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「蓼食う虫」、まさかの続編


 さりげない短篇のヒロインだったため、お読みになられる方はもうお忘れかも知れない。
 君塚(旧姓・星野)美智子。
 友人で美容師の杉崎香苗の秘策もあって、八歳年下の素敵な男性とゴールインした幸運な女性である。

  この人です↓



 今日も今日とて、
「あなた、お弁当忘れてるわよ」
「あっ、いけね、ウッカリしてた。危うく美智子の旨い弁当を食べ損ねるところだったよ」
「うふふ、ドジねえ。ホラ、ネクタイが曲がってるわよ」
クイッ、クイッ
「ありがとう」
「ホント、世話が焼けるんだから」
「美智子、愛してるよ」
「アタシもよ、聡クン」
 チュッ、チュッ
 熱々である。
 かつての美智子は一応美人の部類に入る女性だったが、幸薄そうな印象を、会う人に与えた。
 オトナっぽいロングヘアーとオトナっぽいファッションで、キメていたが、それが空回っている感があった。
 しかし、杉崎香苗によって、半ば強引に「オバサン化」させられた結果――彼の胃袋を掴んだ料理の腕前もあり――マザコン気味の王子様と結ばれることができた。
 見た目は以前よりダサくなったけれど、「オバサン化」してからの美智子は生き生きしている。輝いている。明るくなった。魅力的だ。
 毎日が楽しい。毎日が幸せ。
 髪も月イチで香苗の店でカットしている。「オバサンショート」の維持に余念がない。
 シャキシャキ、シャキシャキ、
と伸びた分だけ散髪してもらいながら、
「君塚さん家の奥さん、夜の生活の方はどうなの?」
と香苗にひやかされ、
「ちょっとやめてよ〜」
と美智子はちょっと含羞んだ。
 回答の代わりに、
「できたわ」
「ん?」
「昨日ね、産婦人科に行ってきたの」
とお腹に手をあてる。
「え? え? 美智子、もしかして――」
「二ヶ月ですって」
「おめでとう〜!!」
 香苗は驚きつつも、親友を祝福した。
 そして、
「美智子もいよいよママになるのか」
 男運がない、と酒場で嘆いていた頃の美智子を思い返しては、感慨深くひとりごちていた。
「香苗のお陰よ」
 美智子はお礼を言う。
「この髪型――」
と切り終えたショートヘアーに手をやって、
「開運のヘアースタイルだわ」
とニッコリ。
「“髪を切って開運”って本、最近評判になってるみたいね」
「『断髪力』って本ね」
「そうそう、あの本読んで髪を切りに来るお客さん、この頃多いのよね」
「確かに“断髪力”ってあると思う」
「美智子がそう言うと、説得力あるわねぇ」
 身を以って証明してるものね、と香苗はうなずく。
 一度、
「昔みたいにロングに戻そうかしら」
と髪を伸ばしかけたら、何故かよくないことが立て続けに起きた。そのときは髪型との因果関係など考えもしなかったが、聡の、
「オレは短い髪の美智子の方が好きだな」
の一言で、すぐにまたショートに切ったらば、凶事はピタリと止んだ。ふたたび運気は上昇。そして、懐妊。
 そんなこともあり、夫は妻の髪を切らせたがる。
 昨夜もベッドの中で、
「美智子、髪伸びたんじゃないか? そろそろ美容院行けよ」
と勧められ、美智子は香苗の店に予約の電話を入れたという。
「いいわねぇ、ウチの旦那なんてアタシが髪を切ろうが切るまいが、まるっきり無関心よ」
「香苗がコロコロ髪型を変えすぎなんじゃないの」
「そりゃ美容師だもの、髪型に対するチャレンジ精神は人一倍あるわ」
「確かにそうね」
「ウフフフ」
「また来月もカット頼むわね」
「歓迎するわよ」
と香苗は微笑して、
「丈夫な赤ちゃん、産めるように、身体には気をつけてね」
「ありがとう」
 美智子も微笑んだ。
「今度はもっと短くしようかしら」
なんて言いながら。

 しかし、その翌月、美智子は店に来なかった。
 ――何かあったのかな?
と香苗は気にはなったが、日々の忙しさにかまけて、連絡をとらずにいた。
 翌々月の終わり頃、美智子はようやく店に姿を見せた。髪もだいぶ伸びていた。
「あら、久しぶりね」
 香苗は営業用ではない満面の笑みで、親友を迎え入れた。
「結構伸びたわね、髪」
「ちょっとストライキしててね」
「ストライキ?」
 美智子はしばらく来店しなかった理由を明かした。
 マイホーム購入のことで、夫婦の間で、イサカイがあったという。
 それで美智子は夫に抗議して、お弁当作りも美容院通いもやめていたそうだ。
 この妻の反乱に、聡は大いに困り果て、惚れた弱みもあり、最後には、
「弁当作ってくれ! 散髪してくれ!」
と泣きついたそうである。
 「断髪力」が働いたのかどうかは謎だが、ヘアーカットをボイコットしていたら、
「また悪いことが続いちゃってね」
 「断髪力」の悪作用がお腹の子にも及んだら大変だ。それに美智子だって聡を愛している。聡との愛の結晶を、無事、この世に送り出してあげたい。
 二人は話し合い、互いに折れるところは折れ、和解したという。
「雨降って地固まるで、前よりラブラブよ♪」
 ノロケる美智子に、
「あら、ごちそうさま」
 香苗は首をすくめてみせた。
「今日はどうする?」
「ん〜、とにかくこの時期、暑くて暑くてかなわないわ」
 美智子はうるさそうに、ワシャワシャと髪をかきまぜる。もはや、短い髪じゃないと生理的にダメになっているようだ。
「いっそ丸刈りにしてもらおうかしら」
「丸刈り?!」
目を剥く香苗に、
「冗談よ」
と美智子はペロリと舌を出して、
「でも――」
と鏡とにらめっこして、
「ギリギリまで短く切ってもらおうかな」
「いいの? 聡さん的にNGじゃないの?」
 香苗は心配して訊いた。
「あの人は短ければ短いほど喜ぶトコあるわ。それに運気もアップさせたいし、産まれてくる赤ちゃんのためにも」
「そう?」
 女性用のヘアカタログでは、美智子の求める髪型はなく、メンズのヘアカタログで探す。
 で、
「こんなふうにして」
と美智子がオーダーしたのは、腕白小僧顔負けのクルーカット。
「ほとんどスポーツ刈りじゃないの!」
 香苗はビックリする。長い付き合いだが、こんなにも美智子に気圧されたことはない。
「イヤよ、美智子の髪にバリカンあてるなんて」
「そういう友情もあるわ」
「ないない」
 じっくり話し合って、長めのスポーツ刈りほどにカットすることに決まった。
 シャキシャキ、
 シャキシャキ、
とハサミが鳴り、美智子の伸びた髪を啄ばんでいく。
 トップの髪をブロックして、右サイド、左サイド、と髪が梳かれ、断たれていった。
 シャキシャキ、
 シャキシャキ
 パサッ、パサッ、バサッ
 切り髪がケープ越し、美智子の身体を叩く。
 美智子は、
「一度思いっきり短くしてみたかったのよねぇ」
とハサミの感触を楽しむかのように、目を細めている。ジャキッ、ジャキッ――
 バラバラと切られた髪が、カット台を取り囲むが如く、床に散っている。
 襟足については、
「刈り上げちゃって」
という美智子と、
「長めにとろうよ」
という香苗の間で、意見の対立があったが、結局、美智子の言い分が通り、
「ホント刈っちゃうわよ」
と香苗は渋々、使い慣れないバリカンを持ち出すと、親友のうなじにあて、
 ジ〜〜〜
 ジ〜〜
 ジ〜〜〜〜〜〜
と刈り込んだ。
「まさか、美智子の髪にバリカン入れる日が来るとはね」
 タワシみたいになった襟足をタメツスガメツして、
 ――やれやれ
と苦笑する。
 髪が長かった頃はカットしてあげるたび、
「ああ、そんなに切らないで! 毛先を2センチ、いや、1センチ切るだけでいいから」
とまるっきり意気地がなかった美智子なのに、今では、
「気持ちいい! 爽快だわ」
と、初めてのバリカン体験に満足そうに、顔をほころばせている。
「髪なんて短い方がラクでいいわ」
とかオバサンじみたこと言ってるし、
「毛先遊ばせてみる?」
との香苗の配慮にも、
「いや、やめとくわ。なるべくオバチャンぽくして」
「長いこと美容師やってるけど、“オバチャンぽく”なんて注文は初めてだわ」
 香苗は肩をすくめる。
「マザコンを夫に持つ妻の苦労を知りなさい」
「それって、なんかノロケられてるような気がするんだけど」
「あら、そう? ウフフ」
「うふふふ」
 親友同士、阿吽の呼吸で含み笑う。
 耳はモロ出し、額も大きく覗く。
 美智子の髪は時間をかけ、男性のように、短く、超が付くほど短く刈り詰められた。来店時の半分以下の量の髪になった。
「いるわ〜、こんなオバチャン」
と香苗は自作について、そんなコメントを口にする。
 作品側も、
「商店街、ママチャリで走り回ったり、ママさんバレーのチームでキャプテンしてたりね」
と便乗しておどける。
「まあ、せいぜい“チャーミングなオバチャン”を目指すわよ」
 スッキリと刈りあがった頭を心地良さげに撫で、美智子は宣言する。
「なれるわよ、可愛いオバチャンに。ていうか、もうなってるわ」
「そう?」
「ええ」
「嬉しいわ♪」
 以前は子供とかに「オバチャン」って呼ばれて、落ち込んでいたのに。人間変われば変わるものだ。切った髪を片付けながら、やっぱり思う。
「香苗」
「なに?」
「いつもありがとう。香苗のお陰でアタシ、今幸せよ」
「あらあら」
 香苗はくすぐったく笑う。
「じゃあ、お礼に、赤ちゃんが産まれたら、抱っこさせてもらおうかなぁ」
「香苗になら誰をおいても、真っ先に抱っこさせてあげるわ」
と美智子はふくらんできたお腹を撫でおろし、香苗に微笑を向ける。
 そこへ、
「あれ、美智子さん?!」
 来店してきた客が目を丸くしている。客の名は磯野(旧姓・春名)朋子、いつも香苗に髪をカットしてもらっている娘だ。
「随分サッパリしちゃいましたね〜。最初誰かと思いましたよ〜」
 超短髪になった美智子をしげしげと仰ぎ、感嘆している。
「朋子チャンこそ、ショート似合ってるわよ」
と美智子。
「エヘヘ」
 朋子はショートヘアー好みの彼氏と結婚して、長かった髪を香苗に、バッサリと切ってもらったばかりだ。
「あ〜、アタシも早く赤ちゃん欲しいなあ」
なんて言って、美智子にしなだれかかっている。
「大丈夫よ、まだ若いんだし、今はご主人と甘い新婚生活を楽しみなさいな」
「アイツってばこの間、アタシの誕生日忘れてたんですよ」
 信じらんない、と朋子はここぞとばかりに、夫への憤懣を口にする。
「男なんて、そんなもんよ」
と香苗は「先輩」として、アドバイス。
「まあ、一応、あわててプレゼントは買ってましたけどね」
 朋子の家も、なんだかんだで、それなりにうまくはいってるらしい。
「アタシも美智子さんくらいに切ろっかなぁ。哲ちゃん喜びそうだし」
などとのたまっているし。
「間宮ミサ子の本にも、髪を短く切って開運ってあったし」
「ああ、『断髪力』、朋チャンも読んだんだ」
「ええ、まあ」
「いいじゃないの。切っちゃえ切っちゃえ、アタシくらい、うんと短く」
と煽ってくる美智子に、
「ごめんなさい(汗)やっぱり、さすがにスポ刈りにする度胸はありません」
「スポーツ刈りじゃなくてベリーショートよ」
と言い張る美智子に、朋子も香苗も思わず噴き出す。
「じゃあ、ご主人と仲良くね」
「美智子さんも元気な赤ちゃん、産んで下さいね」
 朋子はシャンプー台に座り、美智子は店をあとにする。

 朋子がカットを終えて帰ると、店には香苗だけが残った。
 スマホを取り出し、プッシュする。
「あっ、アナタ? アタシ、香苗。今大丈夫? え? 休憩中? なら良かったわ。今日は早く帰れるの? うん、うん、じゃあ、今夜は外で食事しましょうよ。たまにはいいじゃない。何よ? 気味が悪い? 失礼ね、おねだりなんかしないわよ。アタシはアタシでちゃんと収入があるんだし。え? ああ、そうね、こういうトコ可愛げがないかな、アタシ。ごめんなさいね。いいわよ、別に。なんでそっちが謝るのよ。ま、いいわ。で、何食べる? え? 中華? アタシはイタリアンがいいなぁ。ホラ、結婚前、よくデートしたあの店。アタシが予約しておくから、ねえ、いいでしょう? OK? ならキマリね。うん、うん、7時半に時計台の下で。楽しみ〜♪ え? 何かあったのかって? そりゃあ、アタシだってまだまだ“現役”だもの、夫と水入らずで過ごしたい日もあるわ。あら、ご挨拶ね、そんな下世話な冗談を飛ばすなら、もう知らないわよ。うむ、わかればよろしい(笑)じゃあ、7時半にね。あ、そうそう、アナタ・・・愛してるわよ・・・。ん? 聞こえなかった? ならいいわ。二度は言わないわよ、うふふふ」





(了)



    あとがき

 「蓼食う虫」の続編です。ほんと、まさかの続編です(笑)
 元々、「蓼食う虫」のプロット(イラスト)の中に、美智子と夫君のラブラブな新婚生活や「オバサンショート」の維持のため「散髪」(そう、「ヘアーカット」ではなく「散髪」です)する美智子の描写があり、心のどこかで、書きたいなあ、と思っていました。それが今回、実現できてとっても嬉しいです♪
 短編のつもりで書いたら、中途半端な長さになってしまった(汗)でも、ハッピーなお話になって良かったです!
 今回アップした作品は婚約、結婚、新婚、など婚姻にまつわる話ばかりだ。。。何故??  まさか、自分の願望が入っているのか?!
 おかげさまで懲役七〇〇年も、開設8周年を迎えることができました。
 なんか時の流れが早く感じられ、実感がわきません。
 ここまでやってこれたのも、たくさんの方々のお陰、とただただ感謝しております。皆様、本当にありがとうございますm(_ _)m どうか今後とも懲役七〇〇年をよろしくお願いいたしますね♪♪




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