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散髪屋ケンちゃんVS崖っぷちアイドル


 ヘアーサロン宮崎で働く理髪師の皆川健介(みながわ・けんすけ)が「出張理髪」のため、千秋庵へ赴き、そこで美人庵主の佐伯目蓮と毎度の如く、ジョリジョリ&シッポリやって、ルンルン気分(死語)でいた、その日の夜、彼の許を訪ねてきた一人の男がいた。
 名を平岩丈一郎という。健介の学生時代の空手部の先輩だった。一升瓶を持参して、健介のアパートにやってきたので、さあさあ、と部屋に招き入れ、呑み助二人、酒を酌み交わし、旧交を温めた。
 平岩はコップ酒を飲み干すと、プハッと息を吐き、
「やっぱり地元はいいなあ。ホームって語を改めて噛みしめるよ」
 しみじみ言った。
「東京での生活はどうなんです?」
「ワチャワチャしてる。ガサガサしてる。ゴチャゴチャしてる。潤いってやつがなくて、猥雑でさ、機能性と物質主義ばかりが大手を振っていて、街も人の心も仕事も乾ききってる」
「でも、平岩先輩、アイドル事務所の運営の仕事をしてるんでしょう? 毎日カワイイ女の子と会えて、結構オイシイ仕事じゃないッスか」
「仕事なめんな!」
「押忍! すいません!」
 平岩はやるせなさそうな顔で、健介が注いだ酒をあおり、
「ものすごくストレスのたまる仕事なんだよ。各方面には頭を下げて回らにゃならんし、エライさんやファンには圧力かけられ通しだわ、アイドルの中にはクセの強い娘もいるわで、胃に穴が空きそうだ。この頃じゃ“口が臭い”とか陰口叩かれて――ちゃんと歯、磨いてるのになぁ、こりゃ完全に内臓やられとるわ」
「ホント、楽な仕事ってどこにもないんですね〜」
と甚だ意気があがらない話で、盃をさしつさされつ。
 健介はふと気になって、
「ところで、平岩先輩、どうして急にオレのトコにいらしたんスか?」
と訊いた。
 平岩は黙ってワイシャツのポケットから一枚の写真を引っ張り出した。そして、それを健介のひざ元に放るように置いた。
「どう思う?」
 写真には女の子の上半身が写っていた。その娘はロングの黒髪で、こけた頬を覆い隠すようにして、深海魚みたいなうつろな眼をカメラに向けている。血色の悪い分厚めの唇が奇妙に歪んでいる。本人は微笑んでいるつもりらしい。肌はひどく荒れていて、頬には吹き出物が点々とあり、何より表情の翳りが半端ではない。
「キレイな娘ですね」
と健介は答えた。心から感嘆していた。
「わかるか?!」
 平岩は思わず身を乗り出していた。
「お前ならこの娘の魅力をわかってくれると思って、今日は来たんだ」
 その女の子は青砥真凪子(あおと・まなこ)という。アイドルグループAKU47(作者いう――、このグループ名は赤穂四十七義士にあやかって命名されたもので、秋元康氏がプロデュースしているアイドルグループとは一切無関係である)のメンバーだという。ニッケネームは青っち。
 この青っちが、とんだ厄介物件で、歌はダメ、ダンスもダメ、バラエティもダメ、いわゆるコミュ障で、ファンとの交流もしくじりっぱなしで、人気もあり得ないほど最低で、グループの最下層だとのこと。
「そんなふうだから、本人も落ち込んじゃって――」
 ますます暗くなり、萎縮し、自己アピールも控え、結果ますます人気がなくなるという悪循環に陥っている。他のメンバーも彼女とは距離をおいているという。
「格ゲーでいえば、あと一発でKOってトコだな」
 グループのファンたちも青砥真凪子のことを「ブス」と罵っているという。ネットの掲示板などで、「一般人以下のルックス」「AKUの汚点」「グループの平均ビジュアル偏差値を一人で30点も下げている」「さっさと卒業しろ」などと、いや、このくらいはまだ序の口で、読むに耐えない書き込みでいっぱいだという。
「皆――青砥真凪子本人も含めて、わかっちゃいないんだよ」
と平岩はコップを叩きつけるようにテーブルに置き、憤慨する。
「彼女がとんでもないダイヤの原石だってことに。健介、お前だってわかるだろ?」
「そうですね」
 健介も同意する。たしかに一見、醜く見えるが、それは青砥真凪子が、
「自分に自信が持てなくて、ネガティブになっているのが、表面に出すぎだからじゃないですかね」
と健介は分析する。
「磨けば光るタマですよ」
「お前が言うんなら間違いない。俺の目利きもあながち、的を外れちゃいないってことだな」
 俺だって「女衒」の端くれだからよ、と平岩は自嘲をこめつつ言い、
「わかるんだよ、青砥真凪子がグループを牽引していくビジュアルクィーンの資質を秘めてるってことをさ。でも他の連中の目は揃いも揃って節穴ばかりときてる」
「まあ、本人がその気にならないことには、宝の持ち腐れッスね〜」
「そこなんだよ。原石としての自覚がないんだよ、アイツは。で、原石のまま三年が経っちまった! アイツ、もう19歳だぞ? 次世代はどんどん台頭してくるし、同期のメンバーも成長していくしさ」
 しびれを切らした事務所サイドは青砥真凪子を「契約終了」という形で、AKU47を去らせる方向で話がまとまっているという。
「解雇(クビ)ってことだよ」
 事務所の方針に、平岩は猛反対したが、物好き扱いされて、相手にしてもらえなかったらしい。
「俺なんかは業界じゃフンドシ担ぎの鼻タレ小僧だからな」
 そう言う平岩の表情(かお)には悔しさがにじみ出ていた。

 翌日は健介にとっては、久々のまともな休日だった。
 健介は宿酔いでボヤけた頭をおさえつつ、インターネットに接続し、動画サイトに飛んだ。
 青砥真凪子、で検索をかけてみる。AKU47の冠番組での青砥真凪子の「名場面」のみ編集してある動画が、アップロードされていた。平岩以外にも「物好き」はいるらしい。日本は広い。
 ――それにしても――
 動画のトータル時間は6分14秒。青砥真凪子はデビュー時から出演しているはずなので、足掛け三年、三年やっていて「名場面」が6分14秒とは・・・。その数字が、青砥真凪子の芸能生活を如実にあらわしている。しかも、再生回数は赤の他人である健介が、涙ぐんでしまうほど少ない。
 涙ぐんでいても仕方ないので、動画を再生する。
 視聴してみて、超絶不人気な理由がわかる気がした。
 とにかく暗い。お笑い芸人の山澤豪が、MCとして番組を仕切っているのだが、青砥真凪子にふっても、真凪子はオロオロとキョドって、顔を伏せ、ゴニョゴニョと口の中でわけのわからないことを呟くのみ。こういう場合、それを逆手にとって、天然キャラ、あるいはダメキャラとして地盤を築く道もあるが、青砥真凪子、とにかくダークオーラがものすごくてイジりづらい。他のメンバーたちも押し黙っていて、中には露骨に白けた表情を浮かべる娘もいて、スタジオの空気は重苦しい。幸い山澤が機転をきかせて、笑いでおさまったが、それがなかったら、一種の放送事故となり100%カットされていたろう。実際、青砥真凪子のシーンはそのほとんどがカットされているに違いない。
 しかし、健介は確信を深めた。
 ――こりゃあ上玉だぜ!
なんて時代劇の小悪党みたいなセリフを心中呟く。
 ――さて、どう料理するか・・・。
 昨夜、先輩が切り出した要請を反芻する。

 そう、昨夜、平岩は健介に依頼した。
「お前に出張カットを頼みたいんだ」
と。
「誰の髪を切るんですか?」
「青砥真凪子のだよ」
「ウソでしょ〜?!」
 健介はチャクラまで開かんばかりに、眼を瞠った。
「いいから話を聞け!」
「押忍! すいません!」
「事務所にもお前の店のオヤジにも、話は通してある。そして、青砥真凪子本人も了承済みだ。今週の水曜、青砥真凪子宅に行って、彼女の髪をカットしてくれ!」
 健介は困惑した。とりあえず、
「でも、なんで田舎の散髪屋のオレに、そんなお鉢が回ってきたんスか?」
と訊いた。
「お前なら青砥真凪子の魅力がわかると信じていた。現にお前は青砥の美しさを見抜いた。それが一つ目の理由だ。二つ目の理由は、お前の女に対する大胆さとコミュ力だ。あれは忘れもしない文化祭でのアイちゃんの一件――」
「ああ!」
 思い出した。学校の文化祭の際、空手部で「美容院」の模擬店をやったことがある。
 部員の中でイケメンだけを揃え、さすがにカットは無理なので、シャンプーを施した。詰めかけた女性客(や、そっちのケがありそうな男子)はイケメン部員たちの力強い手でゴシゴシ髪を洗われて、心地よさげにしていた、ちなみに健介はシャンプー要員、平岩は裏方だった。
 そこへ来店したのが、学園のアイドルで、陸上部エースのアイちゃん!
「アイちゃん、可愛かったなあ。長い髪をポニーテールにして、陸上部の練習でグラウンドをランニングするときなんか、そのポニテが右、左、って揺れてさ」
 平岩は往時を回想して、トロンとした目つきになる。
 そのアイちゃんがシャンプーだけでは満足せず、トレードマークのポニーテールを、“切ろうかな”と言い出したので、ちょっとした騒ぎになった。
「あの頃アイちゃん、いいタイムが出なくて伸び悩んでいましたからね〜」
 エースとしてのプライドは傷つき、アイちゃんはだいぶクサっていた。その鬱屈が小爆発して、髪切って、と無理難題を突きつけ、半ば本気半ば意地悪でゴネにゴネて、
「で、ことを丸くおさめようと、俺たちは人たらしのお前に説得を任せた。アイちゃんの気が変わるのを期待してな。ところが――」
 平岩らの期待は、巌にうちかかる波のごとく潰え散った。
 健介はアイちゃんをそそのかし、おだて、その気にさせて、部室からバリカンを持ち出してきて、ウィーン、ジョリバリ、ウィーン、ジョリバリ、と二人してキャッキャはしゃぎながら、なんとアイちゃんを短いにもほどがある2cmの超短髪――ベリショか丸刈りかは意見が別れるところ――に変えてしまったのだ。
「俺たちは真っ青になったぞ。下手したら部はオシマイかと震えあがった」
「本当は青々とした坊主にしてやりたかったんスけどね」
「やかましいわ。こっちはいつ先生方やアイちゃんの親御さんが怒鳴り込んでくるか、ヒヤヒヤしてたんだからな。ところが――」
 アイちゃんは断髪後、あっさりスランプを脱出、タイムも自己新記録を連発、ついにはインターハイにまで出場してしまった。
「“暴れ馬”から“イガグリちゃん”に異名が変わってたけどな」
「そうでしたね〜」
「お前、アイちゃんの髪を切ったあと、“アフターサービス”までしてたよな」
「え? 何のことです?」
「トボけんじゃないよ。アイちゃんはお前にデレまくりだったからな。“ケンちゃんが髪切ってくれたおかげだよ〜”って」
 平岩はアイちゃんの声色を真似て、苦笑した。が、すぐ真顔になり、
「まァ、お前がアイちゃんのポテンシャルを最大限にまでひき出すきっかけになったのは間違いない。肩の力を抜かせつつ、気合いを注入するといったハナレワザを、お前はやってのけたわけだ」
「そんな〜、タマタマですよ」
「そのタマタマの奇跡を、青砥真凪子にも起こしてやってくれないか」
「そう言われましても・・・」
「三つ目の理由は・・・こんな話をすると、俺の頭の具合を疑われるかも知れんが――」
と平岩は声をひそめて前置きし、
「実は先日疲れがたまっていてな、つい現場でウトウト居眠りしちまって、そうしたら不思議な夢をみた」
「夢?」
「菩薩様が夢枕にお立ちになられてな、“これ、丈一郎よ”って俺の名前を呼ぶのさ。俺は思わず、はは〜っ!てひれ伏したね。すると、菩薩様のおっしゃるには、“青砥真凪子のことは、そなたの古馴染みの散髪屋ケンちゃんに頼むがよい”ってことでさ、俺はただただ頭を下げるばかりだった」
「なんだか“まんが日本昔ばなし”みたいな話ッスね。ホントですか?」
「先輩が嘘ついてるってのか!」
「押忍! すんません!」
「そして、菩薩様はこうもおっしゃった、“そろそろ収録はじめま〜す”とな」
「それは菩薩様じゃなくて、現場のADが言ったんでしょう」
「まあ、頭ぼんやりしてたからな」
「平岩先輩、マジでまとまった休暇とった方がいいですよ」
「そういうわけにもいかないよ」
 ともかくも、この「お告げ」を受け、平岩は健介の元へすっ飛んできたという。
「しかし、オレが青砥真凪子に直接会って、写真週刊誌に激写されたりなんかしたらヤバイでしょう」
「青砥クラスのスキャンダルを追ってる暇な記者なんぞおらんわ。仮に撮られたとしても、もしくは仮にノースキャンダルで通したとしても、どっちみち青砥はお払い箱だよ。だが、俺はアイツの可能性を捨てさせるのに忍びない。そう、これは最後の賭けなんだよ」
 平岩は熱弁をふるう。
「もうお膳立ては整えた。あとはお前のやり方に任せる」
「う〜ん」
 健介は尚も渋ったが、
「先輩の頼みが聞けないってのか!」
「押忍! わかりました!」
 結局、過去の上下関係を嵩にきた先輩に押し切られ、重大な任務を引き受けるハメになった。しかし、アイドルの髪にハサミを入れられる、というのは、健介のような田舎の散髪屋にとって、人生で二度ない超々々々々々ミラクルチャンスだろう。
「どんな髪型にしてもクレームつけないで下さいよ」
と念を押す。
「ああ、責任は俺がとる。荒療治だと思って、せいぜい気合い入れてやってくれ」
「押忍!」
「ああ、そうそう」
「なんです?」
「AKUは恋愛禁止だ」
「そりゃあ百も二百も承知ですよ。なんたってアイドルなんですから」
「しかし、“セックス禁止”というキマリはない」
「え?」
「あー、すっかり酔っちまった〜。頭がクラクラする、なんか訳のわからないことばっかり言ってるなあ、俺」
 平岩は急に酔いが回った態を繕って、含みをもたせるかのような言葉を残し、健介の許を辞去したのだった。

 平岩が言った通り、ヘアーサロン宮崎の店主は、健介の「出張理髪」の件は承知していた。平岩にうまく丸め込まれ、かなりの報酬も貰え、
「良い先輩を持ったな、健介」
とホクホク顔だった。なので、そのままにしておいた。もし、実はアイドルの髪を切りに行く、ということがバレたら、
「俺が行く! 絶対行く! 死んでも行く! カミさんと別れてでも行く! “卒論”も出す!」
とか言い出しそうだし。でも、まあ、青砥真凪子の写真を見せたら、
「フーン、大変だな。頑張れよ(鼻ホジホジ)」
と手の平を返すんだろうけど。
 青砥真凪子の情報を収集する。店の雑誌を捜索したり、ネットの風聞を取捨選択したりして。
 青砥真凪子。19歳。てんびん座のAB型。北海道出身。身長161センチ。好きな食べ物は枝豆、インゲン豆、えんどう豆。趣味は漫画、ゲーム、絵を描くこと。特技はスキー。AKU47には、グループ旗揚げからメンバーとして在籍している。初期メンバーということで、一応CDや番組には参加させてもらっているが、才能なし、人気なし、最近ではほとんど干され気味。補欠扱いだ。
 ――そもそも、なんでコイツはアイドルなんかになろうと思ったんだ?
 至極当然の疑問がわく。志望動機を調べる。そうしたら、店の雑誌でアンケート記事を見つけた。
 それによれば、「内気な自分を変えたくて」、AKU47のオーディションを受けたという。
 ――芸能界は自己啓発セミナーじゃねーっての。
と内心毒づきつつ、しかも三年間変われてないし、その揺るぎなさは逆に畏敬の念すらおぼえる。
 もうひとつ、ネットで出所不明の志望動機を発見。
 青砥真凪子、小学校中学校とイジメに遭っていたらしい。そして、「アイドルになってイジメっ子たちを見返してやりたい」とオーディションに応募したという。
 真偽は定かではないが、さもありなんと思わせてしまうのが、真凪子の不徳のいたすところだろう。闇の深さが垣間見れ過ぎる。そんな怨念やコンプレックスがにじみ出ているアイドルを、誰が金と時間と情熱を費やして応援するのか。その結果が今の有様だ。結句、青砥真凪子が自分自身の内側で革命を起こさない限り、彼女のアイドル人生はあがってしまう。

 水曜日。健介は早朝から店の車を駆り、一路東京へ。
 青砥真凪子のマンションに着いた。このマンションは地方出身のメンバーのために、事務所が借り上げ、一人一部屋ずつあてがっているそうだ(新人の子や年少の子は寮生活)。
 2LDK、セキュリティ面も万全だし、事務所の目も行き届くので、スキャンダル対策にもなっているらしい。
 ゲームのように一関門、一関門、と不審尋問をかわしながら、クリアーしていかねばならないのかと覚悟していたが、平岩が一切の手配をしてくれていたので、驚くほどすんなりと青砥真凪子の部屋に辿り着けた。
 青砥真凪子はいた。
 写真通り不健康そうな肌艶で、貞子ばりのロングヘアーで、暗い表情を覆い隠していた。私服もヘンな柄のシャツに、白いモンペみたいなズボンをはいていて、ダサいにもほどがある。ズボンには醤油のシミみたいなのが、点々とついている。こんなんだからお前はダメなんだ!と叱りつけたくなる。
 真凪子は水色のユニフォーム姿の健介に、おびえた表情(かお)をしたが、気を取り直して、ペコ、と一礼した。何か言わねば、と思ったようで、口を開いたが、
「あ・・・あ・・・あの・・・その・・・」
と言葉が出てこず、また無駄に一礼。
「本日は、当店の出張サービスをご利用頂き、まことにありがとうございます。どうか、よろしくお願いいたします」
 健介はサービス業の顔になって、紳士的な態度で挨拶した。真凪子の緊張をほぐすべく。
 商人の目でさりげなく部屋をチェックする。割と小奇麗にしてある。本棚にはマンガがズラリ。少女漫画からジャンプ系、サブカル系までジャンルは広い。アイドルとして何の評価にもつながらないけど。
 彼氏など男の形跡はないか、眼を光らせるが、そんな影は微塵も見当たらない。動画などの真凪子の挙措動作から、処女だと踏んでいたが、やはりビンゴだった! 日陰者の身に追いやられても、上からのお達しを律儀に守り続ける、その姿勢がなんともいじらしい。
「平岩さんからお話、お聞きになっていますね?」
と確認する。
「はい」
と真凪子は答えた。声が震えている。
「内容等は全てこちらにお任せということで、青砥様の髪をカットさせて頂きます」
「はい」
とやはり声を震わせて、真凪子。
「どちらのお部屋でやりましょうか?」
「えっと・・・あの・・・こ、ここで・・・」
と真凪子が言うので、健介は素早くその場でヘアーカットの準備を整えた。鏡も椅子も用意した。そうして、真凪子を座らせると、首にネックシャッターを巻き、身体をケープで、ファサッ、と包み込んだ。パリ、と糊のきいたクリーム色のケープだ。
 真凪子はふるえていた。歯がカタカタと鳴っていた。彼女なりに覚悟を決めて、平岩の賭けにのってはみたものの、恐怖の方が勝っているようだ。
 健介はそんな真凪子の毛髪を、商人の性、吟味する。さすが一応はアイドルなので、ケアーは行き届いている。柔らかく、サラサラして艶もあり、いわゆる天使の輪もある。健介が今まで扱ったことのない美しい髪だ。
 惜しい、と思うより、
 ――こりゃ刈り甲斐あるぜ!
と散髪屋の血が騒ぐ。
「それじゃあ、やりますね」
 健介は業務用のバリカンを握る。
 鏡越しにそれを見た真凪子は、
「えっ?!」
と理髪師を振り仰ぐ。おびえきった表情だった。無理もない。いきなりドでかいバリカンを持ち出されるとは、想定外の外の外だったろう。目が、やめて!と哀願している。それでも弱虫なものだから、声をあげようにもあげられず、口をパクパクさせるばかりの真凪子だ。
 こういうリアクションは健介の大好物である。が、まずは猫なで声で、
「驚かせちゃったかな? ゴメンね。すぐ済みますからね。そんなに怖がらなくて大丈夫ですよ」
 本心ではアイドルの長い髪に、バリカンを入れたくってウズウズしている健介だ。
 そう言われると、押しに弱い真凪子はまた前を向いた。かなり不安そうだった。だが、バリカンを握る理髪師の機嫌を損ねるのをはばかっている様子が、ありありと見てとれた。そこが散髪屋ケンちゃんの付け目だ。
 ブイイイィィイン、と音立てるバリカンをもはや有無も言わせず、襟足の生え際に突きこんだ。一気に上へと走らせた。
 普段男客の頭にばかりあてられているバリカンは、大喜びで両刃をふるわせ、アイドルの美髪に齧りついた。
 ザザザザーッッ!!
 大量の髪が盛り上がって、頭上へと押し上げられた。
 ブハッサアァ!!とすさまじい量の髪が土砂崩れの如く落下する。
 「無口なミステリアス道産子ガール」(真凪子のキャッチフレーズ)の後頭部に、幅5cmの一筋の道が、クッキリ刻まれていた。関西で言うところの、二枚刈りの長さに刈り込まれていた。
 ――え?
という表情で、真凪子は口をあんぐり、呆然としている。自分の死角で行われている蛮行に、信じられない! ウソであって欲しい! とその顔は叫んでいる。その切なる願いを粉々に打ち砕くべく、
「こんな感じで刈っていきますけど、よろしいでしょうかァ?」
と健介はしれっと、合わせ鏡で、無惨な刈り跡を、現実を、真凪子に見せつける。
「キャアァア!」
 真凪子は悲鳴をあげた。初めて彼女が大きな声を発するのを聞いた。
 目を背ける真凪子の耳元で、
「こうなっちゃ、もう最後まで刈るしかないよねえ」
と意地悪く囁く。
 真凪子の両眼はみるみる涙であふれ、
「ひどい・・・なんで・・・なんでこんなことするんですかぁ〜」
とか細く理髪師をなじる。
 ここで、健介はこれまでの紳士的な態度をかなぐり捨てて、豹変した。
 グイッ、と真凪子の髪を鷲掴み、
「お前がグループの不良在庫だからだよッ!」
と引っ張りあげる。
「うっ・・・うう・・・うっ、うっ・・・」
「こっちは全てを事務所に任せられてる。上に訴えたってムダだぜ。半端モンのお前にゃオレが活を入れてやる! こうやってなッ!」
 掴んだ髪を、
 ブイイィイィイィン! ザザザザアアァァア!
と根元からえぐり、断つ。そして、
「ホラ、落としもんだよ」
と切り髪を真凪子の目の前に放る。
「ひぃっ!」
 真凪子は思わず身をすくめ、また悲鳴をあげた。
 容赦なくバリカンを走らせる。
 ブイイイィイィィイン
 ザザザ・・・ザザザザ〜
 ブアササッ、バササッ
 長く美しい髪が、奔流の如く、ケープを伝い、刈る者と刈られる者の足元に落ちていく。
「アイドルとしてのお前がこの先やっていくには、もうこの方法しかないんだよ」
と泣きべそ娘に、因果を含めるように言う健介。
「尻尾を巻いて田舎に戻るか? 地元民の眼は“落伍者”には冷たいゼ。お前が挫折して都落ちすりゃ、お前をイジめてた連中は大笑いで祝杯あげるだろうよ。来年成人式だっけ? 出るつもりか? 出たら皆から憐れみや軽侮の視線を浴びることになるぜ。ミジメな二十歳の門出だなあ」
 口も動かし、手も動かす。
 ブイイィイィイン、ザザ・・・ザザザザアァァ
「キャアアァア! イヤアァァア!」
「暴れるな! 坊主にはしねえから。だが、そうやって抵抗するんなら話は別だ。手元が狂って、峯〇さんの謝罪動画〜、になっちまうぜ」
 健介にドスのきいた声で脅され、真凪子は口をつぐんだ。ハラハラと落涙しながらも、唇をひき結び、無頼漢のような理髪師に頭を献上する。
「お前は石に齧りついてでもAKUに残らなきゃならない」
 健介は真凪子に言い聞かせる。
「でなきゃ暗黒の未来が待ってるぜ。故郷(くに)には帰れず、芸能界にも居場所なんてねえ。カタギの仕事をしようにも、なまじ顔が知られてるから、好奇の視線にさらされるしな、よっぽどメンタル強くないと働けねえぞ。AV業界が、おいでおいでしてるぜ。“元AKUの青砥真凪子、鮮烈なAVデビュー”ってな」
 健介の語る未来図に、真凪子のただでさえ血色の悪い顔が一層青ざめる。
 ブイィィイイィィイン
 ザザザザアァアアァァ
 バリカンは満足そうにアイドルの髪を食んでいく。
 後頭部は5mmの長さに、バリバリ刈られて、ビッシリとタワシ状に詰めに詰められる。
 後頭部をあらかた刈ってしまうと、次に左右の髪を刈り込みにかかる。
 豊かな美髪がバリカンの刃に圧され、グシャアアァ〜、と丸まるようにして崩れ、シャー、シャー、と滑り落ちていく。手入れされている髪だけあって、ケープをこする音もなめらかだ。中には未練がましく、首の周りや肩にしがみつき、落下しない髪の塊もある。それに、真凪子は隠れ巨乳なので、胸に落ちた髪はケープ越し、胸のふくらみに乗っかって、プールされる。
 健介はノリノリで、バリカンを走らせる。
 横髪も須臾にして刈り尽くされていく。
 バリカンの刃先に、60cmはあろうかという長い髪が収奪され引っかかったのが、茹でたての麺の如く、ダラ〜ン、とブラ下がっている。バリカンを振って、それを払い落とす。――バサリッ!
「う・・・うぅ・・・ぅぅ・・・」
 真凪子は声を殺して泣いている。
 しかし、健介は手心を加えない。非情にバリカンを動かす。
 真凪子はさめざめと泣き、
「うう・・・ぅぅ・・・学校でもイジめられて、せっかくアイドルになれたのに、芸能界でもイジめられて、バカにされて、挙句の果てに大事な髪まで失くしちゃって、私の人生なんなんだろ・・・。いっそ、死にたいよぉ〜」
 北海道訛りで嘆く。
「そんな弱気は髪と一緒に削ぎ落しちまえ!」
 健介に一喝され、真凪子は口を閉じ、うつむく。
「これじゃ刈れねーよ」
と健介は真凪子のまだ長いトップの髪を掴んで、涙でグシャグシャの顔を無理やりあげさせる。
 そして、バリカンを調節して、真凪子の前髪に挿入する。
 ザザ・・・ザ、ザザザザアアァ〜
 バラバラと髪が舞い落ち、2cmの長さに、整然とカットされていく。順繰り、順繰り、前髪が消えていく。
「ひぃ〜、や、やめて〜。もう勘弁してぇ〜」
 弱々しく哀願する真凪子だが、健介は耳を貸さない。
「青砥、お前はグループの、いや、アイドル界の頂点に立てるポテンシャルの持ち主なんだよ。しかし、自分で自分の可能性を封じ込めちまってる」
 健介は落ちこぼれアイドルに説き聞かせる。
「想像してみろ、グループのド真ん中に立っている自分を。お前はそれだけの価値を秘めてるんだよ」
「わ、私が、セ、センターなんて・・・そんな・・・無理です。オーディションだって、私をイジめてた人たちが面白がって、強引に応募させられて・・・」
「そういうネガティブな自分とは今日限り決別しろ。一旦ステージにあがったら、おいそれとは降りられねーんだよ」
 真凪子は黙った。その前頭部の髪を健介は一切の無駄なく、テキパキと刈っていく。
「気合い入れてやる!」
 気合い、気合い、気合いだー!とアニマル浜〇のように、気合いを連呼し、健介は真凪子の頭にバリカンをあてまくる。
「お前も言え」
「気合いだ〜」
「声が小せえ!」
「気合いだあああぁぁ!」
 真凪子はやけっぱちになって喉をふり絞る。一種の人格改造塾の様相を呈してきている。
 とにかくも、落髪がすごい。美しい髪がシートの上、山と積み重なって、カーテンの隙間から射す陽光に、キラキラ光っている。
 健介はバリカンのスイッチを切った。
 真凪子の髪はバックとサイドは5mm、前頭部、中央部は2cmと、クルーカットに刈り込まれていた。
 真凪子の両眼からはもう涙が消え、代わって爛々とした光が宿りはじめている。バリカンが禅家で使用される警策の役割を、ビシバシ果たしたかのようだ。
「いい眼だ」
と健介は褒めた。
 そして、さらに仕上げに取りかかるべく、カットバサミをとり、チャッチャッチャッ、チャッチャッチャッ、と短すぎる髪を切り整えていった。刈り上げ部分を、頭頂を、丁寧に入念に切り余しのないよう、洒落た感じになるよう、せっせと立ち位置を変え、切って、切って、切りまくる。
 少年の如きクルーカットに刈り上げられて、真凪子はじっと強い眼差しで、鏡を見据えている。
 髪で隠されていた顔がちゃんと出て、髪を切る前より垢抜けた。さわやかでいて、色気もにじみ、これまでなかった「透明感」が全身を包んでいる。何より、ずっと彼女の周りを覆っていたどんよりとした暗く重いオーラは雲散霧消していた。軽やかで、アクティブで、カッコ良く、清潔な印象を他人に与えるルックス。
 鏡の中の新しい自分と対峙している真凪子。微塵の揺るぎもない。「荒療治」が奏功して、自分の殻を破った美少女は、髪に手をやり、
「短っ」
と不敵な笑みを浮かべる。一流アイドルの風格がすでに芽吹き出している。臆病な自分を脱ぎ捨て、真凪子は覚醒した。
 そして、自己を覚醒に導いた健介と寝た。19年間守り続けてきた処女を捧げた。
 まさか、アイドルの処女を頂ける日が来ようとは、何という僥倖、何という奇跡、健介は夢心地で、「アフターサービス」に精励した。
 部屋を辞去するとき、
「皆川さん、ありがとう」
とオンナの笑顔を向けられ、
「こちらこそ、本日はありがとうございました」
 健介は商人に戻っていた。
 真凪子はまだ頬を上気させている。
「健介さんのお陰で、私、一皮剥けたような気がします。これから死に物狂いで頑張ります。アイドルになれたことに感謝して、アイドル活動を目一杯楽しみます! 自分のためだけじゃなく、今までの私みたいに虐げられて、苦しんだり悩んでいる人に勇気をあげられるように、笑顔をあげられるように」
「それはよかった」
 健介は莞爾と笑った。

 その後、オンエアされた冠番組で、「ニュー青砥真凪子」はダイナマイトのように炸裂した。
 司会の山澤が開口一番、
「青っち、撮られたの?」
と真凪子のクルーカットをイジってきて、真凪子も、
「違いますよ〜」
と大袈裟にのけぞって、ナイスリアクション、頭をさすりながら、
「いや、もういいかなあ、って思って」
とすっ呆けた顔で言い、
「“もういいかなあ”って何がいいんだよっ!」
とツッコまれ、そのやり取りで、まずひと笑いあり、それを皮切りに、山澤もアイドルいじりの本領発揮、怒涛の如く、真凪子の髪型をネタにしまくった。
 真凪子も、これまでとは別人のように、イジりに応え、乗っかり、ときには自分からイジられにいっていた。
 積極的に手をあげ、発言し、ボケたり、ギャグや面白コメントを飛ばしたり、山澤やメンバーの発言には、手を拍って大笑いしたりして、まさに独壇場だった。他のメンバーたちも、隙あらば真凪子にジャレつき、彼女の頭をさすりさすりして、ハシャいでいた。
 そういったコメディエンヌぶりに加え、超短髪になった真凪子の美しさにようやく気づいたファンたちは、男も女も先を争うように、ドドドドと群がった。そうしたファンを容れるキャパシティーも、真凪子はすでに有していた。
 青砥真凪子は一朝にして、アイドル界のスターダムに躍り出、トップアイドルへの階段を駆け上っていったのだった。

 もっとも、そんなことは健介は知らない。
 今日も今日とて、ヘアーサロン宮崎で、
「ケンちゃん、最近千秋庵の庵主さんとはどうなの? あいかわらずよろしくやってるのかい?」
と老人客にひやかされ、
「勘弁して下さいよ〜。出張サービスの仕事ですよ、仕事」
と苦笑いしながら、散髪屋稼業にいそしんでいる。
 自分が日本のアイドル界やポップス界の歴史に、重要な貢献を果たしたことなど、露知らず。




(了)



    あとがき

 今回は初めてアイドル物に挑戦してみました♪♪
 同時に「散髪屋ケンちゃん」の続編です! ちょっと書いてみたかった(笑)
 「アイドル」というジャンルは、詳しい人はとことん詳しいディープな世界なので、そもそもアイドルにハマったこともなく、コンサートやイベントも未経験の自分は腰がひけ、避けていました。熱狂的なファンも多そうですし。「業界」のこともよく知らないし。。
 なので、改めてお断りしておきますが、この作品はフィクションであり、登場するアイドルグループAKU47はあくまで架空の団体であります!
 でも最近、超アイドルオタクの弟の影響で、ネットでアイドルの動画をチョコチョコ観ています。色んな個性の女の子がいて、さまざまな人間模様もあり、観てて楽しいです(*^^*)
 もうひとつ、温めているアイドル物の構想があるので、それも、また発表できれば、と思っています!
 お付き合い、ありがとうございました(*^^*)(*^^*)




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