ろるべと |
(V)YOU'RE GOING TO LOST THAT GIRL 「ガンダーラ」を出立。寝所へ。 足音を忍ばせ、七海たちの部屋の前を通る。 とっくに消灯時間だが、襖越し、ヒソヒソと話し声がする。今時分なんだろう? 早く寝ないと明日に響くぞ。お互い様か。 「アタシここから逃げるワ」 鈴宮ハルカの声だ。 俺はギョッとなった。これは聞き捨てならない。 鈴宮の声はさらに、 「アタシ、もう耐えらんないよ。修行はキツイし、ご飯はマズイし、上の連中は木魚とアタシの頭の区別もつかないドS野郎ばっかでさ〜。マジ、体もたないって」 だから脱走する、と鈴宮は言う。 学院生の夜逃げは珍しいことではない。 この「地獄」が捕虜収容所よりマシな部分を挙げよ、と言われれば、逃げようと思えば、いつでも逃げられること、と答える。むしろ、できねーヤツはとっとと荷物まとめて去れ、が学院の暗黙の態度だ。実際、同期の連中で、脱走したヤツはすでに三名にのぼってる。 鈴宮は俺や七海たちと違って、少し遅れて入学してきた。よくは知らんが、実家の寺の後継問題がゴタついた末、鈴宮が急遽、出家することになり、片付け下手な主婦の家の収納物の如く、グリグリと「地獄」にねじ込まれたらしい。 元々僧侶になるなど考えてもいなかったから、基本がまったくできておらず、性格的にも修養生活にはおっそろしく不向きのため、学院では要注意人物として、閻魔帳にリストアップされている。だから上の連中にマークされ、しょっちゅうお灸をすえられている。 とうとう堪忍袋の緒が切れたようだ。 「まあまあ、落ち着こうよ、鈴宮さん」 同室の安達小夜子が鈴宮をなだめる。「まあまあ」か。いかにも常識人の安達らしいリアクションだ。 安達と鈴宮はタメだが、一方は「石の上にも三年」の地道型、もう一方は「風の向くまま」の奔放型と、まるきり正反対の性格だ。 「安達〜、アンタだってそう思うでしょ? もう限界だって。今夜なんてカエルだよ、カエル! 冗談じゃないっつーの! なにが悲しくてカエル食わされなきゃなんないのよっ!」 ああ、そういや、さっき、鈴宮たちの班は上の連中の「闇鍋パーティー」の馳走にあずかっていたんだっけな。鈴宮、不運なヤツ。 「脱走してどうするの?」 安井の声だ。突き放す感触がある。暗に、逃げたところで、おめおめ実家に帰れることができるのか?と鈴宮の脱走計画の成算を、ひんやり問うている。 「アテはあるよ」 と鈴宮。 「東京に行く。昔の知り合い――高校時代の元彼なんだけどさ、そいつが東京で劇団員やってるの。しばらくそいつんトコで世話になって、バイトさがす。パチンコ屋の住み込み店員だろうが、お水だろうが、なんだってやるよ。ここよりはナンボかマシだよ」 「なら勝手にすればいいんじゃないの」 安井、冷てーなー。青春ドラマなら、ここで「バカッ!」ってビンタだろ。違うか。 「英俊さんにはアタシの気持ちワカンナイよ」 と鈴宮は安井を僧名で詰り、 「妙桜さんもさ」 と七海まで巻き込み、 「学院の男にチヤホヤされてさ〜。アタシなんてカスですよ、カス! 性欲もてあました男どもにすら鼻もひっかけられない小坊主ですよ! やってらんないッスよ。知ってる? 瀬名サン、英俊さんのこと、好きなんだよ? アタシだって瀬名さん、好きなのにさ」 結局、行き着くところは色か。脱俗生活ってのは難しいもんだな。 「妙桜さんも高島田チャンって恋人がいてさ〜」 なんで同じ年上男性なのに、瀬名サンは「瀬名サン」で、俺は「高島田チャン」なんだ? 鈴宮式ヒエラルキーには大いに異議ありだ。 「高島田ぁ?」 それまで沈黙していた七海が、フンと鼻をならした。 「そんなヤツ知らなぁ〜い」 七海・・・(TДT) 怒ってるんだな・・・。深く静かに怒ってるんだな・・・(つД`) 「ああ、例の・・・」 と安井が言いかけるのを 「言わないで」 ピシャリさえぎる七海。 「高島田先輩と何かあったんスか?」 と安達が訊く。安達はいいヤツだ。学院では同期の俺を「先輩」と呼ぶ。長幼の序列を重んじ、年長者をたてる。脱走計画立ててる小狸とは天地の差がある。 「何でもない」 と七海が百%混じりっけなしの「何でもある口調」で、安達の脆弱なリポーター精神を粉砕する。 「『チョンマゲ事件』で検索してみれば?」 と安井が挫折したリポーターに言う。 「学院内ではHITしまくりだよ」 安井も意地が悪い。学院内での「奥ゆかしい」ってパブリックイメージは、多分に見た目からくる男連中の錯覚で、単純に人見知りなだけだ。気のおけない友人に対しては、結構辛辣だ。「守ってやりたい」だなんて、瀬名サンもオンナってモンをわかってねーな。 「沙耶チャンこそ、瀬名サンとはどうなってるのよぉ〜」 七海も負けじと逆襲。 「はあ? ナニ言ってるの?」 と平静を装うとするが、安井、声、うわずってるぞ。1オクターブあがってる。 「口説かれたりしたのォ〜?」 「してないよ」 「あれれ〜?」 「やめてよ」 安井が防戦一方になる。男の話題になると、こんな調子だ。赤面症の安井が耳たぶまで赤くしているさまが、手にとるように伝わってくる。 「アタシ、ああいう・・・何て言うの? 男臭いって言うの? そういう人、ダメ」 おおっ! 学院一のナイスガイ、瀬名サン、フラれてますよ。今頃は「ガンダーラ」で安井のアレヤコレ妄想して、快楽の極に達してるんだろうけど、御愁傷様です(−人−) 「アタシは文化系の人がいいの。儚げで、女の子みたいな金髪碧眼の美形で、一人称が『ボク』で、高貴な身分で、ブラコンで、薄幸で、病弱で、いつも病院のベッドで文学書とか哲学書を読んでて、病室の窓にやってくる小鳥にそっと話しかけるような」 「そんな人、現実にいるんですかね」 「例えば、の話」 「もっと普遍性のある例えをお願いします」 安達の(― ―;)って顔が目に浮かぶようだ。強烈な個性の三人と同室で、平凡な常識人の彼女も気苦労が絶えなかろう。こちらも御愁傷様(−人−)。 「ちょっと、ちょっと、ちょっと!」 鈴宮が、話題の主人公の座を奪還すべく、割って入る。せっかく「オオカミが出たぞ〜」と叫んだのに、村人がクマにオオワラワでポツンと置き去りにされたウソツキ少年みてーな感じだ。 「あ〜あ、アタシも逃げよっかなぁ〜」 と七海が投げやり気味に言う。 「あんなヘンタイ男とこの先、この学院で生活するなんてさ、たまんないもん」 ヘンタイ・・・。トホホ・・・。俺が一番御愁傷様だよ・・・_| ̄|○ 「え〜? 高島田先輩ってヘンタイだったんスかあ?」 「小夜チャンも気をつけた方がいいよォ〜。アイツ、マジでヘンタイだから」 「そういえば、顔とか、ちょっと変質者入ってますよね〜?」 あ、安達まで・・・。 「高島田クン、尼さんマニアらしいよ。男の院生同士で話してるの、聞いちゃった」 コラッ、安井! 余計な情報をリークするんじゃないっ! 「マジ? キモッ」 アタシたち、そういう目で見られたのかな、と鈴宮。いいから、オマエはさっさと還俗しろ! 「鈴宮ハルカ脱走決意表明」から紆余曲折、「高島田一成を糾弾する夕べ」に。 証言1「あの人さ、やたら女子院生の体に触ってくるよね。仏教界にはセクハラって概念がないと思ってんじゃないの」(Y・Sさん) 証言2「女子院生の剃髪、手伝おうとしたがるんだよね〜。『あ、そこ剃り残しあるよ』とかさ〜」(S・Hさん) 証言3「そういえば、女子院生の入浴のとき、たまにお風呂場の外、ウロウロしてるって誰かが言ってましたよ。田代ま○しを地でいってますよね〜」(A・Sさん) サイテー、ハーレム気分かよ、なんかムカつく、と本人が聞いてないと思って散々な言われようだ。うおお〜、居たたまれねー! 俺が夜逃げしたいっ! 「皆でシカトしちゃおうよ」 だから、鈴宮、オマエは学院を去るんだろうが。 「やめて」 「同期の高島田君」への誹謗中傷の嵐の中、沈黙していた七海が一同を、珍しくキッパリとした口調で制した。 「もともとはアタシと一成君の問題なんだから、そっとしといて」 七海、ひょっとして俺のこと、何気にかばってる? ウレ。.:*・゜(゜∀゜)゜・*:.。.シイ 「そんなヘンタイのことよりさ」 な、七海〜(TwT) 「明後日外出日じゃん?」 「なんか美味しいものでも食べるかね〜」 「肉食おうよ、トンカツ!」 「鈴宮、アンタは夜逃げするんでしょ?」 「英俊さんのイケズ〜」 「小夜チャンも一緒に遊ぼうよ」 「あ、アタシ、先約があるんで遠慮しときます」 「安達、アンタ、外出日はいつも単独行動だね」 「そうそう、付き合い悪いぞォ〜」 「アタシらに何か隠し事してない?」 と安井にさぐりを入れられ、 「え〜? べ、別にしてないッスよ〜」 と小心者の安達は「してます」度数75%でキョドり、他の三人に、怪しまれ、 「休みの日にコソコソ何やってんのよ? 吐け吐け」 「吐いちゃえ〜」 と俺の体感時間で小一時間問い詰められ、 「いや〜、大したことじゃないんですけど」 と彼女の重大な秘密をゲロするハメになった。 「学院のそばに床屋あるじゃないですか」 「ああ、アソコ」 「アタシと沙耶チャン、あそこで頭剃ってもらったんだよ〜」 俺もその床屋で剃髪して、そこで七海や安井と出会ったんだっけな。もう随分と遠い過去のように思える。 「アタシもなんですよ〜。で、そこに杉崎サンて超イケメンの店員さんがいるの知ってます?」 「知らなぁい。アタシたちがやってもらったときは、オジサンしかいなかったよね〜?」 「そんな若い店員さん、いたんだ」 「チェックしてなかったな〜」 「ま、既婚者なんスけどね」 「な〜んだ、つまんない」 七海が露骨に落胆してる。コイツのスキモノは下界にいたときのまんまだ。 アタシ、実は、と安達が声をひそめる。 「その杉崎サンと付き合ってるんですよね〜」 「うっそォ〜?!」 「ちょっと、安達! それって不倫じゃん!」 「来栖先輩、鈴宮さん、声でかいって!」 「チッ、安達のクセに生意気だよ」 「悪かったね」 「安達、アンタ、顔に似合わずやるね〜。『不倫は文化』ってわけ?」 「安井先輩までカンベンしてくださいよ〜。いや、あの・・・そんな大袈裟なものじゃないッスよ」 安達が説明するところによれば、外出日に何度かデートしたらしい。床屋って暇なのか? 「ただ一緒に映画観たりご飯食べたりするだけッスよ」 明後日、丁度、その杉崎サンの組んでいるバンドのライブがあるという。 「だから観にいこうかなって思って」 「ほう」 「なるほどね」 「で、その杉崎サンは幾つなのよ?」 鈴宮はイケメンに固執している。 「年齢? エ〜ト、24歳。あれ? 25歳だったかな?」 「他のバンドのメンバーってさ、男?」 「うん、全員男だって」 「杉崎サンと同じくらいの年齢?」 「杉崎サンが一番年長で、他は20〜22歳くらいじゃないかな」 医大生とか社長の息子もいるらしい、と口をすべらす安達に 「安達ィ〜」 気味の悪い猫なで声が迫る。 「なに、鈴宮さん? 肩に手なんか置いて」 不吉な予感を感じたらしく、さぐるように問い返す安達に、 「ア タ シ も 連 れ て け」 「えええっ?!」 「いーじゃん。アタシと安達の仲じゃん?」 「だって鈴宮さん、夜逃げは・・・?」 「勿論するよ! 明後日まで延期ね」 イイオトコをゲットして外出先からそのままトンズラする、と鈴宮。パチンコ店員や水商売よりマシな未来を見出したんだろう。 「アタシもいくぅ〜」 七海が鈴宮に乗っかる。ま、待ってくれ! 明後日は俺と・・・。俺とおおおっ!! 「来栖さん、浮気? 高島田一成はいいの?」 と安井が流れに棹さす。俺にとっては菩薩行だが、 「はぁ? なんでアタシが一成君なんかに御伺い立てなきゃなんないわけぇ〜?」 七海・・・(TwT) やっぱり怒ってるんだな・・・。やっぱり深く静かに怒ってるんだな・・・(つД`) 七海と鈴宮の元遊び人共同戦線は、穏健派安達の「そっと見守っててください」防衛ラインを「いいじゃん、いいじゃん」攻勢で容易く突破し、返す刀で、 「アタシはマン喫でノンビリするよ」 と渋る安田をも巻き添えにしたのだった。 「地獄」で停滞していた色欲が瀑布となって、二日後に向け、雪崩れ落ちていく。 長い休日になりそうだ。 (つづく) |