ろるべと | |
(T)ROCK AND ROLL MUSIC 「ワン、トウー、スリー」 ファッと4つめのカウントは声が裏返って間が抜けてしまったが、とにかく鈴宮ハルカが「デイトリッパー」のイントロを弾きはじめる。なかなかやるじゃねーか。意外な才能だ。学院に入るまではニートだったらしいが、ただのニートじゃなくて、ギターの弾けるニートだったようだ。人間誰でも何かしら才能があるもんだ。 もっとも「弾ける」って程度のレベルでしかない。作者のジョン・レノン君が、もしフラリとこの小汚ねーライブハウスの敷居をまたいだならば、思わずトレードマークの丸眼鏡をズリあげるに違いないね。 だってイマジン、剃髪作務衣の四人の尼さんがスポットライトを浴びて、ロックンロールを歌い、演奏する光景を想像してみてくれ。ウーピー・ゴールドバーグか! ウーピー扮するシスターはニセモノ尼さんだったが、こっちは正真正銘本職の尼さんだ。 鈴宮の弾くリフに、ベースの安井沙耶香とドラムの安達小夜子のリズムセクションが加わる。 安井は手先が器用だし、同じ音を繰り返すだけなので、一応、それっぽく聞こえる。安達も日頃木魚で鍛えられてるだけあって、しっかりリズムをキープできてる。 まあ、練習一時間ちょいの超「尼チュア」バンドとは思えないレベルではあるわな。 さて、問題児登場。 七海が耳コピしたとおぼしき、歌詞をまくしたてる。学生時代から音痴だったが、学院で仕込まれたお経の影響が顕著で、節回しなんてモロにそうだ。っつーか 「で〜いとりっっぱあぁ〜」 完全にお経だ。客席には合掌してるオヤジもいる。 しかしロックミュージシャンに大切なのはノリと読経、いや、度胸だ。 4人とも修行生活で、肝が据わってしまっている。生憎、数十人程度の観客を前にビクつくような可愛げなど持ち合わせちゃいない。 4人の舞台度胸が、このカオスな状態を、むしろ逆手にとって「ショウ」として成功させてる。余興としちゃあ十分だろう。ここは「バンドマジック」っつー便利な言葉で、無難に収めちまおうっと。 どうも、高島田一成です。 俺のこと、おぼえていてくれてるかな? 知らない人は是非「地獄の一丁目で恋に落ちた話」に目を通してくれると幸いっす。 え? いちいち読むのが面倒? なら仕方ないな(弱気)。じゃあ、自己紹介。「地獄」と恐れられるスパルタ僧侶学校・G学院の下っ端修行僧で、尼フェチ界の星。現在ステージ上で、「まっ、いいか」的な喝采を浴びてる4人組とは同期生だ。そのうちの来栖七海とは、何を隠そう他人も羨む「いい仲」なわけで、どうだ、参ったか! ふははは! エッヘンと胸をはりたいが、七海とは、ただいま、 絶交中・・・_| ̄|○ 何故、そんな俺がこんな街外れのライブハウスで熱気ムンムンでノリノリなのか?いや、それより事情を知らない人にとっちゃ、何故、尼さんがステージでロックンロールなのか?の方が、エマージェンシーランディングばりに即刻説明してもらいたい疑問なんだろうが、ここは暫し、この唐突にお付き合い願いたい。 ┌───────── (・3・)< ろるべと └───────── 七海がMCのため、マイクスタンドに歩み寄る。 「ど・・・」 と挨拶しかけたら、 キーン マイクが耳を聾せんばかりのハウリング音をひきおこし、 「わっ!」 思わず七海がのけぞる。仕切り直し。 「ど〜もォ〜、こんばんは〜。G学院軽音楽部ことスキンヘッドガールズで〜す」 なんだG学院軽音楽部って? 坊さんの学校にそんなモンはねーよ。それに、なんだそのヒネリのないバンド名は? ちなみに後で漏れ聞くとこによれば、バンド名候補として、他に「武吐滅U(ぶつめつ)」ってェのがあったらしいが、協議の末、却下されたという。賢明だ。 エ〜ト、エ〜ト、と七海は、まるで気のきいた台詞がフワフワ宙に浮遊してでもいるかの如く、黒目がちの瞳で虚空を見渡して、MCの言葉を探している様子だったが、 「いやぁ〜、そろそろ夏ですねぇ〜」 漫談かよっ! どうやらロックの神も七海の天然までは、面倒見きれないようだ。場内に失笑がおこる。 「みんな、晩御飯はちゃんと食べた〜?」 そりゃヒーローショーのお姉さんだろっ! だいたい、まだ宵の口だ。 アタシたちはウナギ食べたんだよ〜、才谷屋のウナギ弁当、と天然ボーカリストはマイペースで続ける。 「いいでしょ〜?」 また失笑。 七海は会場内の困惑ムードなど、どこ吹く風、平然と虚空との交信を再開する。エルヴィス・プレスリーはヤクでブッ飛んで、ステージ上で天使の幻影を見ていたというが、コイツはドラッグなしでも天使が見えてるんじゃないんだろうか。 「みんな〜、歯磨けよォ〜」 とうとうドリフに行き着いちまった。あー、胃が痛え。 「エ〜、ウチら、わけあって急遽、出演することがきまったんですけど」 たまりかねた鈴宮が後を引き取る。 「ゆくゆくは矢沢の永チャンみたいに成り上がって、武道館とか東京ドームとか目指してるんで、応援ヨロシク!」 大きく出たな、鈴宮。残念ながら永チャンの後継者目指してるのは、オマエだけだ。学院を去っても元気でな。 「それじゃあ」 ふたたび七海がMCの座に戻り、 「残り二曲となりましたぁ」 お約束。俺も観客もズッコケつつ、ホッとした。またしても賢明だ。即席バンドに、そんなにレパートリーがあるわけがない。仮にあったとしても十曲も演られた日にゃ、俺がドクターストップだ。 鈴宮のカウントで、再びフニャけた演奏がスタートする。 俺が数年後まで夢でうなされることになる、この夜のハプニングは、まだほんの序章に過ぎない。 (つづく) |