すきかるっ! |
なんか、「清浄化」っつうの? 本山も騒がしいみたいだね。 Z師が総本山のトップになってから、生臭坊主&生臭尼とかをジャンジャン追い払って、真面目でデキる坊さん尼さんを引っ張り込んで、ルールも厳しくして、「改革」なんだってさ。政治の世界の話っぽいけど、・・・う〜ん、どうだろね。 後から聞いたんだけど、あたしが山ん中に居た頃は、あまりの腐りっぷりに、「魔窟」って陰口叩かれてたらしい。今思えば、たしかにヤバい坊さん尼さんがワンサカいた。山内で高級車乗り回して、尼さんとか髪伸ばして、メイクアップしてドレスアップして、合コンまがいのこと、しょっちゅうやってたし。 でも、まあ、あたしの通ってた山内の学園は、特にそんな「恩恵」に与れないでいたな。今となっちゃどうでもいいけどね。 その学園は本山の片隅にひっそりとあった。 ムロマチ時代だったかな、とにかく四五百年前からあって、元々はお坊さんの学校だったのが、あたしが入学した頃には、一般の生徒もいたし、男女共学だった。 学園は四つの学部に分かれていた。 一流大学を目指すエリートどもがふんぞり返っている「特別部」、フツーの連中がしおたれて通っている「非特別部」、仏教にまつわる文化を勉強する変わりモンたちのいる「仏教文化部」、そして坊さん尼さんを目指す、ほとんどが寺の坊ちゃん嬢ちゃんが寄り集まっている「宗門部」。あたしが通っていたのは、この「宗門部」だった。 「姉小路希(あねこうじ・のぞみ)さんですね」 と学園の入学面接で確認され、 「はい」 とあたしはうなずいた。 「県立〇×〇高等学校中退。現在17歳」 とさらに確認され、 「はい」 とまたうなずく。頬が少し熱くなる。その辺のトコは、ひとつサラリと流して欲しい。 が、面接担当の坊さんは、 「なんで前の高校を中退したのかな?」 と質問してきて、古傷をつつかれて、あたしは、 「えっと・・・その・・・校風が合わなかったというか・・・あの・・・」 しどろもどろになる。冷や汗三斗。 高校をやめたことは後悔してない。仕方なかった。 最初は女子の中心グループにいたんだけど、そこでヘタ打って、半ば追い出されるようにして、他の女子グループに移ったが、そこでもまたギクシャクして、ホント、女子の世界ってメンドクセー、で、また他のグループに入ったんだけれど、またもやしっくりいかず、まるで遊牧民さながらに、あちこちの群れを転々としてる間に、スクールカーストは大下落、こんなクソどもと笑顔で協調せねばならぬ努力と忍耐と時間がムダに思え、バカバカしくなって、退学届を出したのが、一年の二学期が終わる前。 担任(♂・すげー息臭い)は一応止めたんだけど、「一応」なので、スムーズに退学できた。 九か月足らずの高校生活で受けた心の傷は、深いものがあった。人間不信、対人恐怖、特に同性に対してそれらをおぼえる。すげぇトラウマ作っちゃったよ。 寺の娘が学校やめてブラブラしてるのは、外聞が悪い、って母親がうるさいから、マックでバイトした。・・・と言っても、申し訳程度の勤務、あとはグダグダと目標も将来設計もないまま、生き甲斐も打ち込めるものもないまま、食って遊んで寝て、食って遊んで寝て、たまにバイト、というサイクルでダメ人間生活を謳歌していた。 オヤジは寺のことで色々忙しいらしく、あたしには無関心。たまに、 「お前これからどうするんだ?」 と思い出したように訊ねてきたりもしたが、あたしはシカトをきめこんだ。向こうも、「失敗作」の娘にそれ以上かまけている時間はないといったふうな様子で、また仕事に戻っていった。 ただ一人、兄貴だけは違った。 兄貴とあたしは一回り近く年が離れている。たった一人の兄弟だ。兄貴は父の後継者として、僧侶となり、今は副住職として、父をサポートしている。 あたしはこの兄が大好きだった。兄貴もあたしに優しかった。 そう、兄貴は優しい。おバカなあたしが理解できるまで、辛抱強く数学を教えてくれたり、バイトが遅くなったりしたときは、バイト先まで車で迎えに来てくれた。あたしが高校を退学したときも、やいのやいの言う両親を「あいつも考えがあってのことだから、そっとしておいてあげてくれ」と陰でかばってくれていたらしい。 兄貴はあたしにとって理想の男性! 兄貴のやることは何でも真似した。 兄貴がテニスをやっていたから、あたしも小さい頃からテニスをはじめ、兄貴が洋楽好きなので、あたしも洋楽を聴くようになった。得度(坊さんになるための最初のステップだ)も、兄貴が受けたから、あたしも中学のとき、受けた。 兄貴が僧侶になる修行のため、長期間家を空けたときは、あたしはもう十代だったが、兄のいないさみしさに毎晩ベッドの中で泣いていた。筋金入りのブラコンだ。 兄貴はあたしのこと、「ノン太」と呼ぶ(名前の「希」からね)。 「ノン太〜、檀家さんからアンコロ餅もらったから食いなよ、ホラ、つきたてホヤホヤだから美味いぞ〜」 「兄貴、部屋に入るときはノックしろよ」 「あ〜、悪ぃ悪ぃ、許してくれ」 「許す」 「ありがたき幸せにございます」 「許す代わりにお茶を持って参れ。餅だけではのう、チト水分が欲しいのう」 「はいはい。淹れてくるから待ってな」 兄貴は温厚で、あたしは今まで兄貴に怒られたことは、一度もない。ケンカしたこともない。 時折、 「ノン太〜、剃り残しがないか、チェックしてくれ〜」 とジレット片手に、あたしの前に坊主頭をニョッキリと突き出してきて、あたしは兄の頭を入念に吟味して、 「ここ、剃れてない」 とチョンチョンと指で剃り残しをつつく。 「ここか?」 ジョリジョリ。 「まだ剃れてない。剃刀貸してみ」 とあたしはジレットを兄貴から奪い、きれいに剃ってやる。 「ノン太、サンキューな」 飄々としている。そのせいかはわかんないけど、兄貴の浮いた話、全然耳に入ってこないんだよなぁ。 寺の次期住職だし、後継ぎも作らにゃならんし、だから、見合いとかすすめられているらしいが、本人はあまり関心がないみたい。イケメンかつハイスペックなのに勿体ない。嘘。ブラコンの妹としては大いに慶祝である。 そんな兄との平穏な日々に暗雲がたちこめてきたのは、あれは、そう、高校をやめてから半年ばかり経った頃だった。 飯豊(いいとよ)という男がフラリと現れた。父が昵懇にしている大きな葬儀屋の息子だった。ヒョロくて、チャラい男。表向きは神妙に好青年ぶってはいるけれど、目がどんより濁っていて、それがこの男の全てをあらわしていた。 飯豊は大学生だった。うちの寺に下宿して、学校に通っていた。新しい下宿が見つかるまで一時的に、との話だったので、仕事柄大事な相手でもあったし、両親は頼みを引き受け、飯豊に一室を提供した。 それから一か月もしないうちに、あたしは飯豊と関係をもってしまった。 高校中退後、心がフラフラしてたあたしは、飯豊に言葉巧みに言い寄られ、口車に乗せられて、ヤツは思うさま、あたしの身体を弄び、愉しんだ。 飯豊がゴムを嫌がるので、ゴムをつけずエッチした。 「このムチムチした身体がたまんね」 と飯豊はあたしの身体を貪った。あたしも夢中でヤツのセクテクに溺れた。あたしはその当時栗色のロングヘアーだった。飯豊の言いなりに、その髪をヤツのアソコに巻き付け、「髪コキ」っていうプレイもした。 両親はあたしと飯豊の関係に気づいていたらしいが、相手が相手だけに強く出ることもできず、表沙汰になるのも避けたいしで、飯豊がちゃんとした下宿に移るまでのこと、と黙って嵐が過ぎるのを待っていた。 しかし、飯豊は一向にうちを出ていく気配はなく、あたしとの爛れた関係は依然続いていた。この頃には、あたしは飯豊という男に反吐が出るくらいウンザリしていたが、かと言って拒絶することもできず、蟻地獄にはまった蟻んこのような気持ちで、飯豊に抱かれ、ヤツの獣欲を満たしていた。 「お前は悪い女だな」 とエッチのとき、必ず飯豊はそう言った。 「罪深い女だ」 とも言った。飯豊がそう言うのなら、たぶんあたしは悪くて罪深い女なのだろう。絶頂に達した真っ白な頭の片隅で、ボンヤリ思った。 そんなある日、飯豊が友人と電話してるのを立ち聞きしてしまった。 「毎日生マンだぜ」 と飯豊は得意げに話していた。 「髪コキもさせたし、次はどんなプレイに挑戦しようかなあ」 飯豊はあたしに聞かれてるとも知らず、やたらハイになっていて、 「まあ、確かにブスだけどさ、そそられるブスっていうのかなあ、ヘタな美人より興奮するぜ。ヤリたきゃすぐにヤラせてくれるし、いいセフレ、ゲットしたぜ。お前にも貸してやろうか?」 聞くに耐えず、あたしは洗面所に駆け込んでいた。 バシャバシャとひたすら顔を洗った。 そして、まじまじと鏡を見た。 鏡に映る自分の顔。栗色の長い髪で隠されているブクリとした丸いフェイスライン、垂れた目と目の間はだいぶ離れている。団子鼻。分厚い唇。ややオチョボ口。まるでフグだ。 あたしは思わず目を背けた。しばらく身体を震わせていた。飯豊のヤロウ、マジ殺してえ! しかし、その夜も飯豊と寝ていた。求められるまま、髪コキもした。 「今夜はやけに燃えてるじゃん、ノン太ちゃん」 とひやかされ、あたしは両眼を吊り上げ、 「ノン太って呼ぶな!」 その呼び方は兄貴にしか許してないのだ。 兄貴はかなりの鈍感ゆえ、あたしの「不行状」には気づいていなかった。ただ、いつだったか、あたしの部屋をノックして、 「最近、お前、様子が変なような気がするんだが、何かあったのか?」 と訊いてきて、あたしは兄貴の鈍さについムカッ腹が立って、 「何もないよ! 出てって!」 と邪険にクッションを投げつけ、部屋から閉め出した。閉め出してから、激しく後悔した。兄貴は何もしてないのに、心配してくれてるのに、八つ当たりしちゃった。あたしのこと、怒ってるかな? 嫌いになっちゃったかな? でも、なんか謝りたくもないし。ウジウジ思い悩んだ。 ついに恐れていた瞬間が来てしまった。 兄貴に飯豊との「現場」を見られてしまった。あたしはあわてふためいた。 兄貴の顔が真っ赤に染まっていくのが、ありありとわかった。はじめて見る兄貴の怒った顔。あたしは堪えきれず、顔を伏せた。 飯豊のクズは、 「副住さん、僕と希はこの通り愛し合っている仲です。恋愛は自由でしょ?」 と開き直りやがった。 「・・・・・・」 兄貴は怒気をみなぎらせながら、その場を立ち去って行った。 あたしは目の前が真っ暗になった。兄貴に見放されるのが怖かった。 「副住職さん、グゥの音も出ないでやんの」 飯豊はせせら笑っていた。マジ殺したい。 兄貴と気まずい状態になって、あたしは意気消沈。兄貴と顔を合わせる勇気がなく、兄貴を避けて暮らした。十七年の兄妹関係で初めてのことだった。家にいるのも嫌で、外出ばかりしていた。そんなふうに三日、五日、一週間としのいだ。 この気詰まりな状態を破ったのは兄貴の側だった。あたしが逃げ回ってる間、兄貴は兄貴で色々考えていたらしい。 ある晩、あたしの部屋に来た。手に書類を持っていた。 「希、入るぞ」 「ノン太」ではなく「希」と呼んだ。真面目な話らしいので、「ノン太」呼びを避けたのだろうが、あたしはよそよそしさを感じ、ひどくさびしかった。それでも、 「なぁに、兄貴? あたし、忙しいんだけど」 あたしは強気を装って訊ねた。 兄貴はマジ顔で、テーブルの上に持参した書類を置いた。うちの宗派の総本山にある学園のパンフや入学案内だった。 いやな予感がする。 「希」 と兄は言った。 「お前、この学校に入る気はないか?」 兄貴はあたしの「堕落」を心底心配していた。あたしを更生させ、あの飯豊から引き離し、手を切らせようとあれこれ考えた結果、本山の学校への入学話を持ち掛けたのだろう。その学園には兄貴の知り合いの坊さんも教師や講師や運営など、さまざまな形で関わってるという。しかも、その中の「宗門部」は面接と作文と誓約書提出だけで入学できるので、今になって受験勉強はじめる必要もない。また、家を出て厳しい環境で身体とメンタルを鍛えるのもあたしのためだ、とも兄貴は思っているみたいだ。 これがオヤジなら、うるせー、誰がそんな坊さん学校になんて入るもんか!とタンカ切って突っぱねられるんだが、相手が兄貴だと話は違ってくる。しかも、すんごいマジ顔だし、書類まで取り寄せてお膳立てされてるし、あたしも浮き足立つ。でも、それでも、不同意のオーラを発しつつ、甘えた沈黙をしていたら、 「尼修行するのも悪くない。高卒の資格はもらえるし、心も身体も強くなる。人間力も培える。一生付き合える仲間だってできるはずだ。仏教の勉強をして、俺やオヤジの仕事を手伝ってくれれば、俺も嬉しい。入学資格は得度を受けた者に限定されるが、幸いお前は中学のとき、得度を受けているから受験条件は満たせている。これも仏縁だと俺は思う。どうだ、希、お前ももう一度人生をやり直してみないか? 今ならまだ十分間に合うから!」 兄貴の熱弁に押され、勿論真剣に妹の将来を案じてくれる兄貴の気持ちも嬉しく、それにこの話を蹴って兄貴の機嫌を損じるのも怖く、 「わかったよ」 とついにあたしは首を縦に振った。実際のトコ、このまんまじゃヤベーと自分でも思ってたし。 その場で兄貴に入学願書を書かされた。時期的に一刻の猶予もないらしい。もう少し逃げ回ってたら、タイムアウトで入学話もフイになっていたのに惜しい。逆に考えればギリギリセーフとも言える。兄貴の言葉を借りれば、「これも仏縁」なのだろうか。 証明写真もその夜のうちに、兄貴の車で撮りに行った。 あたしの人生はこの一夜で、激変した。 そうして、手続きを済ませ、面接を受け、即日合格通知が舞い込み、ローリングストーン的にあたしの本山行きは確定。両親も「身持ちの悪い娘」をどうにかできて、胸底から安堵&歓喜していた。 飯豊はいつしか影を薄めていた。うちを出ていく算段をはじめたらしく、不動産屋を回っているらしい。知ったこっちゃないけど。あたしが学園に入って間もなく、新しい下宿先に移ったという。後になって聞いたんだけれど、引っ越しの際、あたしのことをあばずれ呼ばわりして、兄貴にブン殴られたらしい。兄貴が人を殴るなんて想像すらつかない。それだけたった一人の妹のことを大事に思ってくれてたんだろう。ありがとう、兄貴。 入学を控えていた三月某日、尼損(あまぞん)から届け物あり。兄貴宛て。通販で何か買ったらしい。 「お〜、来たか」 と兄貴は喜色を浮かべ、 「喜べ、ノン太、お前への入学祝だ!」 「マジで?! 嬉し〜♪」 と開封してみたらば、な、なんと、 「バ、バリカン!!」 「違う」 と兄貴は訂正する。 「スキカルだ」 たしかに「楽ちんスキカル」とパッケージにはある。しかし、バリカンでもスキカルでも大して変わりはない。 「“ビーチボーイ”さんや“トラック野郎”さん、”Takesi“さんたちがレビューで『使いやすい』と五つ星で絶賛しているぞ。学園ではこいつで散髪するといい」 そう、目下の不安事、それは学園の頭髪規定。 校則には「『宗門部』の学生は男女問わず剃髪、あるいは1mm以下の丸刈りにすべし。一切の例外は是を認めず」とサディスティックに謳われている。 十七の身空で頭全剃りなんてイヤッ!とガクブル怖気を震わせるあたし。ずっと髪長く伸ばしてたし、そりゃあ、切っちゃいたい、と思うこともあるけどさ(特に梅雨時や夏場)。 そうそう、前の学校のクラスでも、あたし、しょっちゅう「髪切る」って言ってた。 トモダチに「あたし、今日髪切るから」と宣言しておいて、いざとなると勿体なくなって切らずにいて、それでもまた鬱陶しくなって、「髪切ろっと」と言って、やはり切れずに、そういうオオカミ少年的なこと、七回も八回も繰り返してたら、“なんだよ、アイツ、「切る切る詐欺」じゃん! ウゼー”と周りをイラつかせ、それもハブの一因になったんだっけ。 そんなあたしが、すすんでボーズ頭になるわけがないだろ。サイドの髪で顔のデカさ隠してんだしさ。 髪でかろうじてカモフラージュしてきた、このフグ面を公衆に晒すなんて、真っ平だ。 でも規則は規則、どうにもならない。が、髪落とす度胸なんてない。ビビりまくりだ。ビビってようがビビっていまいが、入学の日は迫り来る。どうしよう! ・・・と悩み抜いていたら、スキカル到来(驚)。しかも、これ、あたしの所有物だという。欲しくねー。でも、入学の冊子には所持品として「カミソリ・バリカン等」って明記されてたし。ちなみに、持ち込み禁止品は、「携帯電話」とか「ゲーム類」とか、あたしにとっちゃ命と兄貴の次くらいに大事な必需品ばかり。スマホ捨て、スキカル所持し、法(のり)の道、とか呑気に一句詠んでる場合じゃないよ(汗) スキカルが届いた日、あたしはお風呂でガシガシ髪を洗った。シャンプーまみれの髪をおどろにセットして、 「メデューサ」 なんて遊んだりして、でも、もう今後はこういうこともできない。そう思えば切なくなる。 風呂上り、ドライヤーで髪を乾かしながら(こういう日課も消え去るのだ)、兄貴とラインをする。直接話せばいいんだろうけど、剃髪の件は、なんか、面と向かっては話しづらい。 ――スキカルどうした? ――俺の部屋にあるよ。 ――アニキがあたしの髪切るの? ――いや、オヤジが刈るつもりでいるみたいだよ。 ――マジで?! やだ! 絶対やだ! オヤジとかマジ勘弁!! ――我慢しろ。 ――やだ!!!! アニキが切ってよ〜 ――俺が? なんで?? ――なんでもいいから!!! ね〜、お願い!!! アニキが切ってくれなきゃイヤ!!! ――うーん・・・ ――ねえ、お願い、アニキ〜 ――わかったよ。オヤジには俺から話しとく。 ――イエーイ♪♪ 嬉し〜!! アニキ大好き♪♪♪ ――その代わりクレームは一切受けつけないからな。 ――はーい♪ 頭剃るの楽しみになってきたかも!!! なんてね(笑) その翌日だった、あたしが兄貴によってスキカルでボーズに刈られたのは。 入学前まではまだ間がある小春日和の祝日、場所はなんとなんとなんと、うちの寺の門前! 武張った作りの和風の門、前には申し訳程度の石段が五段あり、降りると田舎道が一本横切っていて、その先は一面の果樹園。門前には寺の名前をデカデカと彫った寺標がある。 寺標の脇に簡易椅子を置き、そこにあたしを座らせ、スキカルハットをかぶせ、兄貴は悠々とあたしの髪の毛にスキカルを入れた。 ウィーン、ジャアァアアアァ ウィーン、ザザ・・・ジャアァァアァア アタなしで、問答無用、容赦なし、で刈られた。 「うぎゃあぁ〜」 あたしは極限まで顔をひきつらせる。 たちまち落ち武者にされた。 露わになった頭皮に、早春の柔らかな日差しを感じる。 この日はお彼岸真っ最中、朝からお墓参りの檀家がひっきりなしに来る。みんな、このアリエナイ断髪ショーに、目を皿のようにしている。 事情を薄々知ってるオバハンは、 「あら、希ちゃん、よく決心したわねえ」 とニヤニヤ声をかけてくるし、ガキが母親の袖を引いて、 「ママ〜、あのお姉さん、なんで床屋さんしてるの?」 「しっ、見ちゃダメ」 あたしの剃髪は教育上よろしくないのか? すっかりさらし者にされ、あまりのクッソ恥ずかしさに、あたしは失神寸前、顔を真っ赤にして、落ち武者頭を天日干ししていた。 とにかく兄貴に猛抗議する。 「兄貴〜、なんでこんなところで髪落とさなくちゃなんないのよ!」 「面白いから」 兄貴は相変わらず飄然としてる。ムカつくぅ・・・。兄貴は十年以上テニスをやってたから、こういう体育会的なノリの断髪遊戯が好みなのだろう。もしかしたら「罰(ペナルティ)」の意味もあったのかも。けして評判が良いとは言えない妹の仏門入りのショッキングシーンを、檀家さんたちに見せ、これこの通り更生します〜、とアピールする意味もあったりなんかして、う〜ん・・・兄貴の考えてることは、超凡人のあたしにはようわからん。 もうすでに、前頭部はジョリジョリに刈り込まれている。大量の髪が、スキカルハットにドッサリと溜まっている。 スキカルは息つく間もなく、左側の髪にとりかかる。 ウィーン、ザザ・・・ジャァアアァアァア! ウィーン、ジャアァァアァアァ! コメカミの辺りにスキカルが挿し込まれ、一気に横断、そこから下の髪の毛が、バサバサバサバサ、スキカルハットに雪崩れ落ちる。 左耳が出た。 続いて右の髪にスキカルが。顔デカいのバレるわ〜! 「ぬほひっ!」 あたしはおぼえず、奇天烈な雄叫びを発する。 ウィーン、ウィーン、ザザ・・・ザ・・・ジャァアァアアァアア! ウィーン、ザザザ・・・ジャアアアァアアァア! 「ぐはひっ!」 また奇天烈な悲鳴が口をついて出る。 その間もお墓参りの人たちは続々とやって来る。その好奇な視線を浴びまくる。すっかり見世物状態。死にてー! 「お兄ちゃん、恥ずかしいよぉ〜」 つい「お兄ちゃん」と幼女の頃の呼び方が口からこぼれる。 「クレームはつけない、ってラインで約束したろ」 「でもさ〜、でもさ〜、ありえないってば」 「尼になるところを檀家さんたちに見て頂いて、心を入れ替えるんだな」 「お兄ちゃんのイジワル〜」 「フフン」 と鼻で笑うと、お兄ちゃんはとうとう左、右、とサイドの髪を落とし終え、後ろへ移動。バックの髪を始末にかかる。襟足にスキカルを差し込み、 ジャアァァアァアァ! と一気に押し上げる。 バサササッ スキカルハットがあたしのたっぷりとした髪の毛を、全て受け止められるかも気になるところ。 お兄ちゃんは勢いよく、あたしの長い長いチョー長い襟足を刈って、刈って、刈りまくる。 長過ぎる髪に、スキカルの刃がひっかかり、ひきつれて、 「お兄ちゃん、痛いよぉ〜」 あたしは目一杯顔をしかめ、文句を言うが、 「ごめんごめん。気をつけるから、大丈夫大丈夫」 お兄ちゃんは平然としたもの、口とは裏腹にその手さばきは、いよいよ熱を帯び、一層勢いを増す。 ウィーン、ウィーン、ザザ・・・ジャアアァア、ザ・・・ジャジャアァアァア・・・ウィーン、ジャ・・・ザ・・・ザザ・・・ジャァアアァァァアア・・・ウィーン、ジャアアアァァアァ・・・ザザ・・・ザザアアァ・・・ジャアアアァァァアァ―― バサッ、バサバサバサッ、バサッ、バササッ、バサッ、バサバサッ―― 案の定、刈り髪の重みで、スキカルハットは傾ぐ。 「ノン太、ボウズはいいぞ〜」 とお兄ちゃんは嬉々として言う。 「とにかくラクだ。一度丸めちゃうと、その気持ちよさに、やめられなくなるぞ」 「あたし、学園卒業したら、ゼッテーまた髪伸ばす。今度はソバージュにしようかな。いっそ金髪にしてみようかな」 抵抗の意を示す妹に、お兄ちゃんは苦笑して、 「剃ればわかるさ」 そんな会話を交わしていたら、檀家の吉村さんが現れた。吉村さんは話好きだ。まず、あたしの有り様を目撃して、 「うわっ」 と仰天してから、 「希ちゃん、やっぱり尼さんになるんだね。辛いだろうけど頑張ってな」 あたしとしては、励ましの言葉より、一刻も早くこの場を立ち去って欲しかったのだが、願いも空しく、吉村氏、お兄ちゃんと話し込んでしまった。 お兄ちゃんもスキカルのスイッチをオフにして、何やら寺のことで、真面目な話をはじめてしまった。 あたしは哀れに刈り散らされた頭のまんま、門前に放置されてしまった。メッチャあせる〜!! その間も訪れる老若男女にガン見されたり、挨拶や激励されたりで、あたしは居たたまれない気持ちで、ああ、このまま消えちゃいたい! 吉村氏もそんなあたしを気遣ったのか、いつもより早めに話を切り上げ、門の中へ。 もうチャッチャと断髪を済ませたい。 「お兄ちゃん、早く、早く」 とせかされ、 「わかったよ」 とお兄ちゃんはスキカルのスイッチを入れ直す。ウィーン、ウィーン―― スキカルは機嫌良さそうに、また鳴りはじめた。そして、あたしの襟足に潜り込んでいく。 ジャアアァアァアア ザザ・・・ジャアァァァアアァア この頃になると、アタなしスキカルのバイブレーションにも慣れ、それでもあんまり気持ちの良いものではなく、ともかくも、首から上の一切をお兄ちゃんに委託する。 頭がスーッと軽くなっていく。それと反比例して、スキカルハットは益々重くなる。 ウィーン、ジャアアアアアアァアァア! バサバサバサッ・・・バサリ! 栗色の長い髪の毛が大きくまとまり、急流のように身体の傾斜を、次々滑り落ちていった。 お兄ちゃんは最後にうなじにスキカルをあてて、丁寧に何度も遡らせ、刈り上げていった。お兄ちゃんの息がうなじをくすぐる。興奮した。濡れた。濡れに濡れた。グッショリと。危うく一線を超えてしまいそうになるよ。 ついに、あたしはボーズになった。剥き出しの頭皮に春の暖気を感じる。 渡されたハンドミラーで、出来あがりを確認する。ドキドキ。 青光りする頭に、 「うはっ!」 あたしはガックリ上体を突っ伏し、悶えまくった。全剃りだよ、全剃り! ブス顔モロ出しじゃん! 直視できねー! そこへ墓参を終えた吉村氏が再登場。ボーズ頭のあたしを見て、開口一番、 「なんか色っぽいなあ」 とのたもうた。 さらに通りかかった檀家のマダムも、目をむきつつも、 「あら、まあ、お嬢さん、髪がない方がずっと色っぽいわね」 と吉村氏と同じことを言う。褒められて、勇気が出、もう一度鏡を見た。 確かにみんなが言うように、頭を丸めたら、逆にグッと色香が増したような気がした。なんか、クッソエロい尼さん。 「『宗門部』は男子ばかりだから、しっかりとガード固めて、言い寄られないように気をつけるんだぞ」 お兄ちゃんまでそんなことを言う。あながち冗談でもないらしい。妹にまた悪い虫がくっつくことがないよう心配しているのだ。 「お兄ちゃん」 「うん?」 「お兄ちゃんとお揃いの頭になったね」 「よせやい」 お兄ちゃんの照れた顔、激レアだ。 それから、本山に行くまでに、あたしはお兄ちゃんのコーチのもと、マンツーマンでスキカルでのセルフカットのレッスンに励んだ。毎日、トラ刈りにしちゃって、 「あれ? あれ? ここ? ここかな? あれ?」 と自分の髪と悪戦苦闘している。 「ノン太はブキッチョだなぁ」 とお兄ちゃんは苦笑していた。 そんなこんなで、入学ギリギリまでには、セルフカットのテクもバッチリ。お兄ちゃんのコーチの賜物だ。 お兄ちゃんが教えてくれた情報通り、「宗門部」は男子ばかり。しかも、エロティックな尼さんにバージョンアップしたあたしに、男子どもはしきりに接近してくる。まさに、逆ハーレム状態! お兄ちゃんの写真を毎夜眺めて、厳しい学園ライフと、オオカミたちの甘い誘惑に三年間耐え抜いた。 そして、卒業。 あたしも晴れて「高卒」の身。 実家に戻って、オヤジやお兄ちゃん(この呼び方がすっかりデフォになってしまった)の寺仕事のサポートに勤しんでいる。 スキカルで三日おきに頭をジョリバリ。お兄ちゃんが言ってたように、ボーズ頭は楽だ。だから制約がなくなっても、キープしている。 そうやって何年かが過ぎた頃、本山の我が母校から召集令状。「宗門部」の指導スタッフに欠員があり、代わりをさがす間、三ヶ月ほどヘルプで来てくれないかとのこと。一応恩義があるので、了承した。 本山の地を卒業以来はじめて踏んだ。丁度「清浄化」の時期で、山内はドタバタしてて、それはそれでいいことなんだろうけど、正直落ち着かない。 そうしたら、ナニコレ?! 「宗門部」の女子はロン毛だらけ。最近、女子に限って有髪が認められたらしい。 えー、いいなぁ、羨ましいなぁ。 ・・・とは塵ほども思わない。 っつうか、一応修行尼のクセして頭丸めねーヤツって何なの? 仏教ナメてんの? ・・・という憤りが湧く。 なので、長髪尼には、何のかんのと非違をあげつらって、片っ端からビンタくれてやった。日下部って娘は唯一ボーズにしてたので、ビンタは免除してやった。 尼僧の卵たちはあたしのことを陰で「鬼軍曹」と呼んで、恐れているらしい。 鬼軍曹には鬼軍曹の理由(わけ)がある。 なんと、お兄ちゃん、結婚が決まったという。交際5週間のスピード婚! 大大大大大ショック!! 聞いてないよ〜(涙&怒) 報告の手紙と一緒に、フィアンセの写真が送られてきて、たしかに、あの兄が選んだだけあって、美人さんで性格も良さげだけどさ、いきなりすぎるだろ! 家族同士のちゃんとした顔合わせは、あたしが山を下りるのを待って行うそうだが、うむむむ、このまんま下山せず本山に骨埋めてやろうかな。 冗談冗談、あたしもいい年なんだし、いい加減ブラコン卒業して、スーパー良い男性(ひと)さがしつつ、兄の慶事を祝福してあげるとしよう。 やっぱ、やだ! とりあえず結婚式の余興で、鼻にピーナッツ詰めて飛ばしてやろうと企てている。 (了) あとがき 「妙久さん」シリーズのスピンオフの「清浄化」のスピンオフ作品でございます。 昔はよくあった髪を切る女の子の一人称スタイルの小説です。しばらく書いてないなぁ、と思いつつ書きました。 振り返ってみたら、(完全な)髪を切る女性一人称小説は「新生・・・?」(2013年)以降途絶えてる。一時期あんまり濫発気味だったので、一旦封印したんだっけ。 断髪シーンについては、小学生のときの思い出が奥底にあります。 隣(と言っても十メートルくらい離れている)のヤンチャ系のお兄さん(当時小6)が、お父さんに丸刈りにされてて、それも、遊んでいる僕たちにわざわざ見せつけるように、狭い裏手に椅子を置いて座らされて、バリカンでバリバリと坊主にされていました。刈っているお父さんは楽しそうで、刈られているお兄さんは我々に見世物状態という恥ずかしさから、顔をしかめて笑い悶え、「チクショ〜」とか「うお〜」とか叫んでました。かなり衝撃的なシーンだったので、今作だけでなく、その他の小説にも何気に落とし込んでいます(そのお隣さん一家は数年後引っ越していきました。元気でやってるかなぁ)。 今回のヒロインはブラコンの妹キャラです。兄が妹の髪を切る展開は自作では初めてです。初めてだよな? 百何十本も書いてると、自作とは言え把握しきれなくなってます(笑) 懲役七〇〇年も十一周年、まさかこんなに続くとは開設時、まったく微塵も思わなかったです。お陰様で楽しんで活動しています♪♪ どうか、今後とも遊びに来て頂ければ嬉しいです(*^^*) お付き合いありがとうございましたぁ〜!! |