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イタズラっ子メルちゃん


 これはオイルショックの頃のお話です。
 メルちゃんは小学三年生。とってもイタズラっ子。毎日毎日イタズラばかり。パパもママも手を焼いています。
 学校やご近所から苦情が山のようにきて、ママはいつも「すみません」「申し訳ありません」「娘にはよく言い聞かせますので」と謝りっぱなし。
 けれど大事な一人娘なので、あまり強く叱れないでいます。
 それをいいことに、メルちゃんはイタズラや乱暴のし放題。

 今日も今日とて、公園で年下の男の子を遊具から突き落として泣かせたり、ご隠居さんが大切に育てている盆栽を塀越しに棒で揺すって、全部ひっくり返したり、男の子のズボンをずり下げて回ったり、壁のポスターに落書きしたり、犬猫を追い散らしたり、イモ畑を掘り返したり、アパートの表札を入れ替えたり、Aさん家の郵便受けの中に大きなガマカエルを入れたり、Bさん家の自転車のタイヤの空気を抜いたり、Cさん家の犬の首輪をはずして逃がしたり、と息つく間もなく、イタズラ、イタズラ、イタズラの嵐。
「えっへっへ〜」
とメルちゃん、ご満悦。みんなの困った顔が楽しい。みんなの怒った顔が面白い。さア、次は何をしようか。心もはずむ。胸もはずむ。
「メルちゃん、今日はちょっとやり過ぎじゃないの?」
と子分の珍平は心配顔で言うけれど、お転婆娘は馬耳東風。
「意気地がないわね〜、この弱虫。じゃあ、珍平だけ帰りなよ」
「あ、待ってよ〜、メルちゃん〜」
 いつしかメルちゃんはどこからくすねてきたのか、野球のバットを振りかざしています。今度はどんなイタズラを思いついたのでしょう。
 しかし、イタズラは未遂に終わりました。
「コラッ!」
 メルちゃんの腕を誰かが、むんず、と掴みます。
 ママでした。
「昨日あれほど注意したのに! 今日という今日はもう許さないわよ!」
 ママはカンカンに怒っています。鬼のような顔です。こんなおっかない顔のママを見たのは初めてです。
 ママの手にはメタリックな光沢を放つ手動式のバリカンが、しっかりと握られています。メルちゃんのパパを散髪するときに使っているバリカンです。腕には、これもパパの散髪に使うケープが携えられています。
「!!」
 メルちゃんは、これからママがやろうとしていることに気づき、真っ青になりました。
「ママ! ごめんなさい!」
 あわてて謝りましたが、
「ダメよ」
 ママは許してくれません。
「今日こそはアナタの心を入れ替えさせなくっちゃ」
と無理やりにメルちゃんを引きずっていきます。メルちゃんは、すぐそばの空き地に連れていかれました。男の子たちが野球をしたり、ガキ大将がリサイタルを開いたりしている空き地です。
 メルちゃんは懸命にママの手をふりほどこうとしました。でも、柔道黒帯のママの力にはとても敵いません。グイグイと引っ張られていくばかりです。
 とうとう、空き地に鎮座ましましている土管の上に座らされました。
「ママ! ママ! ごめんなさい! ごめんなさい!」
 そう言ってジタバタと暴れるメルちゃんの首に、ママはケープを巻き付けました。散髪の準備は整いました。
「ママ、許してぇ〜!!」
「ダメ! 頭を坊主にして反省しなさい!」
 取りつく島もなく、ママは怖い顔で言い渡しました。
「そうして、明日から山寺に行って、そこの小僧さんになって、半年、お坊さんの修行をさせてもらってきなさい」
「ええっ!」
 メルちゃんはテルテル坊主の状態で、腰を抜かしそうになりました。いきなりのことで、頭の中がパニックになって、言葉もありません。冗談や脅しかも知れないとすら思いました。しかし、ママは怖い顔のままで、
「お寺にはさっきアナタを預かってくれるよう、電話で頼んでおいたからね」
 イエスもノーもありません。
「ママ、許してぇ!」
 ようやく声が出ました。
「メル、これから良い子になるから! イタズラなんて二度としないから! だから許してぇ!」
「そうやって、いつも約束して、いつも破ってきたでしょ! もう騙されないわよ!」
 ママは鼻息も荒く、怒り心頭。メルちゃんのツインテールに結わえた自慢の髪を刈る気満々です。こうなっては、
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」
 メルちゃんは九官鳥のように、ごめんなさい、を繰り返すばかりです。
 メルちゃんは坊主になるのも、お寺の小僧さんになるのも、死ぬほど嫌がっていますが、ママは完全にヒステリーを状態になっていて、容赦することなく、メルちゃんの長い前髪をかきわけ、おでこのド真ん中に、バリカンをズズズと入れてしまいました。
 いよいよ断髪のスタートです。
 カチャカチャと音立てて、バリカンはメルちゃんの前髪を切り裂きました。
「きゃあ!」
 バサリ。
 やや茶色がかった髪が束になって、ケープに落ちこぼれました。
 メルちゃんのおでこからツムジにかけて、一本の青白い小道ができました。
 ママはさらに勢いづき、その小道の隣にバリカンを差し込みます。
 カチャカチャカチャ
 バサバサバサ
 カチャカチャカチャ
 バサバサバサ
 バリカンが頭を縦断して、刈られた髪がスコールのように、激しくケープや地面を叩きます。
「ごめんなさい・・・ママ〜、ごめんなさい」
 メルちゃんは泣きベソをかきました。いつもの強気なメルちゃんはどこへやら、すっかりうち萎れています。
 場所が場所なので、人がたくさん集まってきます。
 みんな、前髪をゴッソリと坊主に刈られて両側の髪がツインテールというメルちゃんのヘンテコリンなヘアースタイルに口をあんぐりさせるばかりです。
「ちょっと、等々力さん、一体全体どうしちゃったのよ?!」
「いくらイタズラが過ぎるからって、女の子を坊主刈りにするなんて」
「やりすぎよ〜」
とご近所のおばさん達が口々にママを諫めるけれど、ここまで切ってしまっては、もう手遅れです。
 メルちゃんにしょっちゅうイタズラの被害を受けているご隠居さんも、とりなし顔で、
「奥さん、こいつはいけねえよ。メル公だって女の子だ。昔から“髪は女の命”って言うじゃないか」
と言いますが、ママは聞く耳を持ちません。
「いいんです。これくらいの荒療治でもしないことには、メルは悪い大人になって、もしかしたら警察の御厄介になることだってあるかも知れませんから。この子のためなんです」
とバリカンを動かし続けます。
「ママのバカァ〜」
という娘の恨み言にも、
「お黙り」
と断髪の手を休めません。
 珍平が触れ回ったせいで、悪ガキたちも駆けつけます。あのメルちゃんが丸坊主にされるのを一目見たい、と息せき切って、空き地になだれこんできました。
 そして、ツインテールを残して坊主頭に刈られているメルちゃんを見て、一同大笑い。みんな、これまでメルちゃんに散々イジメられてきた子ばかりなので、ここぞとばかりに囃したてます。
「メルがハゲになるぞぉ〜」
「この男女〜」
「うわっ、頭がまぶしい」
「メル、泣いてるし」
「だっせぇな」
 男の子たちにこんな姿を見られて、笑われて、からかわれて、メルちゃんは恥ずかしさと悲しみでいっぱい。ポロポロと大粒の涙が、真っ赤な頬を伝います。
「うう・・・うう・・・ゲホッ、ゲホッ」
 嗚咽しすぎて、咳きこんでしまいました。
 ママはギャラリーをよそに、せっせとメルちゃんの髪をバリカンで押しのけていきます。
 カチャカチャカチャ
 バサバサバサ
 カチャカチャカチャ
 バサバサバサ
 ツインテールの部分にもバリカンは突入していきます。
 まずは左。
 カチャカチャカチャ
 ゆっくりと髪が持ち上がります。とうとうヘアゴムごと、ツインテールの形を残したまま、左の髪が刈りとられました。
 バサッ!
 地面に落っこちた大きな髪のかたまりが、微かに砂塵を巻きあげます。
 続いて右のツインテールにも、バリカンは襲いかかります。
 カチャカチャカチャ
 カチャカチャカチャ
 バリカンが長い髪に食い込みすぎて、
「痛いよぉ・・・痛いよぉ・・・」
 メルちゃんは堪えきれず、人目もはばからず、おいおい泣き出してしまいました。
 そんなメルちゃんを見て、男の子たちはゲラゲラ笑いました。大いに溜飲を下げた様子でした。
 残酷な笑いの中、右のツインテール部分も刈り落とされました。
 カチャカチャカチャ
 カチャカチャカチャ
 バサリ!
 メルちゃんの頭は真ん丸になりました。
 ママはトラ刈り坊主をクリクリ坊主にするため、まだまだバリカンをふるいます。
 チョボチョボ残った髪に、バリカンをあて、
 カチャカチャカチャ
 カチャカチャカチャ
 カチャカチャカチャ
と走らせます。
 パサッ、パサッ
 ハサッ、パサッ
とわずかばかりの髪の毛が、首の周りに積もっていきます。髪の毛の中にはうっかり屋さんもいて、ケープをそれて、襟の隙間に入ってしまい、首筋がチクチクします。
 カチャカチャカチャ
 うなじ、耳の裏側、頭のてっぺん、とバリカンは駆け回ります。
 カチャカチャカチャ
 パサッ、パサッ
 カチャカチャカチャ
 パサッ、パサッ
 とうとう、メルちゃんの頭はクリクリの丸坊主になってしまいました。
 頭は嘘みたいに軽く、嘘みたいに涼しいです。
 ママは、怒りも一段落したようで、
「どうもお見苦しいところをお見せしてしまいまして、申し訳ありません」
と集まった人々に頭を下げてまわり、刈った髪の毛を集め、ゴミ袋に詰めていました。
 メルちゃんはおそるおそる頭に手をやってみました。そして、さすってみました。ジョリジョリします。
 みんな、余りの出来事に、改めてあっけにとられ、いつしか、しーん、と黙りこんでいました。
 かろうじて、悪ガキの一人が、
「一休さんみてー」
と小さな声でひやかしましたが、誰も笑いません。空気が凍る、とはまさにこのことでしょう。
 メルちゃんは今はもう涙も乾き、自分の頭をさすりさすりしています。
 ―― 一休さんか・・・
と男の子のひやかし言葉を胸の内、拾いあげ、反芻しました。そう、明日からは山寺で、一休さんのような小僧生活が始まるのです。きっと厳しい生活なのでしょう。想像すればするほど、恐ろしくなります。
 騒ぎを聞きつけた女の子たちも、ゾロゾロやって来ました。
 女の子たちは坊主になったメルちゃんに驚いて、目をパチクリ、
「メルちゃん、どうしたの?!」
「なんで?!」
「かわいそう!」
「でも、カワイイ!」
と、口々に言い、キャアキャアはしゃいでいました。中の一人が、
「ねえねえ、メルちゃん、頭触らせて」
と返事も聞かずに、メルちゃんの頭をなでてきました。
 そのお陰で、凍りついた空気もほぐれ、他の女の子たちもオバサンも悪ガキもご隠居さんも、堰を切ったように先を争って、メルちゃんの頭をなでまわしました。
 メルちゃんはションボリと頭をなでさせていました。

 次の日、メルちゃんはママに連れられ、山寺にのぼりました。
 最後の抵抗のつもりもあって、山寺までは白い麦わら帽子を深くかぶっていきました。けれど、その麦わら帽子もお寺に着くなり、脱がされました。
 こうして、山寺での小僧さん生活が始まりました。
 上は白衣、下は黒袴という一休さんみたいな小僧ルックで、修行修行の毎日。草むしりや雑巾がけから、習字、裁縫、洗濯、水汲み、焚き木拾い、お経の稽古、炊事の手伝い、野良仕事、座禅、写経、水行、仏教の勉強など、やることは山ほどあります。同時に麓の小学校に通います。忙しくて目が回りそうな毎日です。
 テレビもマンガもありません。お肉やお魚も食べられません。
 ドジをしたら叱られます。ズルをしても叱られます。時々ポカリとやられることだってあります。
 メルちゃんは最初の頃は、辛くて辛くて、怖くて怖くて、寂しくて寂しくて、毎晩布団の中で泣いていました。
 山寺の小僧さんはメルちゃんの他に、もう一人いるだけです。
 ユーシン君という小僧さんです。
 ユーシン君はメルちゃんより一つ年上で、りりしい顔立ちのしっかり者。家がお寺なので、将来立派なお坊さんになる勉強のため、幼いうちからこの山寺で修行を重ねているのだそうです。
 ユーシン君は心優しい少年でした。
 メルちゃんが困っていたら、いつも助けてくれます。失敗したら、かばってくれます。色々なことを教えてくれます。
 時折、どこからか上手い具合にお菓子を手に入れてきて、メルちゃんに食べさせてあげます。自分は食べません。おいしそうにお菓子をほおばるメルちゃんを嬉しそうに見ています。
 家が恋しくて泣いているメルちゃんを、
「元気出せ。僕が守ってやるから」
と励ましてくれます。頼もしい男の子です。
 そんなユーシン君を一人っ子のメルちゃんは、実のお兄ちゃんのように慕います。仲睦まじい二人に、山寺のお坊さんたちもついつい笑顔がこぼれます。
 山寺にいる間、メルちゃんは坊主頭を保たなくてはなりません。
 メルちゃんはユーシン君に頭を剃ってもらいたがります。
 ユーシン君は、はじめのうちは、
「僕、他人の頭を剃るの下手だから」
と戸惑い気味でした。
 でも、
「いいの! メルは、ユーシンお兄ちゃんに頭剃ってもらうの! お願い、ユーシンお兄ちゃん」
とメルちゃんは、せがんで、せがんで、いつしかユーシン君はめでたくメルちゃんの「散髪係」になりました。
 今ではユーシン君の方が積極的で、
「メル、ちょっと髪伸びてるな。剃ってやるから、あそこに座りな」
と陽当たりの良い縁側にメルちゃんを座らせて、安全カミソリで、ゾリゾリ剃ってあげています。
 メルちゃんは喜んで目を輝かせ、ユーシン君に頭を任せきっています。
 ゾリゾリ、というカミソリの感触がとても心地良いです。思わずトロンとなります。
 ユーシン君はすっかり剃髪の腕をあげています。
 ゾリゾリ、ゾリゾリ
 ゾリゾリ、ゾリゾリ
とメルちゃんの頭を見事に剃りあげていきます。
 青々とした頭に剃ってもらっている間、メルちゃんは夢見心地。近頃は、裸んぼの頭に触れるユーシン君の指や、首筋にあたるユーシン君の息の感触に、ドキドキします。甘酸っぱい気持ちになります。
 これが「恋」なんだと、メルちゃんが気づく日は、そう遠い未来でもないでしょう。



(了)



    あとがき

 最近めっきり増えた(ような気がする)強制断髪モノです。
 とは言え、実は元ネタは迫水が10歳くらいの頃落書き帳に描いていた絵物語が元ネタになっています。イタズラっ子のメルちゃんがお母さんの逆鱗に触れ、お仕置きに坊主にされてしまうというそれだけのお話なんですが(我がことながら業が深いな〜・汗)、それを膨らませて書きました。懲役七〇〇年最古のストーリーです。しかもヒロインもサイト史上最年少だ(゚Д゚;)
 女の子の頭を坊主にするのは児童虐待になるので、今作を御覧のお父さんお母さんがいらっしゃったら、けして真似をしないで下さい(しないって!)。
 結果的に、一年も、断髪小説から離れていて良かったと思います。かなりフレッシュな気持ちで創作できるので。今回もノリノリで書かせていただきました♪♪
 楽しんで下さればすごく嬉しいです(*^^*)
 お付き合い下さり、ただただ感謝感謝です〜♪♪




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