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瓢箪から尼


 口は災いの元
 この格言を今現在、日本で一番噛みしめねばならないのは、他ならぬトップアイドル・上泉美月(かみいずみ・みつき)その人に違いない。
 先日テレビの生放送で、とんでもない不適切な発言をカマしてしまった。その発言がどういったものかは、今回のストーリー上、あまり関係ないので、触れずにおく。
 が、その反発はすさまじい。
 その際の動画はネットを通じて、またたく間に拡散され、関係者一同は火消しに大わらわ、対応に苦慮している。
 本日も上泉美月の所属する芸能プロダクションでは、社長をはじめ重役連が鳩首して、今後のことを話し合っている。
「美月のヤツ、またやってくれやがったな〜」
 社長の通称・蝮(しょっちゅうマムシドリンンクを飲んでいるので、このあだ名が付いた)はまだ怒りが収まらず、薄い頭をかきむしっている。
「ちょっと前にもKensin(人気俳優)とのお忍びデートが撮られたばっかりだっていうのに」
と副社長の通称・ベーヤン(堀内孝雄と似た口髭を生やしているため、このあだ名が付けられた)も苦虫を噛み潰したような顔。
「子役あがりでガキの頃からチヤホヤされてきたからなぁ」
「ちょっと調子に乗らせすぎちゃったトコありますよね」
 上泉美月はアイドル界きっての人気者と同時に、「お騒がせアイドル」としても悪名高い。
 出演番組をドタキャンしたり、大御所タレントにケンカを売ったり、恋多き女として数々の有名人と浮名を流したり、今回のような問題発言を連発して物議を醸したり、とその問題児ぶりは枚挙に暇がない。共演NGや出入り禁止も当たり前だ。
 それでいて、ドラマのヒロインをやれば高視聴率をたたき出すし、新曲を出せば飛ぶように売れまくる。コンサートの動員数も、他のアイドルとはケタ違いだ。
 だから本人はますます天狗になる。周囲も腫れ物扱いで、強く意見できないでいる。
 だが、今回の件は違う。
 これまでの揺り戻しが一気にきたかのような感がある。
 許すまじ、上泉美月!
という怒りの炎が業界でも世間でも燃えに燃え盛っている。
「CM三社降板ですしね〜」
「A社とB社もCM降板を検討中らしいです」
「週刊誌も、ここぞとばかりにアンチ上泉美月キャンペーンを張ってますし」
「上泉美月もついに年貢の納め時か」
「他人事みたいに言うんじゃないよ」
「すんません」
「とりあえずは芸能活動は自粛、上泉は謹慎、それしかないだろう」
 ベーヤンは言う。
「謹慎てどれくらいの期間で?」
「無期限だよ。仕方ないだろう」
「美月本人は、“休める〜”“遊べる〜”って大喜びするんでしょうけどね」
「そこなんだよ!」
と蝮はマムシドリンクを、グイと飲み干して、
「いくら処分を科したところで、美月本人がしっかり反省しなきゃ、意味がないんだよ。仮に復帰できたとしても、結局また同じことの繰り返しになる」
「以前の芸能活動自粛のときも、当時の恋人とフランスやモナコに行って、放蕩三昧でしたからねえ」
「困ったもんだ」
「美月はうちのドル箱だ」
 蝮は言う。
「だからこそ、アイツには猛省を促して、心を入れ替えて、もう少し謙虚な気持ちで、アイドルとしての仕事に向き合って欲しいんだよ。単に銭金の話だけじゃなくて、これは日本の芸能界の為でもあるんだ」
「今回は外出禁止を徹底させて、ひたすら自宅で大人しくさせておく、というのは?」
「甘い甘い、そんなタマじゃないよ」
「ボランティア活動をさせるとか」
「やるかな、アイツ?」
「やらないでしょ」
「だよなぁ」
 会議の座が煮詰まりかけていた、そのとき、末席に控えていた運営スタッフの通称・モモンガ(落語好きなので、落語の台詞から、このあだ名が付けられた)がおずおずと新聞を引っ張り出す。東スポ(東部スポーツ)だ。
「世間じゃこんなことを言う輩もいますよ」
 一面にはデカデカと、
『上泉美月、尼寺修行か?!』
との見出し。
 実在するかしないかも定かならぬ(たぶんしないだろう)「関係者」が、業を煮やした事務所が上泉美月を尼寺に入れ、修行させて更生を図らんという話が浮上している、と語っていた。
「また東スポの与太記事かよ」
「無責任なこと書きたてやがる」
「上泉美月が尼寺に?」
「ないない」
 一同爆笑。
 しかし、一人だけ笑っていない者がいる。
 蝮だ。
「いや、待てよ」
と一同を制し、
「それ、いけるんじゃないか?」
「“それ”って、美月の尼寺修行ですか?」
「そうだ」
とうなずく蝮に周りは一驚する。
「ちょ、ちょっと落ち着いて下さいよ、社長。美月が尼修行なんてミスマッチにもほどがあります。どう考えたってムリですよ」
「なんでムリなんだ?」
「美月に修行なんて耐えられるわけないですよ」
「美月を受け入れてくれる尼寺を探すだけでも大変です」
「第一、あの娘が承知するはずがありませんよ」
 皆口々に反論するが、蝮は、
「そこをうまく説得すればいい。尼寺なら俺にもツテがある。以前取材させてもらったトコでな、頼めば一定期間置いてくれるだろう。立派な尼僧さんだから、美月を善導してくれるに違いない」
「にしても、突拍子もない話ですよ」
「新入社員の研修で、寺に泊まり込みで修行させる企業も結構あるぞ。過去には麻薬でパクられたショーケンが、かのジャクチョウさんを頼って寺修行した例もある」
「それ、何十年も前の話でしょう」
「とにかく、世間様に“あ、コイツ反省してるな”ってアピールできりゃいいんだよ」
 社長、美月に猛省を促すことが「日本の芸能界の為」と熱く語っていた前言を、あっさり忘れている。
「それとも、他に何か良案があるのか?」
 そう言われると、皆、言葉に詰まる。
 ベーヤンも、
「ちゃんと修行させれば、美月の素行も改まるし、まあ一石二鳥ではありますかね」
と蝮に同調する。
「でも、尼寺ですよ、尼寺。美月を坊主頭にさせるんですか? あのプライドの塊が頭丸めるわけないでしょ」
「尼さんを目指してるわけじゃないから、頭を剃らずとも、修行は可能だろう。今は髪を伸ばしてる尼さんもフツーにいるらしいからな。ま、剃った方が本気度が増して、アピールにはなるんだけどな。識者気取りも、さすがに黙るだろうし」
「ファンが泣きますよ」
「わかったわかった。剃髪は回避の方向でいこう。異論のあるヤツはいるか?」
 蝮の精力的なプッシュに、皆承服せざるを得ない。たしかに、「トップアイドル・上泉美月、尼寺に籠ってひたすら反省修行の毎日」という展開、これは効く。
 ただ、これだけでは単なる机上のプランに過ぎない。
 そう、あのクイーン、上泉美月の首を縦に振らせなければ。

「ったく、やってらんないよね〜」
 女王様はご機嫌悪しく、いつもの特別ルームで、レイバンのサングラスをかけて、ピンクのレザージャケット羽織って、身体中にパンク風のアクセサリーをジャラつかせて、ブリーチした金髪を普段よりクルクルに巻いて巻いて、巻いて、お気に入りのチェリー味のチュッパチャプスをくわえ、スマホをいじっている。ナチス兵の軍靴みたいなレザーのブーツをテーブルに投げ出し、ミニスカからニョッキリ出た太ももを隠そうともせず、マネージャーの文子(あやこ)にさんざ愚痴をこぼしている。
「謝罪会見とかゼッタイにやらないかんね」
とマネージャーにゴーマンかましてる。
「今更、遅いわよ」
とため息をつく文子に、美月はニッと意地悪く笑い、
「あーや、いいね、その頭。涼しそうじゃん」
「誰のせいでこんな頭になったと思ってるのよ」
 文子、憮然。38歳の身空で、6mmの丸刈り頭に成り果てたのも、美月の尻拭いのためだ。長かった髪を刈って、関係者各位に米つきバッタよろしくペコペコと丸刈り頭を下げて回っている。やってらんないのはこっちの方だ、と言わんばかりに、美月に恨めしげな眼を向ける。
「あーや、怒ってるゥ〜、アハハハッ」
 美月はまたスマホとにらめっこ、つまらなさそうに画面をフリックしている。
「どうせ、また謹慎でしょ? ま、いっか、今度はどこに行こうかな。ニューカレドニアでのんびりするか、ラスベガスでカジノ巡りか、さーて、どうしよっかなあ」
とひとりごち、占いをチェックしようと、Yaheeのトップページに飛ぶと、ニュースの見出しが目にとまった。
 ・上泉美月、芸能界を永久追放か?
 ・上泉美月、復帰のメド立たず
 ・上泉美月の「元カレ」五木豪、騒動に無関心
 ・「イヤな女」テレビスタッフの語る上泉美月の素顔
 ・芸能界の重鎮、上泉美月に苦言
 ・上泉美月ファンクラブ、会員数激減! 存続の危機
 ――マジムカつく!
 どいつもこいつも上り坂のときは金魚のフンみたくすり寄り、くっついてきたくせに、手の平返しやがって、と美月は腸が煮えくり返る思いでいる。
 表向きは強気を装ってはいるが、内心は穏やかではない。芸能界には、もう自分の居場所はないのだろうか。
 ――チッキショウ!
 今、偉いさんたちが自分の処遇について話し合っているが、どうせ、当たり障りのない結論が出るばかりで、「しっかり反省しろよ」「発言には気をつけろよ」と口頭でたしなめられる程度だろう。このプロダクションの稼ぎ頭である自分を切る決断は、連中には下せまい。そうタカをくくっている美月だ。
 ガチャリ、ドアが開き、蝮、ベーヤン、モモンガが入って来る。会議は終わったようだ。
 そんな重役連など眼中になきが如く、スマホをイジり続ける美月。
「美月、スマホをしまえ」
と蝮が命じたが、美月は無視した。蝮は嘆息したが、しかし、マムシドリンクを一本飲み干すと、これまで自分がつけあがらせてきた小娘を睨み据え、
「美月、お前、尼寺へ入れ」
「はあ?」
 美月は初めて顔をあげ、小太りの中年男を見た。思いもかけぬ社長命令だった。
「尼寺へ行け」
と蝮はまたハムレットのように言った。
 しかし、彼の目の前にいるギャルは、オフィーリアのような可憐な乙女ではない。
「ナニ言ってんの? 意味わかんないんですけどー」
「俺の知り合いに尼寺の住職がいる。その寺で修行させてもらってこい。これもミソギだ。尼修行して、お前のその歪んだ性根を叩き直してもらえ」
「ふざけんな! 何だよ、それ!」
 美月はテーブルをたたいて、猛然と立ち上がる。
「これまで散々儲けさせてやったろ! 誰のお陰でそんなふうにブクブク太ってふんぞり返っていられると思ってんだよッ!」
 クルクル巻き髪が逆立たんばかりに、いきり立つ美月に、
「美月、誰に向かってそんな口をきくんだ」
 蝮も肚を据えて、今回ばかりは強硬姿勢を崩さない。
「勘違いするなよ、美月。お前が今日までアイドルをやってこれたのも、我々のバックアップがあったからこそだ。それにファンの支えもあればこそとも言える。思いあがるな」
「はっ」
 美月は嘲笑した。
「そんなクソみたいな説教なんて聞きたくないね。だったら、アタシ、別にこの事務所辞めてもいいんだよ? アタシを欲しがってるトコなんざ腐るくらいあるんだからね」
「今のお前を拾ってくれる酔狂なプロダクションなんぞありゃせんわ。現実を直視しろ」
「なんなら独立するまでだよ」
「そうやって独り立ちしようとして消えてったヒサンな失敗例を、お前も知らんわけがなかろう。お前みたいに自分の頭のハエも追えんようなヤツが独立とは笑わせてくれるな」
「はっ、後で吠え面かくなよッ!」
 売り言葉に買い言葉でヒートアップする両者の間に、
「まあまあ」
とベーヤンが割って入る。
「社長、落ち着いて下さいよ」
と蝮をなだめ、美月の方を向き、猫なで声で、
「美月〜、こっちとしても今回の件、なんとか八方丸く収めたいんだよ〜。社長もキミのことを思ってのことだ。そこら辺汲んでくれたまえ」
「はっ、アタシが尼寺に行けば丸く収めるってーの? ジョーダンじゃないね。誰が行くもんか、尼寺なんて」
「形だけでいいんだよ、形だけで」
 ベーヤンは因果を含める。
「とりあえず、ほとぼりが冷めるまで、尼寺で修行って体(てい)にしてさ、反省の意が世の中に伝われば、皆納得するんだから。世間なんていい加減なもんだ。キミが尼僧修行に日々励んでるフリをすれば、可哀想、とか、許してあげようよ、とか同情論も巻き起こる。復帰もスムーズに運べる。だから、頼むよ〜」
「はっ、別に反省するつもりないし〜、同情ひきたくもないし〜」
と口では強がる美月だが、ベーヤンの説得に、ややクールダウン、
「形だけねえ」
と呟いている。
「そうそう」
 モモンガもうなずき、
「しばらくは骨休みだと思ってさ、わずらわしい世間を離れて、静かな環境に身を置いて、自然に囲まれてヘルシーな生活をして、一種のダイエット、一種のデトックスと考えてみたら最高じゃないか」
 そう説かれれば、尼寺行きも悪くないかも、といった気持ちになる。
 蝮が脅しつけ、ベーヤンとモモンガがなだめ、やんわりと説き伏せる。刑事の取り調べにでもありそうな手法だ。三人の連携は打ち合わせ通り、バッチリだ。すでに先方には話はつけてある。後は美月の身柄を運び込むだけだ。
「マスコミも尼寺までは追いかけてこないしさ」
というモモンガの言葉が美月の耳に甘く響く。正直連日の過熱報道にウンザリしている。自宅の周りにはマスコミが始終張り付いているし、ネットをやっても、テレビをつけても、自分についてのネガティブな話題だらけ。だから、煩を避けて、しばらくは海外に脱出しようと考えていたが、近場で済むなら――しかも復帰の糸口になるのならば――それもアリなのではないか。心が動く。
「期間は?」
「まあ、三ヶ月といったトコかな」
「三ヶ月?! 長過ぎじゃね?」
「嫌になったらやめてもいいから」
「髪も服もメイクもこのままでいい?」
「勿論」
「うーん」
「どうだい? 行ってくれるかい?」
「やっぱやだ。ラスベガスに行く」
「仕方ない」
と説得を諦めた上役連は、
「手荒な真似はしたくなかったが」
と強硬手段に出た。
 黒スーツ&スキンヘッド&サングラスの屈強な黒人が二人、ドカドカと入室してきて、美月を押さえつけた。
「ちょ、ちょっと、ナニすんのよっ!! アタシを誰だと思ってんの!!」
 抵抗するが、非力な少女は拉致されるように、いや、完全に拉致され、荷物みたく車に運び込まれた。
「出してくれ」
とのベーヤンの指示で、車は発進する。
 車は走る。都心を抜け、一路尼寺へ。
「ナニ考えてんだッ!!
「降ろせ、降ろせよっ!!
「警察に通報するからな!!
「お前らただで済むとは思うなよ!!」
と血相を変えて叫ぶ美月だが、猿ぐつわをはめられ、
「むほっ! ううっ! うっ! うっ!」
と空しく身をよじるのみだ。
 そうこうしてる間に、山の中、山の中へと車は分け入っていく。
 そして、尼寺、着。
 鳥も通わぬ、とはまさにこのことだろう、人里離れた山奥に、その寺院はあった。バスなどの交通機関はまったくなく、寺の裏手に至っては断崖絶壁、自力での脱出はまず不可能だ。無理に山を下りようとしたら、間違いなく遭難する。
 スマホや財布は没収され、厳めしい門前に放り出され、美月は茫然自失。今朝目覚めたときには日没を尼寺で迎えようとは、1ミクロンたりとも思っていなかった。
 ――ウソ・・・ウソ・・・ウソでしょ・・・
「では、お預かりいたします」
 迎えた尼がベーヤンやモモンガに一礼する。
「思い切りシゴいちゃって下さい」
「では、遠慮なく」
「ご住職様によろしくお伝え下さい」
「はい。承知いたしました」
「じゃあ、美月、これから半年頑張れよ〜」
「おいっ!! 三ヶ月って話だろっ!!」
 我に返り牙を剥く美月だが、車はすでに走り去っていた。ブロロロ・・・
 こうして美月の尼寺の暮らしはスタートを切ったのであった。

 昨日も掃除、今日も掃除、明日も掃除!!
 昨日も読経、今日も読経、明日も読経!!
 昨日もお粥、今日もお粥、明日もお粥!!
 文明から切り離された陸の孤島での、厳しい修行と不自由な生活に美月は音をあげそうになった。が、耐えた。生来の負けん気の強さが頭をもたげる。
 トップアイドルの意地で、マスカラや付けまつげなどメイクも毎日キメる。ネイルも飾り立てる。髪もセットする。アクセサリーもつける。そのくせ、服装は紺の作務衣だから、滑稽な感じになっている。だが、本人は大真面目だ。絶対女は捨てられない。最後の抵抗だ。
 ――クソッ! 負けるもんか!
 が、辛いものは辛い。都会で安逸を貪っていた身に修養生活はこたえる。ついつい怠けて、
「コラッ、美月、サボらない!」
と尼たちにしょっちゅう小突かれている。
 逃げたい。でも逃げられない。
 ――焼肉食べた〜い! スイーツ食べた〜い!
 都会での生活が懐かしい。
 しかし、菜食と自然と規則正しい生活は、思いとは裏腹に、美月の身体を喜ばせる。身は軽くなり、感覚は鋭敏になる。
 何より美月がギブアップせず、尼寺に留まっている理由、それは――
「美月」
「はい、祐月尼さま」
 この寺の住持・祐月尼に声をかけられ、美月は喜悦を抑えきれず、笑顔になる。
「今日は写経をしましょう」
「シャキョウって、お経を書き写すアレですか?」
「そうです。ただ書き写すだけではいけませんよ。ちゃんと一字一字心をこめて、その意味を噛みしめて、丁寧に丁寧に書くのですよ」
「はいっ」
 表情を輝かせてうなずく美月、こんな従順な彼女を業界人たちが見たら、にわかには信じられないはずだ。
 美月とて最初からこんなふうではなかった。
 初対面のとき、美月がまずはじめに驚愕したのは、祐月尼の美しさと若さだった。
 還暦も近いとのことだったが、いやいや、三十代くらいに見えた。そこら辺のアイドルや女優などが吹き飛ぶくらいの圧倒的な美しさに、美月もしばし言葉を失ったものだ。
 藤原氏の流れをくむ名家の出だという。挙措動作も穏やかで、でも、その内に凛とした品格が確かに在った。そして、何より寛容だった。
 無理やり尼寺に押し込まれ、ふてくされている美月に、
「お話は伺っています。これから半年間、貴女にはここで修行してもらいます」
と微笑を浮かべ、言った。
「はっ、カンベンしてよ」
 美月は、祐月尼の美と品に気圧されつつも、虚勢を張って冷笑してみせた。
「こっちは好き好んで来たわけじゃないよ。アンタの思い通りにはならないからね」
「あらあら」
 祐月尼は微笑を崩すことなく、
「じゃあ、自分の納得のいくまで、好きにおやりなさい」
と美月の金髪もメイクもアクセサリーも許した。
 そして、入門以来、ときに優しく、ときに厳しく、美月を導いた。美月も祐月尼の掌の上、いつしか日夜の修行に、美月なりに取り組むようになっていった。
 写経を終えると、
「美月、私の部屋にお出でなさい」
 言われるまま祐月尼の室に行くと、
「貰い物があったから」
とぼた餅を頂いた。
「お食べなさい」
 美月は無我夢中でぼた餅にかぶりついていた。尼寺に来てから初めての甘味。
「うっ・・・ううっ・・・甘っ・・・甘い・・・甘いよォ〜」
 涙腺が緩む。ポロポロと大粒の涙がこぼれた。
 アリーナを超満員にしていた自分が、今はぼた餅一個で号泣している、そんなシニカルに自己を俯瞰する余裕もなく、ただただ一か月ぶりの甘い物を味わった。
「美月、貴女にとっては不本意でしょうが、あと五ヶ月辛抱なさい。この寺での日々も、貴女の人生にとってけして無駄にはなりませんよ。仏様もちゃんと御覧になっていますからね」
 優しい声音で諭され、
「うっ・・・うう・・・うっ、うっ・・・」
 美月は涙を流しながら点頭した。

 尼寺での生活にも慣れ、美月はますます祐月尼に傾倒する。
 あるとき、
「祐月尼さまは何故出家したんですか?」
と何気なく訊いたことがある。
 そうしたら、意外な答えが返ってきた。
「嫁き遅れたからかしら」
「ウソ」
と美月は笑った。
「絶対ウソ。そんなキレイなのに、嫁き遅れるなんてありえな〜い」
「本当よ」
 祐月尼は自分の身の上を語った。
 大病を患った父親の看病で、結婚どころではなかったという。
「父を看取ったときには、もう三十半ばでね、縁談なんて、もうほとんどなくなっていてね、それなら、つまらない男の人と暮らすより、仏様のお嫁さんになって、一生添わせて頂こうと決めたのよ。仏様以上の殿方なんて、まずいませんからね」
「そんなもんですか?」
「そんなものよ」
「祐月尼さま」
 美月は思い余って、祐月尼ににじり寄った。
「今夜、祐月尼さまのお部屋で寝かせてはもらえませんか? どうか、どうか、お願いします!」
 祐月尼は許した。その夜は二人、枕を並べて寝た。
 美月は自分の臥所から這い出し、祐月尼の布団にもぐり込んだ。
「美月は甘えん坊ね」
と祐月尼は慈しみの眼差しを美月に向け、その髪を撫でた。
「祐月尼さま」
 美月は打ち明けた。
「アタシ、母を知らないんです」
と。
「アタシの母親は、アタシがまだ物心つく前にいなくなりました。ギャンブルで借金を作って――とにかくものすごい額の借金で――父親やアタシを置いて、蒸発してしまったんです。残された父親は、何も知らないアタシを児童劇団に入れて、子役として売り出そうとしました。父の目論見は当たり、アタシは一躍人気子役として、テレビや舞台に引っ張りだこになって・・・それでも、母親の借金はまだ残ってて・・・アタシはそれを返すために・・・お金目当てでアイドルの道に入りました。気が付けば、トップクラスのアイドルになっていて、お陰でお金も入り、借金はあっと言う間に返済できました。アタシは周囲から持ち上げられ、もてはやされて、お金も男も思いのままでした。でも、贅沢な生活や華やかな恋を楽しんでいても、アタシの心には満たされないものがありました。母親に甘えたい、母親の温もりを感じたい、そんな飢えた気持ちがいつだって、どこかにあって・・・。そうして芸能界をしくじって、ここに連れて来られて、祐月尼さまと出会って、アタシ、いつの頃からか、祐月尼さまのことが母親のように・・・ママのように思えて・・・アタシ・・・」
「それ以上は、もう言わなくていいわ」
 祐月尼はそっと美月を抱きしめた。美月は祐月尼の胸に顔をうずめた。温かくていい匂い。嬉しかった。涙が出た。温もりに包まれ、
 ――祐月尼さま、ママみたい・・・
 何度も思った。心が安らぐ。心が温もる。
「来週、里で法要があるので、美月、貴女も一緒についていらっしゃい」
 ――里に?!
 美月はハッとなった。
 ――逃げられる!
 里に下りれば、こっちのもの、隙をみて逃亡し、窮屈な尼寺生活とオサラバできる。
 ――でも・・・今は・・・
 日中の疲れもあり、美月は温もりの中、眠りに落ちていった。頬に涙のあとを残して。

 翌週、美月は祐月尼と山を下った。
 里から迎えの車が来て、二人はそれに乗った。美月は寺に入れられてから、はじめて「シャバ」の空気を吸った。
 祐月尼が何かの慰霊碑に経を手向ける間、金髪で派手なメイク、ネイル、アクセサリー、でも作務衣というヘンテコな姿(なり)の美月は、人目を避け、物陰に隠れっぱなしだった。
「あの人、テレビで観たことない?」
と女の子たちが話しているのが耳に入り、さらにコソコソと物陰に。
 尼寺を出発したときから、いや、その前からずっと胸の奥で繰り返される囁き、
 ――逃ゲヨウ!
 そう、今だったら容易に脱走できる。こんなチャンス、もう二度とないかも知れない。モタモタしていたら、また修行生活に逆戻りだ。
 その誘惑に美月の心は揺れる。
 しかし、美月は逃げなかった。逃げられなかった。
 祐月尼を裏切りたくはないから。
 祐月尼の傍に居たいから。
 美月本人も気づかぬうちに、彼女の中に新しい上泉美月が生まれていた。

 里から帰ったその日の夕刻、美月はメイクをおとし、アクセサリーもはずし、祐月尼の前で手をついて、頭を下げていた。
「お願いします! どうか、アタシをトクドさせて下さい!」
 祐月尼はたじろがず、
「得度の意味はわかっているの?」
と訊ねた。
「はい!」
と美月は答えた。
「アタシを正式な尼に――祐月尼さまの正式な弟子として、どうかお傍に置いて下さい! アタシも仏様のお嫁さんになりたいんです! 髪の毛も剃って、スッピンで仏様のお嫁さんになって、生まれ変わった気持ちで修行させて欲しいんです! どうかお願いいたします!」
「一度髪を剃ってしまえば、また生え揃うのには随分と時間がかかりますよ?」
「一生坊主頭で構いません!」
「芸能界に戻るために、ここに来たのでしょう?」
「あんな世界にはもう未練はありません。ここでずっと祐月尼さまの教えを学ばせて下さい。心静かに仏様にお仕えさせて下さい!」
 懸命に言い募る美月に、祐月尼はしばし思案して、
「わかりました」
と首を縦に振った。
「将来のことはさておき、得度はしましょう。お式もしましょう」
 ただし――と語を継ぎ、
「正式に出家するには、色々と手続きがあります。貴女の決心が本物なのかどうかを見極める必要もあります。だから、一ヶ月お待ちなさい。もし、見込みがあるようならば、お式は一か月後執り行います」
「ありがとうございます」
と美月は畳に突っ伏した。両眼からは涙がこぼれ、涙は畳の上にポタ、ポタ、と落ちた。

 一ヶ月後、美月の得度式は行われた。
 尼寺の人間たちのみで、ごく内輪での式だった。それが美月の望みでもあった。
 カンカンカンカン!と開式を告げる鐘の音が鳴り響いた。
 美月は白い装束を身にまとい、本堂の入り口に控えている。平穏な心持ちで、この門出の日を迎えることができた。
 列座の尼たちの読経する中、しずしずと歩をすすめた。入堂する。眦を決し、本尊様の対面に着座した。
 続いて、戒師をつとめる祐月尼が入堂し、いよいよ重厚な空気になる。
 祐月尼が焼香し、美月も焼香する。
 そうして教わった通り、身体を投げ出すように礼拝する。それを三度繰り返す。
 厳粛な式作法に、自他の心がピリリとひきしまっていくのを感じる。
 外は蝉しぐれ、美月の出離を寿ぐが如く、尼たちの読経と競い合い、融け合い、伴奏を供する。
 いつの間にか夏になっている山に、美月は改めて、下界の遠きを思う。
 戒師の祐月尼に導かれ、美月は仏弟子となる誓いを立てる。衆生済度の誓いを立てる。そして、姉弟子たちと共に経文を誦する。それらひとつひとつの所作が、不退転の決意をさらに強固なものとしていく。
 アイドルとしての、振り付けのレッスンなどの経験が活き、見苦しい不手際もなく、堂々と一分の狂いもなく、そんな美月の見事な振る舞いもあって、式は滞りなく進行していった。
 そうして髪を落とす段に入る。
 剃除髭髪
 当願衆生
 永離煩悩
 究竟寂滅
と尼僧たちが声を揃え、剃髪偈を唱える。
 美月はもう髪を剃ることへの不安はなかった。むしろ、爽快さと解放感が身体中を満たしていた。
 祐月尼が剃刀を執った。これも、美月の希望に沿ったものだった。
 アイドルとしての象徴であるブリーチした金髪に、剃刀が入った。美月は全てを戒師に委ね、合掌し、目を閉じた。
 剃刀は美月の髪の毛をすり抜け、地肌に達した。
 ジャッ
と刃と髪と皮膚の三者が和して、鳴った。
 ジジ・・・ジーッ
 美月の頭皮が剃刀の刃とこすれる音がして、髪は根元から削がれ、払われた。
 ハラリ、
と落ちる金色(こんじき)の髪が、侍者である尼に拾いあげられる。侍者はその髪を和紙を敷いた白木の三宝の上にのせる。
 美月の前髪の生え際に、青白い一角があらわれた。祐月尼はさらに剃刀を入れ、ひいた。日頃の温雅さに似ず、キビキビと剃刀を動かす。
 ジー、ジジジー
 ジジー、ジ、ジー
 金色の野に、青白い小道が切りひらかれた。
 絶え間なき剃刀の感触に、美月の背筋もより一層伸びる。悲しみも迷いもなく、何か人知を超えた大いなる存在に包まれているような、不思議な安堵感があった。
 バサッ、バサッ、
 髪の毛が一房ずつ切り取られる。それらが三宝の上に、折り重なり、うず高くなっていった。
 剃刀は青い一筋の小道をますます拡げ、金の茂みを剃りのけていく。一房、また一房、その律動が美月には心地好かった。律動に身を任せる。
 自分の呼吸と祐月尼の呼吸が寸分の乱れなく調和して、融け合い、この場の一切が大宇宙の一片に帰していく、そんな感覚が、身を、心を、浸した。
 ジジー、ジ、ジジー
 ジ、ジジ、ジー
 前髪が消えた。前頭部が剃りあげられた。
 祐月尼はスッと美月の背後にまわり、後ろ髪に刃をあてた。まるで名人の舞を彷彿とさせる、美と品を兼ね備えた身のこなしだった。
 ジ、ジジー、ジー、ジー
 ジジジー、ジ、ジジー
 後ろの髪が剃りおろされる。
 断たれた髪がもつれ合い、塊となって、落ちるのを侍者がすかさず受け止める。
 祐月尼は摘む。剃る。美月に頭をもっと垂れさせ、襟足を断っていく。根こそぎ、跡形も残さず。
 ジジー、ジジー、ジ、ジジー
 ジ、ジー、ジジー、ジー
 うなじが露わに出でる。前頭部同様、青ざめていく後ろ頭。
 生まれ変わってゆく、理も非もなく、美月はそう思った。クッキリと剥きあげられた頭に、夏の熱と風の涼を感受する。
 ジー、ジジー、ジー
 ジ、ジ、ジー、ジ、ジジー
 最後にうなじの後れ毛が剃り落とされ、
「終わりましたよ」
 祐月尼にそっと囁かれ、美月はスーッと自分に返った。戻ると同時に読経と蝉しぐれのアンサンブルが耳をついた。夏の中に居た。
 侍者が濡れタオルで、妹弟子の頭を拭きあげる。タオルに染みた水分を頭皮に直に感じた。
「見事でしたよ」
 祐月尼が耳元で褒めた。美月はちょっとだけ女の子に戻って、はにかんで微笑した。
 すっかり青坊主の真発意となった美月は袈裟を与えられ、僧侶としての名を与えられた。
 与えられた僧名は、
 蓮月
といった。
 ふたたび仏前で投地する。
 この山奥の寺で、また一人新たな尼が産声をあげた。若く美しく清げな尼だった。

 マスコミの嗅覚に、我々一般人はしばしば驚嘆をおぼえる。
 スーパーアイドル・上泉美月が籠っている山寺を全力で探り当て、スクープ写真を得るべく、決死隊さながらに険しい山道を乗り越え、某雑誌の記者一行は、ようやく目的地にたどり着いた。
 そして、坊主頭に法衣で、たすきがけして、掃除に励んでいるかつてアイドル界のクイーンの変わり果てた姿を激写。
 雑誌に掲載されたその写真は、大きな反響を呼びまくった。
 プロダクションから、上泉美月の尼寺入りが発表されても、世間はそれを真に受けるほどウブではなかった。
 「どうせポーズだけの修行の真似事だろ」「たぶん尼寺でもVIP待遇なんだろうな」「すぐに音をあげて逃げ出すさ」と冷ややかな見方も根強くあった。
 それだけに、一枚のスクープ写真は世の人々に衝撃を与えた。
 あの上泉美月が頭を丸め、「一休さん」よろしく修行に精励している!
 この特ダネに一番驚いたのは、他でもない、美月の芸能プロの面々だった。
「アイツ、ガチじゃねーか!」
とベーヤンは目を瞠り、
「まさか、髪まで剃るとは・・・」
とモモンガは絶句していた。
 蝮は、
「恐るべし祐月尼、あの狂犬美月の牙を数ヶ月にして抜くとは、なんという高徳、なんという教育力。ヤンキー先生、夜回り先生の次は尼さん先生の時代なのか・・・」
としみじみと感嘆していた。
 しかし、驚いたり、感嘆している場合ではない。
「美月をこのまま尼にするわけにはいかん!」
と砂塵を巻きあげ、尼寺へと車を飛ばした。

「皆様のお気持ちはよくわかっておりますが、私は一生尼として生きゆく所存、申し訳ありませんが、どうかお引き取り下さい」
 剃髪尼として蝮たちの前に現れた美月、いや、蓮月は復帰を求める蝮たちを、凛として拒んだ。
「み、美月・・・うっ、うっ、あの問題児がすっかり立派な尼僧様になって・・・うっ、うっ・・・」
「社長、我々も尋常じゃないくらい感動していますが、今は泣いてるどころではありません」
「そ、そうだな。美月、ミソギは済んだ。業界も世間もお前を許している。ファンクラブの会員数も以前以上になっているほどだ。世の中がお前の復帰を熱望しているんだ。頼む! 戻ってきてくれい!」
「キミを無理やりこんなところに連れてきたことについては、幾らでも詫びる。虫の良すぎる話であるのも重々承知している。が、どうか聞き分けて欲しい」
「この尼寺に入れられたこと、むしろ感謝しております。そのお陰で私は祐月尼さまという素晴らしい師と巡り合え、得度するまでに至ったのですから。得度して正式に尼僧となった以上、もはや俗事に心を煩わせたくはありません。どうぞ、私のことはそっとしておいて下さい。このまま、仏道を歩ませて下さい」
「み、美月! ま、まぶしい! アイドルの頃よりまぶしいぞ! 後光がすごすぎるっ!!」
「社長、まぶしいのは我々もです。しかし、まぶしがってばかりいても、話し合いになりません」
「そ、そうだな、美月、そう言わず帰ってきてくれい! 今のお前なら活動休止前より深みのある歴史的なアイドルになれる! 絶対なれる! お前の待遇等についても、お前の要求を全てのむつもりだ。だから、この通り、頼む!」
「ですから、そのような世俗のことに、今の私は何の魅力も感じないのです。こちらからもお願いいたします。どうぞ、日のあるうちにお引き取りを」
 重役連の説得に頑として応じない蓮月。話し合いは平行線。だが、
「お待ちなさい」
 ふすまが開き、祐月尼が姿を見せた。
「蓮月や」
「はい」
「貴女はこれから社長さんたちと一緒に山を下りなさい」
「え?!」
 蓮月は師の言葉に、耳を疑った。
「祐月尼さま、私に俗世に戻れとおっしゃるのですか?! ふたたび俗塵にまみれよとおっしゃるのですか? ここで心安らかに御仏にお仕えすることをお許し下さらないのですか? そのための得度ではなかったのですか?」
 蓮月に詰め寄られ、祐月尼は、
「これは聖、あれは俗、などと差別していては、本当の悟りを得ることはできませんよ。それに静かな寺の中でも都会の喧騒の中でも、自己を修養できるか否かは貴女の心がけひとつにかかっているのですよ」
「しかしっ! ――」
 なおも言い募ろうとする蓮月を、祐月尼は制し、
「貴女に何故、“蓮月”という僧名を与えたかわかりますか? 蓮の花は泥の中にあって、美しい花を咲かせます。貴女もどんなところに居ても、今の心を見失わず花開く、そんな強さを内に秘めている。私はちゃんと見抜いているのですよ。私の目に狂いはないはずです」
「・・・・・・」
「世の中には貴女の歌を、貴女のお芝居を、貴女そのものを必要としている人々がたくさんいるのでしょう? だったら、その人たちに笑顔や勇気、元気や希望、心の潤いを与えてあげなさい。それこそが、仏様の御心に適った立派な行ですよ。狭い山内で仏弟子也ととりすましているよりも、広い世界であがきなさい」
 蝮たちはいつの間にか所在なさげに、小さくなっている。
「でも・・・私・・・」
「大丈夫、私はいなくなったりはしませんよ。ずっとこの山寺に居ます。だから、辛いことや迷うことがあれば、いつでも訪ねていらっしゃい」
 祐月尼に背中を押され、
「わかりました」
と蓮月はうなずいた。蝮たちは手を取り合って喜んでいた。
 その日、蓮月は山を下った。

 蓮月――上泉美月は芸能界に返り咲いた。
 多くの人々がもろ手をあげて、美月を迎えた。
 その復帰一発目の仕事は、生放送の歌番組だった。
 業界を干される直前に新曲をリリースしたのだが、騒動で歌番組に出演できず、今回晴れてテレビで初披露する、との触れ込みだ。
 大丈夫かな、と重役たちの中には危ぶむ向きもあったが、せっかくのゴールデン番組のオファーなので、大々的に復活をアピールできる絶好の舞台、と出演が決まった。
 そして、本番当日。
「美月ちゃん、痩せたねぇ〜」
 司会のヤモリは驚いていた。
「久しぶりだねぇ〜」
「色々とご迷惑やご心配をおかけしました」
と美月は深々と頭をさげていた。以前みたいなケバケバしさや毒々しさやふてぶてしさや騒々しさは消え、落ち着いた清楚な雰囲気に変貌していた。
「あれ? そんなキャラだったっけ?」
と何度もツッコまれ、美月は微苦笑を浮かべるばかりだった。
「お寺での写真見たよ」
という流れから髪の話になる。
「坊主頭に剃ってたんでしょ?」
「はい」
「髪伸びるの早くない? どうやって増毛したの? 俺にも教えて欲しい」
「いえ、これカツラなんですよ」
と美月はこともなげに、セミロングのウィッグをはずしてみせた。露わになった伸びかけの丸刈り頭はテレビカメラによって、全国津々浦々のお茶の間にまで届いた。会場にもどよめきがおこる。
「本当は剃髪で活動していくつもりだったんですが、事務所にそれだけは勘弁してくれって言われて」
「そりゃあそうだろう。坊主頭丸出しのアイドルって聞いたことないもんねぇ〜」
「なので、当分はカツラで活動します。アイドル界のキダ・〇ローさんを目指します」
「ダメダメ、危ないこと言わないの(汗)」
 上泉美月、いきなりお騒がせぶり復活か?
 ――いけない、いけない。
 首をすくめ、
 ――蓮の花、蓮の花。
と自分に言い聞かせた。




(了)



    あとがき

 今回はずっと以前から温めていたストーリーを書いてみました。が、長い!! 自分でもあせるくらい長い(^^;)
 ヒントになったのは、人気女優の沢〇エリカさんがかつて世間からバッシングを受けていたとき、某紙に「沢〇エリカ、尼寺修行か?」という怪しい記事が躍り、それが迫水のアンテナにひっかかりまして。。
 同時に発表させて頂いた「散髪屋ケンちゃんVS崖っぷちアイドル」のあとがきに、 「もうひとつ、温めているアイドル物の構想があるので、それも、また発表できれば、と思っています!」と書いていたのが本作です(実現、早っ!)。
 今回十二年目にして初めて、現代劇で得度式+剃刀オンリー(床屋抜き)にチャレンジしてみました。どうなるかと思いましたが、全体的に結構すんなり書けて、ほんと、良かったです(^^)
 お読みいただき、感謝感謝です!!




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