。
「皆って?」
「大学の・・・」
 佐藤彩乃さんとか仙道まどかさんとか、と懐かしい同窓の名前を挙げる。
 七海は大学では女の友達がほとんどいなかった。男とばかり遊んでいたせいか、どっちかといえば白眼視され、敬遠されていた。この学院に来て、安井や安達、鈴宮といった同性の友人ができ、峻厳なる縦の関係と、温かく頼もしい横の関係の中で、着実に経験値をあげている。「地獄」行きは無論不本意だろうが、コイツの人生においては、あながち回り道でもないだろう。
「吉岡チャンあたりは特例で大学九年生やってんじゃねーか」
と軽く内輪ギャグをかますと、
「ぶっ」
と七海のツボにハマり、含みかけた牛乳が逆流。瓶の口で爆発発生。
「ちょっとォ〜、やめてよ〜」
 顔中ミルクの滴だらけにして七海が抗議する。なんかエロいぞ・・・。
 七海の頭に手をおく。
ざらり
とした手応え。午前中剃ったばかりなのに、若い毛根は一瞬たりとも休むことなく、新しい黒服の兵士を最前線に送りこんでいる。
 あっ、と七海が吐息をもらす。悩ましい。剃髪以後、剥き出しの頭皮は彼女の新たな性感帯になったようだった。
 ああ、いいなあ、この感触。キモチイイ。興奮する。

 ガキの頃、通ってた幼稚園がお寺の経営で、その寺の娘さんがツルツル頭の若い尼さんで、たまに幼稚園の子の世話を手伝いにきてくれてた。
 俺はよく甘えて、その尼さんのお姉さんにジャレついて、お姉さんの頭に触らせてもらったもんだ。今にして思えば、あれが俺の初恋だったんだろうなあ。あの人のせいで、俺は尼さんフェチになっちまった。罪な人だぜ。
 あのお姉さん尼さんの名前、今でも憶えてる。
 シノヅカユウコお姉さん
 ユウコお姉さん、元気かな〜。今もあの幼稚園にいるんだろうなあ。結婚しちまったかなあ。イヤ、尼さんは結婚しないだろう。イヤイヤ、最近は尼さんだって結婚するだろう。時々、追憶に浸り、感傷に耽る。ついでにオ○ニーしたりする。すみません。

 七海は頭上の摩擦運動を悦ぶかのように、目を細め、その感触を愉しむかのように、口元に微笑をためる。
 キスはセックスの代償行為なんだそうだ。俺たちが今しているスキンシップも、キスの仲間、即ちセックスの代償行為なんだと思う。
 もっと先のステージにすすみたい! 俺も男、七海と一線を越えたい! 当たり前だ。
 越境のチャンスはある。
「なあ」
「なに?」
 学院のアイドルは縁側を離れ、しゃがみこんで、ひょっこり出現した雄猫に牛乳を分けてやっている。たまに土塀の隙間から、学院内に侵入してくる白と黒の斑のブッサイクな猫だ。近所の民家の飼い猫らしく、人が近づいても逃げない。殺伐とした学院生活では、こんなブサ猫もちょっとした癒し系マスコットの地位を与えられる。
 七海は猫を「マコチャン」と呼ぶ。よくは知らんが古い知り合いの名前らしい。
 ちなみに俺は「シャア」と名づけている。顔の黒斑の形が「ガンダム」のシャア・アズナブル少佐のマスクを連想させるからだ。ちなみついでに言えば、命名の仕方にも各々の個性が出るようで、安井は俺同様、アニメのキャラから「モコナ」、安達は平凡に「チビ」、鈴宮に至っては「ミケ」と呼んでいる。二色の猫に「ミケ」という名前をつける乱暴なネーミングセンスに、鈴宮の一筋縄でいかない性格を感じる。以上余談。
「今度の外出日なんだが」
「うん」
 七海は猫の相手をしつつも、敏感に反応し、身をかたくして次の俺の言葉を待っている。幸い、七海の期待してる言葉と俺の言いたい言葉は合致している。
「一緒にさ、遊ぼうぜ」
「そうだね♪」
 弾んだ返事がかえってきて、小躍りする。
 よっしゃあ! 遊ぼうと 言ったら君が うなずいて ○月○日は 和姦協定成立記念日 字余りすぎ。ヒュー、ヒュー!
 誰もが心の中に一人飼っているマイ・ジャニーさんが「You、ヤッちゃいなYO」と俺を鼓舞する。つうか、付き合ってんだから、今までヤッてない方が不自然でしょ〜。まあ、環境が悪すぎる。
 生まれて初めての尼さんプレイ・・・いやいや、何を言っとるんだ、俺。
 白昼街中で、坊さんと尼さんのカップルはかなり目立つだろうな・・・。でも背に腹は代えられない。好奇の目を向けるヤツは、すきなだけ向けりゃいい。だが、とりあえずは近場のラブホは避けよう。電車で遠くの街へ行って、そこで、まずはメシを食って・・・。何を食おうか。マック。ケンタッキー。チャーシューメン。カツ丼。ハンバーグ海老フライつき。酒も飲みたいな・・・。だんだん色気から食い気に移行していく。ああ! もうすぐ食欲と性欲が一日で解決できる。ワンダフル!

 しかし、好事魔多し。

 俺はある誘惑に耐えていた。
 目の前に七海の丸い後頭部。
 スッゲー無防備だ。
 以前からずっと試したいが、躊躇って実行できなかった「イタズラ」があった。
 アレをやってみたい!
 七海の後頭部が
 カモン!
と誘っているように思えてしまう。
 う〜・・・やってみたいなあ、「アレ」。
 誘惑と懸命に格闘する。ああ! 七海の後頭部がリンゴの実に見える。齧れば楽園追放だ。
 でも七海なら許してくれそうな気がするんだよな〜。コイツの怒ったとこって見たことないし。「もお〜(苦笑)」程度で済みそう。お互いラブラブなんだし、恋人のカワイイ暴走だ、軽く受け流して欲しいもんだ。そうだ、軽くいこう。軽く、さ。
 人生を切り拓くのはノリと勢いと冒険心。それが俺のモットーだ。そのモットーに則って、俺はこんな地獄に飛び込んだわけだし。そうやって七海と知り合えたわけだし。
 お手、お手、と七海は猫に芸を仕込もうと夢中だ。
 やらずに後悔より、やって後悔。これも俺のモットーだ。
 よし!と意を決する。
 ソ〜ッと。
 作務衣の下をズリ下ろす。
 この時、俺は他人と関わっていく上で、忘れちゃならない格言を失念していた。
 親しき仲にも礼儀あり。
「あはははっ。ダメだよ〜、マコチャン、めっ」
 七海は背後に迫るドス黒い欲望に気づかない。
 ソォ〜ッ、と。
 ピト。
「ちょっとォ〜、一成君、頭タッチは一日一回・・・」
と、抗議して、やや首を後ろに曲げかけて、七海、硬直。白黒反転。我が身にふりかかっている事態が把握できない、否、したくない様子で、呆然。
「何してるんですかああ!」
と叫んだのは七海ではなく、偶然通りかかった同期生の一ノ瀬(元ヤマンバギャルだという)だった。そりゃ、ビックリもする。なにせ、
 同期の高島田さんがおなじく同期の来栖さんの頭の上に、チン○、乗せているのだ。
「うぎゃあああああ!!」
 七海の悲鳴が学院中に響き渡り、
「バカ島田ああああ!!」
という怒号とともに、俺の頭上に強烈な踵落としがHITした。曙くらいならKOできるかも知れねー。七海はこうみえて武道の嗜みがあるのだ。
 目の前で火花が散り、俺は下半身丸出しのまま、地面とハグした。
 どうやら俺は自身のモットーに注釈を書き加えにゃならんようだ。
 やらずに後悔より、やって後悔(*逆の場合も往々にしてあり得る)、と。

 以上が、一ノ瀬という精力的なスポークスマンを得て、G学院における、後々までの語り草になるであろう、「チョンマゲ事件」の顛末である。トホホ・・・。

(つづく)



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