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僻地より


 オレの学校の国語教師、妹尾日向子(せのう・ひなこ)先生は28歳、独身。そこそこ可愛くて(あくまで「そこそこ」だ)、服装もそれなりに、そつがない。
 この程度のレベルでも校内では、マドンナ的存在なのだから、ド田舎の学校はチョロい。まあ、学園ドラマのような美人教師ぞろいの学校など、そもそもリアルに存在するわけがないので、仕方ない。
 器量はそこそこだが、何やらそこはかとないエロスを感じさせる。
 長い髪を、サラリ、かき上げる仕草など、少なからず、グッとくるものがある。
 日向子先生の「お世話」になっている男子生徒もかなりいる。需要はまだまだ絶えない。丸刈り頭のハナタレ童貞小僧共には、ひたすら眩しい存在なのだ。
 丸刈り頭、そう、こんな僻地の中学校では、時代から取り残されるようにして、明治の頃のまま、変わることなく男子生徒は坊主頭を強いられている
 この日向子先生、ちょっとした「遊び」をすることがある。
 少しばかり伸びかけ坊主の男子生徒を見つけると、
「あら」
と近づき、
「随分髪、伸びたわね」
とその頭に手をあてて、嫣然と微笑み、
「切ってらっしゃい」
と命じるように言う。言われた生徒は十中八九、次の日には散髪して、校則通りちゃんとした丸刈り頭に戻っている。そんな彼らの刈りたての頭を撫で撫で、
「よろしい」
と日向子先生は満足そうに咲(わら)う。まるで、己が権能と、女性としての魅力を確かめているかのように。男子生徒もニヤニヤとだらしなく頬をゆるませている。
 実際、マドンナ教師の、
「切ってらっしゃい」
が欲しくて、わざと散髪をサボタージュするヤツもいたりする。
 都市部や多少は開けた田舎では問題に発展しかねないが、僻地ゆえ、こうした奇妙な状態が、ガラパゴス的にまかり通っている。
 オレの場合、生来の不精のため、ついつい散髪を怠っていたら、日向子先生の、
「切ってらっしゃい」
を頂戴した。言われた瞬間、すごくコーフンして、勃起してしまった。しかし、ちょっと反抗してみたくなり、あえて頭を刈らずにいたら、次のときには、日向子先生は、
「なんで、先生の言うことが聞けないの?」
と自身のプライドを傷つけられたのか、ひどくご機嫌斜めで、
「今市先生に言って、ちゃんと指導してもらおうかしら」
と学校一おっかない体育教師の名を出してきた。自分で「ちゃんと指導」する気は、さらさらないらしい。
 今市先生の介入を回避するため、オレが即刻頭を丸め直したのは、言うまでもない。
 丸めたばかりの坊主頭で登校したが、日向子先生は廊下ですれ違っても、何も言ってくれず、黙殺された。「イエローカード」なので、ペナルティといったところか。
 三年生になって、その日向子先生が担任となった。相変わらず男子の頭髪に目を光らせ、
「切ってらっしゃい」
と伝家の宝刀で、「ゲーム」を楽しんでいる。
 ちなみに、当然なのかも知れないが、女子生徒からは嫌われまくっている。
 大して美人でもないのに、イイ女ぶってる、と嫉妬混じりの悪評芬々。
 ホームルームのとき、軽い雑談の際、ペンギンのヌイグルミを抱いて寝ている、と口にした先生に対し、
「いい歳して、ヌイグルミ抱いて寝てるとか、可愛い子ぶっちゃってさ、気色悪っ」
と、また散々陰口を叩かれていた。
 しかし、日向子先生は平気の平左で、今日も長い髪を翻し、「獲物」をさがし、
「切ってらっしゃい」
を発動している。

 さて、新しいクラスもそろそろ落ち着き、五月。新緑の季節。
 今年も家庭訪問がはじまった。
 日向子先生もロングヘア―を揺らし、学区内を飛び回っていた。
 オレの家に来るのは、最終日の一番最後だった。
 日向子先生は陽もだいぶ暮れかかってから、オレの家にやって来た。かなり疲れた様子だった。
 オレも神妙な顔で、座に連なり、先生と母が話しているのを承っていた。
「時間にルーズなところがありますね。忘れ物も非常に多いです。ご自宅でもだらしがないんですか?」
と結構厳しいことを言われた。
「そうですか? 家ではしっかりしてますよ」
と母はオレをかばってくれた。
「家の手伝いもよくやってくれてますし、私たちが忙しいときは、ご飯の用意までしてくれていますし」
「お家の手伝いも良いとは思いますが、もうそろそろ高校受験のことも視野に入れて――将来を決める大切な時期ですし、しっかりと勉強に力を注ぐよう、親御さんの方でもご配慮頂きたいですわね」
「うちの子も三年生になってからは、前より勉強の時間を、自分で増やすようにしてますよ」
 母はオレのために反論し続けた。けしてオレに甘いわけではない。日向子先生が嫌いなのだ。
 初めて会った瞬間、厭な女だ、と直感して、数分話して、やはり厭な女だ、と確信したらしかった。日向子先生の同性からの嫌われっぷりはスゴイ。何か、そういうオーラでも発しているのかな。
 いつしか母の顔からは作り笑いすら消えていた。先生がああ言えば、母はこう言い、雲行きが怪しい。
 このこう着状態を破ったのは、父の登場だった。
「ああ〜! こりゃあ妹尾先生! どうもどうも!」
 バカみたいに陽気で、バカみたいにハイテンションなオレの父は、白いユニフォーム姿のまま、店のフロアから茶の間に顔を出した。
 そう、オレの家は祖父の代から、この地で床屋を営んでいる。そういや、以前「頭髪指導」を受けたとき、日向子先生に「お家、床屋さんなんでしょ」と言われたりしたっけ。
 父も話に加わる。と言うか、一人でベラベラまくしたてる。
 自分はセガレが中学を卒業したら、理容学校に入れてゆくゆくは店を継いで欲しいのだが、コイツ(母)が普通の高校に行かせたがって、ねえ、先生、高校卒業の免状なんて屁の役にも立たない、手に職をつけた方が遥かに良い、と独演会状態。
「あっしも中卒でしてね、学歴はないんですが、でも引け目を感じたことは一度たりともありやせんやね。しっかり手に職つけて、真面目に働いて、今じゃこうして一国一城の主で、誰にはばかることもなしに、家族三人、おまんまが食えてるんですからね。散髪屋がビブンセキブンなんておぼえたところで、何にもなりゃしませんや」
とオレの希望などまるきり考慮に入れず、大いに弁じ立て、日向子先生もすっかり呑まれていた。こういうタイプ、先生は苦手らしく、すこぶる困惑気味で、珍しく縮こまっていた。
 ほとんど親父のターンが続き、ふと親父は話題を転じ、
「妹尾先生、今日はこれからまだ他のお宅にまわるんですかい?」
と訊いた。
「いえ、ここのお宅で全ての家庭訪問は終わりですわ」
「一旦学校に戻るんですかい?」
「いえ、このまま自宅に直帰します」
「恋人とデートとか?」
「ないです、ないです。シャワーでも浴びて――」
「冷えたビールでもキュ〜ッと?」
「そうですね。それでテレビでも観て、頭と身体を休めます」
「なら、いい!」
と親父は膝をうった。
「妹尾先生、うちで散髪していきなさいよ」
「えっ?」
と日向子先生は一瞬親父の言う意味がわからず、で、意味がわかると、サッと顔を強張らせた。
「いつもセガレがお世話になっているんだから、サービスですよ、サービス! 丁度客も皆帰って、シャッターを閉めるとこだったんですがね、こいつはグッドタイミングだ!」
と親父は一人決めして、すっかり切る気満々である。
 日向子先生はまさかの展開に、仰天、驚愕、周章、狼狽して、
「いえ、そういうの困りますっ! お気持ちだけ頂くので、私、今日はこの辺で失礼させてもらいますので。ホント、困りますので」
と言い募ったが、親父は元来他人の気持ちを察する能力が致命的に欠けており、日向子先生の辞退を「遠慮」と解釈し、さらにしつこく、
「そんなこと言わずに、せっかく来て下さったのに、そのまんま帰したんじゃ、申し訳ない。ここはひとつ、あっしの顔を立てると思って、さぁ、店の方へどうぞ、どうぞ!」
 本来、こうした親父の暴走に、お袋が歯止めをかけるのが常なのだが、お袋も、
「そうだね、お父ちゃん切ってあげなよ。そろそろ暑くなるし、妹尾先生もこの季節、鬱陶しいでしょ、長過ぎる髪は」
 「長い髪」ではなく、「長過ぎる髪」というのがミソだ。それだけ先生の髪はすごく長かったし、お袋もまた、僻地の床屋の女房ゆえか、女でも髪はできれば短く、長い髪の場合はキチンと結ぶなりまとめるなりすべき、という考えの持ち主だった。校内の男どもにため息をつかせる先生自慢のロングヘア―も、旧思考の田舎女房には、嫌悪の対象でしかないのだ。
 日向子先生のことが、そのロングヘア―共々気に食わずにいたので、そんな女優気取りの忌々しい長髪など切れ、切ってしまえ、とばかりに親父に加勢する。
 夫婦二人がかりの猛攻に、押されに押され、とうとう先生は、引きずられるように店に連れ込まれ、鏡の前に座らせられた。未だこの運命が信じられず、呆然としていた。
 親父はそんな日向子先生の身体に、クリーム色の刈布をおっかぶせる。
 刈布を巻かれ、先生は我に返り、ふたたび恐怖が甦ってきたらしく、
「あの・・・ちょっと切るだけでいいんで、本当にちょっとで、毛先をほんのちょっと梳いてくれればいいので」
と顔をひきつらせ、何度も懇願じみた注文を繰り返していた。
 が、親父は聞く耳持たず、
「それだとあっしの腕の見せ所がねえなぁ。そんなこと言わずせっかくなんだから、サッパリと涼しくてオシャレな髪型にしましょうや、キョンキョンみたいに」
 親父のファッションセンス、昭和すぎる。とりあえず、この店に妙齢の女性を迎えたのは初めてで、勝手はわからないものの、とにかくウキウキしている。
 そして店内のラジカセの再生ボタンを押す。鳥羽一郎が流れはじめる。オレも物心ついた頃から、毎日のようにこのBGMを聞かされ、門前の小僧さながらに、親の〜血を〜ひく〜、とすっかり歌詞までおぼえてしまっている。
 ちなみに、先生が日頃愛聴しているのはスウェディッシュポップ、「兄弟船」とは異文化すぎる。
 理髪椅子が、グーッ、と持ち上がる。
 シャッ、シャッ、シャッ、と霧吹きで先生の髪が湿される。そうして、シャカシャカと髪をかきまぜて、水分を髪全体に行き渡らせるようにして、ザッ、ザッ、と手櫛で髪を元の形に戻し、首筋のところで両の手で束ね、握り、水気を少し切る。ポタ、ポタ、と長い髪から水が滴り落ちた。
 その間も先生は、
「あ、あの、ホントにちょっと切るだけでいいんです。短くしないで下さい〜。お願いします〜」
と理髪台の上から、懸命に訴えていた。
 「切ってらっしゃい」と男子生徒たちには高圧的に断髪を強いてきたのに、いざ、自分が切られる側の立場になると、てんで意気地がない。
 もっとも、こんな殺風景で、ダサくて、ポマード臭いオンボロ床屋でのカットは、若い女性なら、二の足どころか、三の足四の足を踏むに違いない(親父の名誉のため、一応フォローさせてもらえば、親父も勿論衛生面には十分留意し、店内は常に清潔に保たれている)。
 親父がカットをはじめる。
 ジャキッ
 親父は日向子先生のお願いを斥け、無慈悲にも耳の下までハサミを入れていた。
 別に悪意はない。むしろ善意でやっている。初夏らしく、さわやかに、涼やかに、と日向子先生の為を思っていて、そう思い込むと、或る種の心理的視野狭窄に陥ってしまうのだ。
 善意も過ぎれば、他者に被害を及ぼす。
「ひやぁあ〜!」
 ほらね。
 髪を一房、切り獲られた先生は、半メートルはあろうかという切り髪の長さと、露わに出でた真っ白なオトガイとのコントラストに、激しい衝撃を受け、悲鳴をあげた。
「嘘ォォ〜」
と顔をしかめられるだけしかめ、悲嘆に暮れていた。
 見ているオレも気の毒に思った。反面、小気味よくもあった。調子づいている日向子先生にも、切られる者の気持ちをたっぷりと味わってもらいたい。
 親父は飄然とした顔つきで、両サイドの髪をスッパリと耳下で揃え、後ろの髪は首の付け根あたりで切り落とした。
 ジャキッ、ジャキッッ、ジャキジャキ、ジャキッ、
 バサリ、バサリ、バサリ、
 ジャキジャキ、
 バサバサ、
 数多の男の子たちを虜にしている長い髪も、厄介払いされるが如く、次から次へと切り獲られ、落髪は刈布にひっかかり、まとわりつき、先生は目下、「ゴミまみれ」という有り様、その目はすっかり死んでいた。
「一度バッサリと短く切っちゃうと、サッパリして気持ちいいし、手入れも楽チンだから、二度と長く伸ばす気もなくなっちゃいますよ」
とお袋は慰めた。慰めながらも、そのトーンは冷ややかだった。
 実際、年齢的な点などから鑑みて、日向子先生がこの先、今までの長さにまで髪を伸ばすことは、多分もうないだろう。
 親父の武骨な指が日向子先生の髪をすくい、もっと短く切り詰め、切り詰め、切り詰め、切り詰め、ジャキッ、ジャキッ、先生の頭のシルエットを変貌させてゆく。
 次に先生のワンレングスの髪のフロントを切って、前髪なし、だっだのを、前髪を作る。
 額で分けていた髪を、コームで梳き、前に垂らす。喉元まで覆う長さだった。
 ジャキッ、ジャキッ、
 二口進むと左眉がのぞいた。
ジャキッ、
ともう一口食むと、眉間が出た。
 バサッ、バサッ、
 刈布に髪が流れ落ちる。
「こりゃあ、刈り甲斐があるってもんさね」
 先生の女心も知らず、親父はハシャいでいた。
 バァッ、と太陽が雲間から現れたように、長い髪が切り払われ、先生の真白な顔がのぞいた。微妙な顔立ちだった。ブスだとは言わない。が、微妙、としか言いようがない。こんな顔の相撲取り、いたような気がする。
 まだ前髪は製作途上、さらに眉上2センチくらいの長さにカットされる。一直線に、ジャキジャキジャキ、ジャキジャキ、ジャキジャキジャキ――
 日向子先生は口をへの字に曲げ、泣きそうになるのをこらえているかのようだった。
 一通り髪を切り終えると、親父はハサミを置いた。そして、バリカンを握った。
 ウイイイィィイン、ウイイィィイイイイン、
 バリカンのけたたましいモーター音に、日向子先生はビクッと肩を波立たせ、オロオロして、何か言おうとしたが、
「動いちゃいけねえよ」
との理髪師の言葉に従順に服した。
 フリーズした先生の襟足に、バリカンは無造作に挿し入れられ、
 ウイイィィイイイイィィン
 ジャアァアアアァアァ
と勢いよく一気に刈り上げた。
 6,7センチほどの髪が、バラリ、と先生の首の周りに散った。長めだった襟足の一角が崩れ、あとにはクッキリと青い地肌が残る。
 年季の入ったドイツ製の業務用バリカンは、よくその役目を果たしてくれた。しかし、まさかアタッチメントなしで刈るとは。
「ういいぃ〜!」
と日向子先生はいよいよ顔をしかめ、身を硬直させて、奇声を発した。ナイスリアクション! 学校の皆に見せてやりたい。だから、さっきからずっとスマホで、断髪の一部始終を動画で撮影している。いい画がとれた。髪も動画も取れ高がハンパない。後でこの動画を級友たちに見せて、皆で爆笑したのは言うまでもない。
 業務用バリカンは滅法素晴らしい仕事をしてくれた。
 二刈り目も、深く青く、ゾリッ、といった。黒が青に呑み込まれるさまが、目に眩しい。
 先生は初めてのバリカン体験なのだろう、苦い顔で、目を伏せ、
「うぅ〜」
とか細くうめいていた。
 ジャアァアアアァァアアァ――バリカンの刃は容赦なく襟足に食らいつく。そのまま後頭部を滑り、青いエリアを拡張していった――ジャァアアアァァアアァ!!
 バリカンカットを終え、親父は髪の調整に取りかかる。ジャキジャキ、ジャキジャキ、調えるというより、切り刻むといった方がいいようなカット作法だった。
 そして、最後に剃刀でうなじをゾリゾリ剃った。先生の後頭部は、上から黒、青、白、と三色に仕上げられた。
「ハイ、出来あがり〜! キョンキョンみたくしといたぜぇ」
と親父は胸を張るが、どこがキョンキョンだ、前髪はオン・ザ・眉毛のパッツン、左右の髪は耳たぶが出るくらいに切り揃えられ、後頭部は青々、戦後の少女みたいなオカッパ(断じて「ボブカット」ではない!)だ。
 日向子先生は見るも無惨な髪型にされ、涙目になっていた。
 それでも、オレの盗み撮りに気づき、
「撮らないでくれる」
と言ったが、悲しい哉、30分前まではあった威厳はとうに失せ果てていた。そんな先生に、オレは憐れみさえおぼえた。
 母は刈り落とされた先生の髪を掃き集め、
「妹尾先生、随分若返ったじゃないですか」
と薄ら笑い、ロングヘア―は日向子先生の頭からゴミ箱にお引越し、バササササアアアァァー!
 オレは撮影しつつ、メッチャ楽しんだけど、待てよ、と冷静になって考えてみた。
 もしかしたら、この件で日向子先生の怒りを買い、担任である彼女に遺恨を抱かれては、オレの中学生活はどうなる? オレの高校受験はどうなる? はてさて、はてさて。
 まあ、いい。仕方ない。最悪の場合、店はあるし、親父の熱望する理容師の道に進めばいい。特に将来のビジョンがあるわけでもなし。
 そんなオレの胸算用など、どこ吹く風、鳥羽一郎は「男の港」を熱唱している。

 翌日、日向子先生の突然の断髪に、全校中が、校舎がひっくり返らんばかりに驚いていた。
 ただ髪を切っただけでも、大ニュースなのに、よりにもよって磯野ワカメばりのお椀のようなヘアースタイル、皆がビックリしたのも無理はない。
 もっとも、日向子先生は余程、親父特製のオカッパ髪がお気に召さなかったらしく、その週のうちに、街へと下り、そこのオシャレなカットハウスでベリーショートに切り直してもらっていた。刈り上げられた後頭部に合わせるには、普通のショートヘアではなく、ベリショに化(な)るしかなかったのだろう。
 その際、髪もややブラウンに染めてもらい、短い髪にワックスをつけ、ピンピンと毛先を遊ばせて、一生懸命洒落て見せていたが、これまでロングの髪でごまかしてきた、モンゴロイド系全開の並みの器量が白日の下にさらされ、マドンナ先生失脚、その座は以後、理科の灰田先生が引き受けることになった。
 日向子先生、今日も今日とて、
「え〜、だから、『徒然草』の中のこの仁和寺の法師のエピソードで、吉田兼好がどんな教訓を伝えたかったかというと、この最後の部分、そうそう、ここら辺はテストに出すわよ。ちゃんとノートとっておきなさい」
と教室中の生徒たちに刈り上げをガッツリ向けながら、カリカリと板書している。
 伸びかけ坊主がいても、「切ってらっしゃい」とは、もう言わない。
 逆に下剋上、勃発!
 日向子先生がいじましい忍耐の結果、長めのショートにまでなったら、女生徒たちが先生を取り囲み、その髪に手をやりながら、
「妹尾先生、随分髪、伸びたね。切ってらっしゃい」
 すっかりM心に目覚めてしまった日向子先生は、
「はいっ!」
と、翌日にはまたベリショに刈り込んでくる。刈り込みが甘いと、
「まだ長いね。もう一度切ってらっしゃい」
と再度、女子たちに命じられ、
「はいっ!」
とすぐさま美容院に駆けこむ。そして、短い髪を、女子らに、
「よく出来ました〜」
と撫でられ、憮然と喜悦が半々の表情を浮かべている。
 髪を伸ばすゆとりなど、あったものではない。
 たまにイタイ娘がいて、先生はベリショなのに、
「もっと切ってらっしゃい」
などと無茶を言われ、それでも、即日、ほとんど坊主頭に近い短髪に切っていた。すっかり女子たちのオモチャになっている。男子たちはそれを黙って傍観しているだけだ。
 トボトボと刈り上げ頭をさらし、廊下を歩いていく日向子先生の後ろ姿は、何とも物悲しい。
 落魄、という語が浮かぶ。

 この一挿話は21世紀の今現在、これを読んでいる貴方には、ありえない、作り事だ、嘘っぱちだ、と一笑されるだけかも知れない。
 しかし、これは、多少の主観が混じっているにせよ、厳然たる実話であって、確かにオレが見、聞きした「事件」である。とは言え、事実は小説より奇なりという諺があるが、まったくその通りで、オレも物語りつつも、この一件がまるで一場の淫夢のような心持ちになったりもする。だから、信じるも信じないも貴方の自由ですよ、というスタンスでいるのが、おそらくは正解なのだろう。
 ただ、どうもこうした「奇話」というのは、未だ開けぬ僻地の方が豊富に有していると思われる。
 この間、日向子先生の授業で、柳田国男の「遠野物語」が一部取り上げられた。面白かったので、読書の虫が騒ぎ、文庫本を買って、全部読んだ。その序文の一節、「之(これ)を語りて平地人を戦慄せしめよ」をパロって、この話をこう結ぼう。「之(これ)を語りて都会人を失笑せしめよ」。



(了)



    あとがき

 ついに、ついに、ついに、書けました! ずっと、ずっと、ずっと書きたくて仕方なかった本格的な「先生モノ」をお届けすることができました〜\(^o^)/ 少年時代、青年時代、密かに胸をときめかせていた学校の女先生のバッサリ(・・・ってほどのバッサリはさほどなかったですが)! 書きたくてしょうがなかったのですが、機が熟さず、と先送りにしてました。そして、「(ネタのない)今こそ!」と思い立ち書き出したのですが、なかなかうまくいかず、マニアックな方向に傾いたりもして、何度かリライトを重ねました。結果今回の形になりましたぁ〜! 結構気に入ってます♪♪  すでに9月初めには脱稿していたのですが、後続の小説を書き上げるまで、2ヶ月待機してもらい、今回発表させて頂きました(*^^*) これからも「女性教師モノ」書いていきたいです! 最後までお付き合い下さり真にありがとうございました(*^^*)



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