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一蓮托生後日談C厭な野球部


    1・発端

 遠征して、私立聖峰高校とかいう高校の野球部と練習試合をした。
 相当な弱小校らしいが、オレたちの野球部も部員十名というカツカツの状態の、負けず劣らずの弱小校なので、実力は伯仲、いい勝負だった。
 しかし、帰りのバスで盛んに話題にのぼったのは、試合内容より、聖峰高校野球部に籍をおく二人の女子部員についてだった。
 稲葉素子。宍戸エリカ。二人ともタイプこそ違え、すこぶるつきの美少女だった。しかも、なんと、なんと、他の男子部員同様、頭を丸刈りにしていた!
 これには、ド肝を抜かれた。激しい衝撃を受けた。オレだけでなく、他のチームメイトたちもド肝を抜かれ、激しいショックを受け、興奮を禁じえず、彼女たちの頭髪のことで、話は持ちきりだった。
 稲葉嬢の劣情をそそるナイスバディと丸刈り頭のギャップに萌える、とか、宍戸嬢の日焼けでも隠せないモデルばりのルックスに丸刈りという組み合わせは、かえってその美貌を際立たせている、とか、みんな疲れも忘れ、熱く語り合ったものだ。
 何せ、ここだけの話、実は部員のほとんどは、いわゆる断髪フェチ、あるいは女坊主フェチという特殊な野球部なのである。イヤな野球部である。
 とにかく坊主が好きで、坊主なら男女関わらず興奮するというサードのN。女性が髪を切られる動画を夜な夜なネットで漁っているライトのS。バリカンのいう器具に偏愛を抱くレフトのW。尼さん萌えのショートのE。日雇いのバイトで金を貯め、美女が坊主にされるマニア向けDVDを通販で購入しているキャッチャーのD。そうして、今の野球部に入る際、部則で五厘刈りになって以来、断髪という行為に過敏になり、それが高じて、性的な好奇心を持つようになったオレ。さまざまなフェティシズムをかかえた連中が、黄昏の帰路をひた走るバスの中、ひしめき合っている。
「あの稲葉っつう女の子、メッチャツボだわ〜。“髪、ちょっと伸びたな”とか言って、バリカンで散髪してあげたい。そんで切った髪は――」
「切った髪は?」
「ご飯にかけて食べる」
「ふりかけかよっ! どうしょうもないド変態だな、お前は」
「お互いさまだろ」
「俺はやっぱ宍戸ちゃん一択だな。あの娘の散髪係になりたい。“ちょっと、アナタ、ナニ虎刈りにしてんのよ。このド下手!”とか罵られながら頭刈ってあげたい」
「俺は逆に宍戸みたいに気の強そうなお嬢様タイプの女の髪を強引に青剃りにしてやりてーなぁ。それで、“6mmって頼んだのに、なんでアタなしで刈るのよ〜”って泣かせたい」
「いいね、それ最高!」
「ほんと、ヤベーぞ、この会話」
 チョボチョボいる非フェチの部員も、本日、坊主美少女二人を目の当たりにして、「改宗」しつつあるらしく、
「女の坊主も結構アリかもな」
との発言も飛び出す。
 バスは萌えあがるオレたちを、遥か僻陬の地へと運んでいく。

    2・女神

 うちの野球部顧問は女性だった。
 名を土屋美保子(つちや・みほこ)という。三十代、教師(物理担当)。
 二十代で顧問を押し付けられたときは、野球のルールすら知らなかったが、歳月が流れ、とりあえず野球のルールはおぼえた。
 弱小校ゆえ、プレッシャーもなく、ゆるい空気の中、顧問を続けている。
 歴代の野球部員から「女神」の称号を奉られている。
 過大評価だ、と美保子先生のご尊顔を日々拝しつつ、私(ひそ)かに思う。しかし、ただでさえ女性の少ない元男子校、年中女日照りにあえいでいるチェリーボーイたちは贅沢を言っていられない。
 若くて(アラサーだが)、独身で、色香がムンムンあって、ちょっと都会的で、コケティッシュで、男あしらいに慣れた美保子先生みたいなアダルト女性は、「女神」と崇められる。三十を過ぎて、容色もやや衰え気味で、近頃はやや肥えはじめたが、それでも美保子先生の「女神」の座は揺るがない。ほぼ野球部限定だが。
 美保子先生の美のバックボーンは、なんといっても長い黒髪だろう。背中を覆う長いストレートの髪、その髪にこれまでどれだけの男子――主に野球部員が胸をときめかせてきただろう。この神通力はすさまじい。とは言え、三十路に入り、自慢の髪もハリツヤがなくなり出し、パサパサしはじめている。
 その髪をひっつめ、
「セカンドいくよ〜!」
と、カキーン、カキーン、と部員にノックを浴びせる美保子先生である。でも、先生のノック、正直あまりうまくない。五回に二回は違う方向に打ってしまうし、打球のキレもよくない。
 それでも「女神」は、
「もっと声出して!
「ファースト、ぼんやりすんな!
「そんな球取れないでどうするの!」
と指導に精を出している。

    3・約束

 大会が近くなると、例年、「気合い入れの儀式」がある。
 美保子先生が直々に、部員全員の散髪を、部室でしてくれるのだ。
 「女神」が部室のバリカン――手動式だ!――で部員の頭を刈る。
「試合頑張ってよ」
と言いながら、一人一人、五厘に仕上げていく。
 首筋や耳に美保子先生の息がかかり、頭に先生の手を感じ、ひどく興奮する。アラサーとは言え、未だ娘っぽさをだいぶ残した美保子先生手ずからのカットに、部員たちも、ポワ〜ン、と夢見心地で「女神」に頭を委ねる(「気合い入れ」になってない!)。散髪する美保子先生の内にも部員への母性が芽生え、育まれる。
 よく、野球部員を、
「ウチの子たち」
と口にするし、どこか母親目線、あるいは姉目線になっているところがある。
 全員の坊主頭を刈りながら、
「今年こそは一勝くらいしてよ」
と励ましてくれる。
 だが、励まされるオレたちは、
「勝てるかなぁ」
「できればコールド負けは避けたいな〜」
とナーバスになっている。そんな厭戦ムードを察知し、そいつを払拭せんと、
「ナニ弱気になってるの」
 先生はハッパをかけてきた。
「一念岩をも通す、よ。根性みせなさい、根性!」
と叱咤してきたが、
「でも、相手が悪すぎですよ」
とSが言うように、初戦の対戦校は県下でも名の知られた強豪校、皆、戦う前から意気消沈、お通夜みたいな空気になっている。
「なせばなる、の気持ちで戦わなきゃダメよ。そのためにずっと練習してきたんでしょ。根性よ、根性」
と美保子先生はしきりに精神論をぶっていたが、百の精神論に勝る士気の高め方を不意に思いついたらしく、
「じゃあ、もし勝ったら、ご褒美に――」
といたずらっぽい目になり、含み笑いして、
「先生がアナタたちのために、何でもしてあげるわ」
と艶めいた声で言った。なるほど、思春期男子の性欲を煽り、エネルギーに転化する、それを思いついたまでは良かった。
 が、美保子先生とオレたちの大半では、性のカテゴリーが違い過ぎるほどに違っていた。
「先生、本当になんでもしてくれるんスか?」
と主将のNに念を押され、
「う〜ん、あんまりエッチ過ぎるのはダメよ」
と先生は予防線を張りつつ、しかし、話の行きがかり上、多少警戒の色を浮かべてNの――オレたちの要求を訊いてきた。
「じゃあ、先生、もしオレたちが一回戦勝ち抜いたら――」
「勝ち抜いたら?」
「美保子先生の頭、坊主にしてもいいですか?」
「はあ?」
 先生はしばらく固まった。全くの想定外の要求に意味が分からず、笑って済ませるには、部員の表情がシリアス過ぎるので、
「なんで?」
と顔をこわばらせ、訊ね返してきた。当然だ。訊ね返されて、Nも戸惑い、
「“なんで”って言われても・・・何でもしてくれる、って言うから・・・ダメですか?」
「勝ったら、アタシが丸坊主になるの?」
 さらに確認され、
「はい!」
とほとんどの部員がうなずいた。頭の中には、稲葉素子、宍戸エリカ、の丸刈り姿がある。女坊主も野球の世界では、市民権を認められかけているのだ、という半ば錯覚に近い確信めいたものが、稲葉宍戸両嬢と出会って以来、存在していた。
 一方の美保子先生は、彼女の中の常識が激しく転倒した様子で、目を泳がせ、口をあんぐり。吐いた唾は呑めないし、でも自分が坊主頭などありえないし、でも「ウチの子たち」には試合に勝って欲しいし、進退窮まれり、けれど、できれば受け流したい要求だが、
「先生、お願いします!」
「絶対、勝ちますから!」
と部員に詰め寄られては、
「う〜〜〜ん」
と心がグラついたらしく、長いこと考え込んでいた。自分の髪の価値をあれこれ値踏みしていたのだろう。やがて、
「よし!」
と思い切りよく首肯して、
「もし、三回戦まで勝ち上がったら、先生、坊主になるわ」
と条件を厳しくして、オレたちの珍妙な要望を聞き入れてくれた。さすがに二勝は無理だ、とタカをくくっていたのだろう。
 結果、「もし三回戦まで勝ち抜いたら、部室で部員たちによって断髪式を執り行い、バリカンで部員と同じ五厘刈りにする(撮影等は禁止)」という契約が成立、
「さア、アタシを坊主にしたければ、死ぬほど練習して、三回戦に進みなさい!」
 美保子先生に言われるまでもなく、オレたちはそのつもりだ。

    4・激突

 それからのオレたちの血尿出るほどの猛烈な特訓については、軽く触れるだけにとどめおく。
 部員たちはこの時期を振り返り、全員が口を揃え、こう言う。人生であんなに必死に頑張ったことは、それ以前にもそれ以後にもない、と。
 皆、美保子先生を坊主にしたい一心で、死に物狂いで練習漬けの日々を送った。イヤな若人たちである。
 練習にあたっては、我々は美保子先生をもオミットした。彼女の課す練習メニューでは、とても勝利は得られないと判断したからだ。
 美保子先生は所在なさげに、グラウンドでポツンと佇んでいた。あの姿、今も時折思い出す。

 かくして、救われがたき数多の欲望を乗せ、時間は進み行き、いよいよ夏の大会の地区予選が開幕した。
 この大会についても、ざっと点描するのみにしておこう。
 結果から言えば、一回戦、オレたちは勝った。番狂わせ。まさかの大勝利をもぎ取った。
 打線が火を噴き、守備は鉄壁、一人一人がそれぞれの役割をよく果たした。こうしたオレたちの予想外の好プレーに、敵方は動揺し、ミスを連発、フタをあけてみれば、10対2の大勝だった。
「なんて日だ!」
と相手チームの小峠監督は天を仰ぎ、慨嘆していた。
 とにもかくにも我が校の野球部は、十七年ぶりの勝利、十七年ぶりの二回戦進出、という快挙を成し遂げた。全校が沸きに沸いた。
 すべてのミラクルの源である美保子先生は、キャッキャッ、と(年甲斐もなく)飛び跳ねて歓喜していた。しかし、帰りのバスの中では、複雑な表情をしていた。
 これでいいのかな?
と顔に書いてあった。
 とまれ、後に「20XX年の奇跡」と、関係者の間で語り継がれることになる破竹の快進撃は、その幕を切って落としたのだった。

    5・奇跡

 次の対戦校は、一回戦以上の難敵、過去には甲子園の土を踏んだこともある超強豪校だ。
 そうそう奇跡が起こるわけじゃない、と周囲は諦めムードだったが、オレたちは燃えていた。これで勝てば、美保子先生のあの長い髪を刈れる。丸坊主にできるのだ。そのためだけに部員一同、懸命に頑張ってきたのだ。何度も言うが、イヤな野球部である。こうした特殊性癖の持ち主どもが一つの部に集まったのもまた、地味に奇跡といえる。
「次も勝つわよ!」
とゲキを飛ばす美保子先生だが、やはり複雑な表情だった。顧問の顔と女の顔がケンカしているような、そんな表情だった。
 相手チームは歴戦のツワモノだけあって、貫禄と技術と人数でオレたちをねじふせようとしてきたが、オレたちも雑草魂全開で敵に喰らいついていった。
 一進一退の攻防。勝敗は最終回までもつれこんだ。結果、オレたちは勝った。5対4、1点差でのゲームセット。薄氷を踏むような際どい、際どすぎる勝利だった。「勝ちに不思議の勝ちあり」と或る名監督の言にあるが、まさにそれだった。未だに、よく勝てたな、と省みて奇異の念を抱く。
 驚いたのは、最終回、ここが正念場という場面、「女神」が動いた。
 顧問就任以来、公式試合でも練習試合でも「置物」状態だった美保子先生が、ベンチから立ち上がった。そして、選手たちに指示を出しはじめた。美保子先生がチームの采配をふるったのは、この日このときが初めてだった。
 自分の髪などどうでもいい、とにかく「この子たち」の血ヘドを吐くような努力が報われて欲しい、との切なる「母心」だったのだろう。実に見事な司令塔ぶりだった。
 選手は「女神」の采配に従った。
 皆の心は一つだ。美保子先生を坊主に!
 勝った! 勝てた!
「よくやったわね、よくやったわね」
と美保子先生は目を潤ませ、選手をねぎらっていた。自分の運命はさておき。

    6・成就

 美保子先生のご褒美授与は、その二日後、部室にて行われた。
「ホントにやるのォ〜」
と先生は及び腰になっていたが、約束は約束、すでに部員がお膳立てを整えていて、渋々パイプ椅子に座らされていた。しかし、
「あんないい試合してくれて、これだけの結果を出してくれたなら、先生も覚悟決めて髪を切るしかないわね」
と喜びとさみしさ、高揚とあきらめがミックスされた顔で、肩をすくめ、オレたちのやりたいようにやらせてくれた。
 主将のNが先陣をきった。Nは部室のバリカンをこらえ性もなく、その欲望の対象に入れた。額の生え際に差し込み、一気に推し進めた。
 カチャカチャ、カチャカチャ
 バサバサ、バサバサッ
 何十年もの長きに渡り使用され、数知れぬ部員たちの汗や脂の沁みこんだ手動式バリカンの刃は美保子先生の頭皮にあてられ、Nの見事なワザにより、ひと刈りで三房くらいの髪がなだれ落ちた。
 もう、待ったはなし、だ。あとは刈って刈って刈り尽くすしかない。
 それを身にしみて感じているのは、美保子先生だろう。刈布を流れゆく髪たちを、目だけ動かして追い、
「ああ〜」
と苦い顔でうめくように、悲嘆に暮れていた。
 たちまち、髪の分け目がバリカンによって削られ、青い刈り跡を頭上さらしている。
「ちょ、ちょっと、鏡、鏡ない?」
と頼んだものを、ひったくるようにして受け取り、のぞきこんだ。そして、逆モヒカンにされた自分の哀れな姿に目を吊りあげ、
「こんなになっちゃったのォ〜」
と凹みまくっていたが、刈り跡を指先で怖々なで、まだ長いサイドの髪を、ファサッ、と手の甲でひと払いすると、
「こうなっちゃあ、もう丸坊主にするしかねえなあ」
と何故かベらんめえ調で、ひとりごち、
「さァ、次の子、いらっしゃい」
と断髪を促した。
 つづいてキャッチャーのDがバリカンを握る。
「土屋先生、すんません、いかしてもらうッス」
 Dは最初の刈り跡を放っておいて、鼻息荒く右の鬢にバリカンを突き立てた。興奮しすぎたせいもあるのだろう、気ぜわしく、下から上に、カチャカチャ、カチャカチャ、性格通り粗雑なカットだった。
 バッ、と髪が乱れ飛び、バサリ、部室の床を汚した。
 Dは欲張って、さらにもうひと刈り、バリカンをファーストカットとセカンドカットの刈り跡の狭間の髪に挿入した。カチャカチャ、カチャカチャ、
 バサリ、
 長い髪がしたたり落ち、また床を汚す。
 刈り終えて、Dは絶頂に達したのか、ヘナヘナと床にへたりこんでしまった。そして、
「ま、まさか、土屋先生のお髪(ぐし)にバリカンを入れられる日が来ようとは・・・」
と腰を抜かしかけつつ、泣かんばかりに感動していた。
 断髪は大好物だが、女坊主はNGというセンターの平手はバリカンではなく、持参の散髪バサミで美保子先生の髪を切った。先生のバックの髪をうなじがのぞくほど、短くカットした。ジャキッ、ジャキジャキ、驚異的な量の髪が収穫された。後ろの髪を全部切り落とさんばかりに切り進めていたが、
「平手、切りすぎだぞ!」
「俺たちの分も残しておけ!」
とクレームの声があちこちからあがった。つくづくイヤな野球部である。
 頭に三本の切通し、後ろ髪は半分ロング半分ショート、と「女神」はちとシュールにすぎるヘアースタイルになって、もはや苦笑するよりほかなかった。
 次はオレ(順番は打順で、ということに決めてある)。
 バリカンを持つ手がふるえる。ドキドキする。緊張する。口の中はカラカラだ。
 しかし、美保子先生の傍らに立ち、先生の髪を仔細に見たら、思っていた以上に枝毛だらけで、
 ――こんなダメ髪なら切ってしまえ!
と「女神」の呪縛から解き放たれ、アグレッシブな気持ちになった。
 四度もバリカンを走らせてしまった。
 三本の切通しの間の黒い部分を、カチャカチャカチャ、カチャカチャ、と刈り込み、合流させた。きれいに右半分を五厘に青剃ってやった。
 夢中でバリカンを入れ、バリカンを進めつつ、激しく興奮していた。初めて触れる先生の髪、ずっと憧れの眼差しで追っていた髪、そいつを、今オレは刈り獲っているのだ! 
 ガマン汁ほとばしり、パンツをしめらせてしまった。これまでの辛苦という辛苦が全て報われたようなハッピーな気分だった。
 案の定、
「浜やん(オレ)、お前刈りすぎだぞ、刈りすぎ!」
と文句を言われた。おそらくは、紀州とか土佐とかの太古の漁民たちも、仕留めた鯨の肉をこうやってワイワイ分配していたのだろう。
 オレたち上級生は自他の頭をずっと刈ってきたため、バリカンの扱いも上達しているが、まだ不慣れな一年生のYとZはオロオロと、
「無理ッス、無理ッス」
と尻込みしていていた。が、強引に刈らせた。部員全員を「共犯者」に仕立てねばならない。そして、部員全員が「(マニア的に)兄弟」になる儀式なのだ、これは。
 YもZも「女神」の髪にバリカンをあてた。二人とも後頭部の髪を刈った。
 オンボロバリカンと未熟な刈り手のコンボで、美保子先生は顔をゆがめ、
「アイタタタタ!」
とメチャメチャ痛がっていた。最初は顧問の沽券もあるので、我慢して刈らせていたが、ド下手な一年生のバリカンが髪にまといつき、ひきつれ、それでも尚、バリカンは噛みつくのをやめないので、たまりかね、
「ちゃんとバリカンに油さしてぇ!」
と悲鳴をあげるように言った。オレたちは言う通りにした。
 こうして、オレたちはバリカンをまわし、先生の髪をかわるがわる刈っていった。
 四巡してオレの番になる頃には、先生の頭は黒と青のマダラの虎刈り状態になっていった。
 それを自慢のバリカンさばきで、青く平らかにならしていく。カチャカチャ、カチャ、カチャカチャ、残飯をあさる犬猫のように、細かな刈り残しを跡形もなく、摘みとっていく。カチャカチャ、カチャカチャ――
 ああ、と先生が吐息をついた。大人の吐息だった。
 美保子先生が五厘刈りになった。
 先生は青々と丸めあげられた頭を両掌で抱え込み、ジョリジョリ、となでさすって、
「やっちゃったわぁ〜」
と案外晴れ晴れと笑っていた。が、ビジュアル的に大損害を蒙っていた。
 しかし、当の先生は、鏡と向き合い、ひっきりなしにアングルをかえて、自分の坊主姿をしげしげと眺め、
「夏目雅子の三蔵法師みたいねえ」
とポジティブなコメントを口にしていた。が、引き合いに出された例が古すぎたせいもあり、誰一人同調する者はいなかった。
 このところ肥えてきている美保子先生が、髪を刈り落としてしまうと、三蔵法師というより、海千山千の生臭尼みたいだった。それはそれでオレはエロスを感じるのだが。

    7・分配

 ここで椿事がおきた。
 女子マネージャーのトン子とスン子が、
「アタシたちも坊主にする!」
と言い出したのだ。
 二人とも何故か「女神」の美保子先生の狂信的なまでの崇拝者なので、以前から、「美保子先生は坊主になるなら自分たちも髪を切る」と言っていた。そして、先生の断髪式に立ち会って、ハートに火がついたらしい。
 二人のルックスは、オレはあまり女性の容姿についての悪口は控えたいので、トン子は「ゴリラ」、スン子は「背後霊」、という、あまりにストレートなあだ名を陰でつけられているとだけ言って、後はお察し願いたい。
 トン子は、
「うひょおおぉぉ〜」
とバカっぽく大口あけて、ガチャ歯をむき出しにして、ムンクの叫びの如き表情で、五厘刈りになった。
 スン子は土壇場になって怖気づいて、
「2センチの坊主にしてえぇぇ〜」
と懇願していたが、容赦なく、これも五厘刈りに刈ってやった。ブス(言っちゃった!)にかける情けは、生憎オレらは持ち合わせていない。
 そもそも二人とも元々髪が短いので、フェチ的に刈り甲斐がないのだ。
 レディーたちが退出なさった後、オレたちは直ちにトン子とスン子の髪をゴミ箱に手早く捨て、盗賊団よろしく、お宝――美保子先生の長く豊かな刈り髪の分配に取りかかった。
「メッチャいい匂いがする〜!」
「この髪に今までどれだけの男どもが欲情してきたことか・・・」
「たまらんわ〜」
「こいつで七年は戦える」
「たった七年かよ(笑)」
「ああ〜、動画撮りたかったなあ」
とフェチ目線の会話を交わしながら、主無き刈り髪を分かち合った。イヤすぎる野球部で、本当に申し訳ない。
 非フェチだった「正常な少数派」もすっかり宗旨替えして、全員がめいめい用意してきた紙袋やビニール袋に髪束を収め、猛ダッシュで家路へとついたのだった。

    8・秋風

 「20XX年の奇跡」はあっけなく終わった。
 「目的」を果たしおおせたオレも他の部員も、すでに燃え尽きていた。
 三回戦、我が野球部は記録的な大敗を喫した。かえって清々しいほど、大負けに負けた。
 美保子先生は目頭をおさえながらも、拍手して、敗兵たちを迎えてくれた。
 頑張って、勝って、刈って、負けた。いい夏だった。
 坊主頭になった美保子先生や女子マネに、観客席も驚き、相手校も驚いていた。
「すげぇぞ、あっちのベンチ! 女も丸刈りだ! しかもレベル低っ!」
とか言われていた(汗)
 ハイレベルな丸刈り女性を見たければ、聖峰高校の試合を観戦しなさいよ、とおすすめしたくなる。
 まあ、確かに、髪を断ってから、美保子先生、心なしか急に老けこみ、ますます恰幅もよくなり、生臭尼僧っぽさが一層アップしたような気がする。煮ても焼いても食えなさそうな、俗っぽくて、檀家の爺さんたぶらかして寄進とかさせてるエロくてヤバい、そんな尼さん。
 大会も終わり、先生は、
「これで、また婚期が遠のいたわね」
と自虐的に言い、丸い頭をなでまわして、苦っぽく笑っていた。それでも、
「素晴らしい夏をありがとう」
と今度はしみじみと呟くようにオレたちにお礼を言って、破顔一笑、感無量といった様子だった。
 オレも胸が熱くなった。きっと一生忘れられない夏になるだろう。
 学校の偉いさん方は美保子先生の丸刈り事件に大いにあわてたらしい。しかし、「断髪フェチ」という存在を知らぬ上層部は、「顧問と部員間の悪ふざけ」と、この一件を解釈し、大事に至らなかった。マイノリティーでよかった。このときは初めてそう思ったものだ。

    9・小宴

 ところが、この「悪ふざけ」が毎年恒例のイベントになってしまった。
 以来、翌年、翌々年、そのまた翌年と、夏の大会前に「200XX年の奇跡」の「勝利の女神」の功徳にあずかろうと、部員たちが美保子先生の頭を丸刈りにするのが、習わしとなってしまった。
 験担ぎだが、美保子先生にとっては大災難である。せっかく頑張って髪を蓄えても、夏には丸坊主。結婚や恋愛は遠ざかるばかりだ。
 しかし、それでも勝てばまだ救いはあるが、部は毎年一回戦負け。当然だ。「ノーマルな野球部」がいくら形式ばかり真似てみたところで、意味がない。さらにアホらしいことに、美保子先生の髪を刈る「儀式」でフェティシズムに目覚めてしまう連中もいるという。オレらとは順序が真逆にすぎる。
 一勝もできないうえに、ヘンタイばかりが増えていく。罪な話だ。原因はオレたちにあるのだけれど。
 オレたちは大人になって髪を伸ばしているが、美保子先生は未だに0・5mmの青坊主、髪を伸ばす暇もない。
 「丸刈り女性野球部顧問」の存在を、世間は放っておいてくれない。
 地元のローカル番組や地方紙の取材が頻繁にきて、最近では全国ネットのニュースなどでもとりあげられた。こうなると先生もやめるにやめられない状況、
「ホントは髪を伸ばして、腰をすえて婚活したいんですけどね〜」
とテレビカメラに向かって、さみしそうに本音をボヤいていた。先生のボヤきは全国津々浦々のお茶の間に届けられた。
 先生も大年増、下手をしたら一生独り身のままかも知れない。
 オレとしても、美保子先生に対しては後ろめたい気持ちがある。幸せになって欲しい、とも思う。
 他の同期のOB連も同じ思いで、この間、同窓会で飲んだとき、嫁き遅れの先生のためにも、その主原因たるオレたちが「責任」をとろう、という話になった。
 即ち、この中で最後まで独身でいた者が先生を「嫁にもらってやる」といった案が浮上した。
「さすがにそれはキツいだろう」
「いや、美保子先生なら全然アリだぜ」
「おいおい、土屋先生にも選ぶ権利はあるだろうよ」
「でも、坊主女と結婚なんて最高すぎっしょ」
「“お帰りなさい、アナタ、お風呂にする? ご飯にする? それともバ・リ・カ・ン?”ってか」
「毎晩バリカンで・・・ウシシ」
「手触りを楽しんで――」
「たまんね〜」
「そして頭をペロペロ」
「やべっ、勃ってきちゃった」
 つくづくイヤな元野球部である。




(了)



    あとがき

 「一蓮托生後日談」シリーズの第四弾です♪
 アイディアは昔描きかけていたプロット(イラスト)で野球部員たちが顧問の女性教師の頭(女子マネの頭も)を寄ってたかって丸刈りにしてしまう、という内容でした。その案にプラスして、アヤセハルカさん主演の「おっ○いバレー」(なんちゅうタイトルやねん!)からの着想を得て(部員が皆、断髪&剃髪フェチだったら、「おっぱい見せて」じゃなく、「髪を切らせて」ってお願いするだろうなぁ、という妄想)、今回のお話になりました。
 「僻地より」と同様、「オレと先生」という形式で、両作のカブリがハンパないです(^^;)
 いつものアップロードの場合、なるべく作品同士がカブらないようにカブらないように意識していたのですが、今回は、今書きたいこと、書けること、を最優先して同時に発表させて頂きました。
 最初は、語り手の「浜やん」とヒロインの美保子先生がゴールインするラストだったのですが、なんか違和感があり、カットしました。
 個人的に好きな一作です!
 お付き合いありがとうございました〜\(^o^)/




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