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上からバリ子


  <序>前置き

 私立八頭大学(はちかぶりだいがく・通称バチカブリ大)は某宗派が設立した仏教系の大学である。
 八頭大には宗門の僧職者養成機関としての面もあり、一部学生たち――大半は寺院の子弟である――が夏休みを利用して、修行生活を送り、僧侶の資格を得ることができる「研修」制度が設けられている。
 「研修」を受けるにあたっては、剃髪しなければならない。
 男子学生は勿論、女子学生も剃髪して「研修」に臨む。
 ほとんどの女子はこのとき初めて、バリカンという散髪器具のお世話になるわけで、この女子たちの「夏休み脱バリカン処女」は八頭大の夏の風物詩として、キャンパス内では知られている。
 この「研修」「夏休み脱バリカン処女」にまつわる悲喜こもごもについては、これまで何度も紹介してきた。
 しかし、今回のお話の舞台は、「冬の八頭大学」である。

 実は八頭大には、或る別宗派関連の学生たち――やはり寺の子弟がほとんどだ――も間借りするように在籍している。
 彼氏彼女も僧籍取得のため、「研修に似たもの」を主流派とは別に受ける。
 その「研修に似たもの」は、真冬に行われる。
 参加者は、やはり男女問わず、頭を丸める。「研修」とは違い、完全剃髪でなく、「2mm以下の丸刈り」が原則である。
 今年も何人かの女子学生が、酷寒の折、「バリカン処女」を卒業することになる。
 本稿では、その女子学生の一人、板倉万里子(いたくら・まりこ)にスポットをあてたい。


  <壱>断髪前(その1)

 万里子は憂鬱だった。
 カレンダーに目をやった。
 「研修に似たもの」まで、もう日がない。
 ――頭剃らなきゃなあ。
 髪に手をやり、ため息。
 万里子は黒髪のストレートロング、ワンレングスだった。
 本人は某女優を意識しているのだが、どうにもオタクっぽい。
 板倉万里子、19歳。蟹座のA型。根暗。妄想好き。彼氏イナイ歴=年齢、処女である。
 処女を卒業する前に、「バリカン処女」を捨てるのは、正直勘弁して欲しい。
 だから、彼氏をつくるべく、ギリギリまで頑張った。
 合コンに顔を出しまくったり、友人に頼み込んで男の子を紹介してもらったり、ネットで出会いを探し求めたり、八方手を尽くした。
 しかし、結果は散々。大して可愛くないのに、理想が高すぎるのが主な原因だ。
 うち萎れる万里子に、友人は、
「まあ、きれいな身体のまま、尼さんになるのも悪くないんじゃないかな。むしろそっちの方が仏サマの道に適ってるよ」
と慰めてくれたが、
 ――むぅ・・・他人事だと思って・・・。
 万里子は大いに不満だ。
 ――でも――
 一縷の希望が心中、ある。


  <弐>断髪前(その2)

 あれは、大学内で開かれた「研修に似たもの」の説明会でのことだ。
 女子参加者は皆、まだ有髪だった。伸ばした髪を思い思いに染めたり、パーマをあてたりしている。
 この面々が入行当日には、全員坊主頭でゾロリと再集結するのだ。さぞ壮観だろう。
 説明者のお坊さんは、しきりに行の厳しさを強調して、参加者を震え上がらせていた。単なる脅しではなく、実際かなり過酷なものらしい。
 万里子も他の学生同様、ブルーな気持ちになる。
「参加者は頭髪を2mm以下に刈ること。例外は認めません!」
と説明者が厳しい口調で、言い渡すと、女子学生たちは一様に、沈痛な面持ちで俯いていた。
 万里子もますます凹む。
 ――この髪ともオサラバか・・・。
 「研修に似たもの」が終われば、また髪を伸ばすつもりだが、この長さになるまでには、何年かかることやら。
 鬱勃たる気分で、チラと周囲を盗み見たら、少し離れた席に、一人の青年がいた。
 青年はすでに頭を丸めていた。
 キャンパスでは見かけない顔だ。
 「研修に似たもの」では、「一般枠」を設け、学外からの参加者も若干名、募っている。
 どうやら、青年は「一般枠」での参加らしい。
 と、それは置いといて、
 ――うわ〜!!
 万里子の目は青年に吸い寄せられる。
 ――もろタイプ!!
 モデル並みのルックス。長身。ややユニセックスな雰囲気。
 ――なんという「イケ坊」!!
 一瞬で恋に落ちてしまった。

 帰宅しても、あの青年僧の卵のことで、頭がいっぱい。
 ――あのイケ坊と・・・
 ひとつ屋根の下、寝起きを共にするのか、と思えば、モチベーションもあがる。
 「研修に似たもの」を受けて自信つけて、「修行仲間」としてあのイケ坊に猛アタックして、晴れて彼氏持ちに!
・・・という大雑把な未来予想図を念頭に、妄想を膨らませる。
 ・・・・・・・・・・・・
 可愛いよ、万里子。
 優しくしてね。
 チュッチュッ
 二人は坊主頭を振り立てて、愛の営みに夢中になる。
 あっ・・・ああっ・・・
 めくるめく快楽。
 幸福な気持ちで、万里子は彼に全てを委ねる。
 万里子、結婚しよう。一生大切にするから。
 嬉しい。
 ・・・・・・・・・・・・
 ――くふふ・・・。
 妄想は果てない。
 万里子は髪に手をあてる。
 ――早いトコ、バリっちゃおうかなぁ。ムフフ、坊主上等!
などと、断髪にさえ前向きになる。


  <参>断髪前(その3)

 しかし、妄想を担保にしたポジティブシンキングは、そう長くは続かない。
 「研修に似たもの」が近づくにつれ、気が滅入りっぱなしだ。
「坊主はイヤですねぇ〜」
と先輩(♀)に泣き言を漏らすと、
「何言ってんの」
と一笑に付された。
「ウチらも辛かったけど、バサッといったんだからね」
「そうそう、誰もが通る道だよ」
「ボーズになってみれば、結構楽チンだしさ」
「板倉も覚悟決めて、バリっちゃえ」
「板倉のボウズ、チョー楽しみにしてるからね」
とハッパをかけられまくった。
「どうせ、坊主にしても泣く男もいないんでしょ」
と失礼千万な発言まで飛び出す始末。悔しいが事実だ。


  <肆>幕間(その1)

 そんな万里子に密かに熱い視線を注いでいる者がいた。
 三橋(みつはし)という男子学生だ。
 彼は在家の出身だったが、仏の道を志し、八頭大に入学した。今年、「研修に似たもの」に臨む。
 信仰心厚い三橋だったが、いや、今でも信仰心は厚いのだが、キャンパスのチャラけた雰囲気に、ちょっと染まった。
 そして、女子学生の「夏休み脱バリカン処女」に大いなる衝撃を受けた。
 なにせ、この間まで、
「単位、チョーヤバいかも」
「アタシ、その曲、ダウンロードしたよ」
「マジうけるぅ〜」
「キモい! キモい〜!」
「三橋、ノート見せてくんない?」
と言っていた女の子たちが長い髪を剃って、クリクリ頭の尼さんになるのだ。
 そうした彼女らの変身に、三橋は性的な興奮をおぼえた。断髪フェティシズムの芽生え。
 知り合いの女の子がバリカンで髪を落とすさまを想像し、しばしば自らを慰める。
 学内で「研修に似たもの」を受ける女子がヒソヒソと、
「ねえ、髪どこで切る?」
「アタシは家でやってもらう。バリカンも買ってあるしね」
「ああ、もうすぐアイ○ニック状態だよ〜」
「いや、あれよりもっと短いって」
「チョー萎えるよね」
「いきなりボウズにしたら、風邪ひきそう」
「早めにやっちゃった方がいいかもね」
と交わす会話に聞き耳を立てては、昂ぶっていた。
 なかんずく、女の子の中でも一番髪の長い万里子に向けられる欲望は、陰にこもったものであるだけに、より狂おしく、よりディープだ。
 万里子が先輩連に断髪をせっつかれたり、友人に、
「一ヵ月後にはクリクリ坊主だよ〜
「頭の形が良ければいいんだけど
「やっぱウィッグ買おうかなぁ
「そろそろバリらないとヤバいかも」
と話しているのに、耳をそばだて、
 ――ロン毛チャンもいよいよ丸坊主か。
 Xデーの到来が待ち遠しい。
 万里子と一緒の講義のとき、さりげなく彼女の後ろに座る。万里子の背を覆う長い髪を凝視する。匂いを嗅ぐ。
 ――この髪にバリカンが入るのか。
 想像はとめどない。
 平凡な容姿の万里子の唯一ともいえるセールスポイント、その髪を失うのはさぞ辛かろう。断髪に腰がひけている万里子の胸中は察するに余りある。が、万里子が坊主を嫌がれば嫌がるほど、三橋は萌えるのだった。


  <伍>断髪準備(その1)

 そんな邪まな視線に気づくことなく、万里子は迫りくる「研修に似たもの」の準備に大わらわだ。
 荷物をつくる。身辺を整理する。お経や所作の練習をする。
 そして、バリカンとの夢の(悪夢の)コラボレーションも済ませなければならない。
 家族は「髪を切れ」とは一切言わない。
 万里子の女心を慮ってのことではない。単純に能天気なだけだ。まあ、言わなくても万里子が自分でなんとかするだろう、とタカをくくっている様子だ。
 元々実家の寺院は万里子の兄が継ぐ予定だ。万里子が尼になることを、家族は特に望んではいない。
 「入試が楽ならどこでもいいや」というノリで八頭大に進学し、そこで知り合った尼僧志望の寺娘たちの口車に乗せられ、「研修に似たもの」への参加を決めた万里子に対し、家族は、「お前がやりたいのならば、やればいい」的なスタンスでいる。
 ゆえに万里子は自主的に、すべきことをせねばならない。
 床屋にも自分で予約を入れなくてはならぬ。
 リミットが近づいていきている。
 知り合いの女子学生たちも次々と頭を丸めている。
 ――アタシも腹括んなきゃ。
 万里子は焦る。
 人生最大の勇気をふりしぼる必要に迫られる。
 どこの床屋にしようか。
 考えに考えた末、自宅から少し離れたところにある

 ヘアーサロン Heaven

という店に決めた。
 決め手は割とモダンな店構えと、それに理髪師が女性だということだ。
 男の床屋に刈られるのには、どうにも抵抗がある。
 女性の理髪師さんの方が、比較的気安く頭を預けられる(あくまで「比較的」だ)。
 スマホで店の電話番号を調べた。
 それでも、なかなかTELできず、
「ぐっ・・ぬぬ・・・うっ・・・」
 万里子は畳に突っ伏し、直訴状を差し出す農民のように、スマホを握った手を、頭上高くプルプルと震わせていた。
 ――かけられない・・・かけられないよォ〜!!
 しかし、いつまでも現実から逃げているわけにはいかない。
 ――よし!
 度胸を据え、15回目のプッシュ。
 ――2・・・4・・・6・・・
 指がふるえる。
 ――7!
 プッと親指が最後のボタンを押した。
 トゥルルル、トゥルルル
 ――かかっちゃったよ!
 通話を切ろうとする指を、最大級の根性で押しとどめる。
 六回目のコールで、
「いつもありがとうございます、ヘアーサロンHeavenです」
という女性の声。
 ――うわっ、出ちゃったよっ!
と狼狽するも、なんとか心を静め、
「す、すいません、あの・・・カ、カットをお願いしたいんですけど」
 どもりつつも、言えた。
「カットですね」
と女性の声は確認し、
「お時間はいつがよろしいですか?」
と訊いてきた。
「あの・・・さ、3時でお願いします」
 現在、正午。万里子はとっさに、3時間の断髪猶予を自分に与えた。この判断が、後に万里子に思わぬ不運を呼び込むことになる。
「お名前よろしいですか?」
「板倉です」
「板倉様。はい、わかりました。3時にお待ちしております。お電話ありがとうございました」
 なんとか予約、完了。
 どっと疲れた。けれど、電話する前より気持ちは落ち着いた。今日の午後3時にヘアーサロンHeavenに行く、という具体的な行動目標が定まり、モヤモヤが解消された。あとは流れに身を任すのみ。
 ――ブッチするんじゃないよ。
と自分に言い聞かせる心の声がする。


  <陸>断髪準備(その2)

 3時間の有髪モラトリアムをひねり出した万里子は、自室で髪の「いじり納め」をした。
 長い髪をポニーテールやツインテールにしてみたり、思いっきりヘッドバンキングして振り乱してみたり、何度も何度も梳ったりして、別れを惜しんだ。
 感傷に浸っている間にも、時計の針は進んでいく。
 今度は三つ編みに編みながら、
 ――あと1時間半後には丸坊主・・・。
 坊主へのカウントダウンはすでに始まっている。
 ――イヤだよ〜!!
 三つ編みをほどくと、髪がウェーブして、鏡で見たら結構、似合っていて、
 ――ああ、こうなるんだったら、パーマあててみれば良かったなぁ。
 心残りが多すぎる。

 それでも、午後2:40には身支度をして、
「ちょっと頭刈りに行ってくるから」
と家族に言って、床屋にスクーターを飛ばした。
 びゅうびゅうと吹きつける向かい風が寒くて、こごえそうだ。こんな季節に坊主頭なんて、無茶にも程がある。


  <漆>ついに断髪

 ヘアーサロン・Heavenに到着するや、第一の想定外の災厄にブチ当たった。
 折悪しく近所の中学の下校時刻とバッティングしてしまったのだ。
 中学生たちがゾロゾロと家路に着いている。
 平静を装って、店に入ろうとするが、自意識過剰になって、ギクシャクしてしまう。
「おい、女が床屋に入っていくぞ」
と男子中学生が話しているのが聞こえる。
「スゲー髪長え」
「どんな髪型にするんだろ」
 ――うぅ〜。
 さらにキョドってしまう。
 店に入る。チャイムが鳴る。
「いらっしゃいませ」
 ユニフォームを着た女性理髪師が迎える。30歳くらい。すごい美人だ。キツめの顔立ちで、なんとなく意地悪そうな感じ。
 ――苦手なタイプかも・・・。
というのが万里子の抱いた第一印象。こういう予感って大抵当たる。
 万里子のネガティブな気持ちが相手にも伝わったのだろう、理髪師は無慈悲な表情になり、
「板倉さんですね? こちらへどうぞ」
 淡々とした事務的な態度で、万里子をカット台へと招いた。
 カット台に腰を沈める。
「今日はカットですね?」
 ケープをかぶせながら、女性理髪師が訊ねる。
「はい」
「どれくらい切ります?」
「あの・・・」
 万里子は少し言いよどんだ。初めての床屋や相性の悪そうな理髪師の出現に、気圧されている。けれど、気を取り直し、

2mmの丸刈りにして下さい」

 思い切ってオーダーした。
「丸刈り? 2mmの?」
 女性理髪師はちょっと驚いて聞き返してきた。
「はい」
「いいの?」
「はい、これから尼僧の修行に入るので、バ、バッサリやっちゃって、全然OKです」
 言いながらも、声がうわずってしまう。
「尼さんに? それなら仕方ないわね」
 女性理髪師は案外あっさり了承した。そして、カット台を足で操作して、グゥー、と上昇させた。
 身体が椅子ごと持ち上がり、
 ――うわ〜、いよいよだ〜!
 激しく緊張する。
 女性理髪師――壁にかけられた理容免許証で確認したら、「香坂治子」という名前らしい――はカット台の引き出しをあけて、業務用のバリカンをセットしはじめる。
 ――うはっ、バリカン!!
 覚悟はしていたが、いざ現物を目の当たりにすると、動揺してしまう。心臓がドキドキ鳴る。口の中が乾く。
 治子はバリカンのスイッチを入れた。
 ブイイイイィィン
というバリカンのモーター音に、万里子は思わず首をすくめた。寿命が縮む思いだ。
 だが、もはや、なりゆきに身を委ねるほかない。
「せっかく綺麗なロングヘアーなのにね〜。勿体ないわねえ」
と治子は言った。意地悪げなトーンだった。そして、やはり意地悪げな微笑を浮かべ、万里子の髪をいやらしく撫でた。
 万里子は生きた心地もなく、歯を食いしばっている。
「じゃあ、やっちゃうね」
 治子はそんな万里子の反応を楽しんでいるかのように声を弾ませ、額のど真ん中の髪の生え際に、躊躇なくバリカンをあてた。
 ジャッ
とバリカンの刃が髪を擦る音がした。
 ジャジャジャジャアァアアァアァ
 バリカンは一直線に、頭を通過した。万里子の髪は真っ二つに引き裂かれた。

「いや〜、いきなりど真ん中にバリカン入れられたときは、“あ〜、終わったなぁ〜”って思ったもんだよ」
と後に万里子は坊主頭を撫で撫で、後輩にこのときの気持ちを語ったものだ。

 ――うぅ〜・・・。
 万里子は恨めしげな表情で、鏡の向こうの逆モヒカンの自分を見据えている。
 バリカンがまた、額の生え際に入る。
 ジャジャジャアアァアアァァア
 二本目のラインが引かれる。
 二つのラインの狭間の髪が、三刈り目で覆された。
 ジャジャジャアアァアアアァアァ
 グアアッ、と髪が浮き上がり、バリカンの刃やボディを伝い、万里子の顔をなめながら滑り、ケープへ、バサリ。
 万里子は顔をしかめるばかり。
 ジャジャジャアアァァアア
とバリカンが走り、
 バサバサバサッ
と長い髪が垂れ落ちる。
 髪が剥かれに剥かれて、忽ち前頭部が2mmの丸刈りに詰められた。
 治子は残り髪を余さぬよう、丸刈り部分に何度もバリカンをあてる。
 続いて、サイドの髪にバリカンが入れられる。
 コメカミから後頭部へ向けて、
 ジャジャジャァアァア
 耳の上から後頭部へ向けて、
 ジャジャジャアァアア
 長い髪が雪崩落ち、あとには2mmの毛が残される。

「バリられながら、毛刈りされる羊みたいな気分だったよ」
と後に万里子は坊主頭を撫で撫で、後輩にこのときの心境を語ったものだ。

 いつもの美容室の場合なら、
「そこは、もっと自然な感じにしてもらえますか」
とあれこれ注文をつけられるのだが、床屋はアウェイ、しかも坊主頭も生まれて初めて、黙って大人しく刈られるしかない。ますます羊になったような気持ちに陥る。
 そのうえ、
 ――うはあぁ! 見られてるよォ!!
 入店時に遭遇したバカそうな男子中学生軍団が、ガラス越し、店内を――万里子が髪を刈られているさまを、覗きこんでいる。皆、好奇心丸出しで、ニヤニヤ笑っている。
 カッと頬が赤らむ。
 ――人の人生の一大事を見物してる暇があったら、部活でもしろ! 汗を流せ!
 中坊どもの中には、スマホをイジりながら、見物している者もいて、
 ――まさか、アタシのこと、ツイッターで実況してるとか?!
 見世物状態。恥ずかしくて居たたまれない。
 治子は彼らの存在に気づいているようだったが、特に対処することもなく、むしろ激しい羞恥をおぼえている万里子に、暗い喜びを感じている様子で、
「やっぱり尼さんは坊主よねえ」
とか、
「一休さんみたいになっていってるわよ」
とか、
「知り合いの人、皆、爆笑したりして」
とか、
「これからもずっと坊主頭でいなさいよ。アタシが刈ってあげるから」
とか言いたい放題。
 ――どこがHeavenよ! 生き地獄だよっ!
 バリカンによる侵食は、もう後頭部にまで及んでいる。
 ジャジャジャアアアァア
 髪が断末魔の悲鳴をあげ、
 バッ、バッ
と勢いよく跳ね、飛ぶ。
 一回刈ったところも、念入りに二度三度とバリカンをあてられる。
 頭はみるみる2mmのシースルー状態になる。
 最後に左頭頂部にトサカのようにチョロリと残った髪が、刈られ、フィニッシュ!
 かくて、坊主完成!
 ――ひいいぃ! 誰、この子?!
 万里子は初めて見る自分の坊主姿に、ドン引きする。
「店に来たときとは、まるで別人みたいね」
 治子も薄ら笑いしながら、コメントする。
 ――でも・・・でも・・・
と思う。
 ――こうして勇気出してバリれた自分が、ちょっと誇らしいかも・・・。
 胸が熱くなる。
 某マラソン選手ではないが、自分で自分を褒めてあげたい。
 しかし、治子が床に散った髪を掃き集めながら、
「あ〜あ、こんなにいっぱいゴミ出ちゃったなあ」
と聞こえよがしに呟くと、またも激しい羞恥に襲われた。
「す、すみません」
 顔を真っ赤にして、つい謝ってしまった。
 「尼を目指すけなげな女の子」⇒「大量の廃棄物を出した人」と自己認識が変更される。
「こんなに髪切った人、開店以来初めてだよ〜。写メ撮っていい?」
と治子は返事も聞かず、掃き集めた髪の山をiPhoneで撮影した。アングルを変え、何度も。
 ――なんでかわからないけど、めっちゃ恥ずかしいよォ〜!!
 セミヌードでも撮られているような心持ちになる。
 しかも、
「この写メ、店のブログに載せさせてもらうわね」
と一方的に告げられた。
 ――ええ〜ッ?!
 すごく嫌だったが、どうにも苦手なタイプの治子を制止する気力も萎え、結局、彼女のやりたいようにやらせるしかなかった。
 剃刀でうなじをゾリゾリと剃ってもらい、シャンプー。
 料金は、
「1300円ね」
「安っ!」
と思わず叫んでしまった。
 たしかに料金表示を見たら、
 丸刈り 1300円
とある。
 ラッキー、と嬉しい反面、長年慈しんできた髪が安値で処分されたことに、釈然としない気持ちもあった。
「くっそ寒ぃ〜」
と超猫背で店を出る。男の子たちはとっくに逃げ去っている。


  <捌>幕間(その2)

 成田造園の玄サンは、この日、某寺の庭木の剪定をしていた。
 スクーターの音がした。
 ――娘さんのお帰りだな。
とすぐにわかった。1時間弱前に外出して、今戻ってきたらしい。
 ――平日だっていうのに、学生さんはお気楽でいいねえ。
とスクーターから降りる万里子を、梯子の上からチラと見下ろし、
 ――さて、俺もそろそろ仕事を終わらせ・・・あれ?
と二度見。なんだかいつもと違う。
 万里子がヘルメットを脱ぐ。
 ――ええ〜〜?!
 玄サン、危うく梯子から落ちそうになった。
 ヘルメットの中から現れたのは、野球部員顔負けの坊主頭。
 家を出るとき――1時間足らず前は人目をひく艶やかなロングヘアーだったのに、その百倍は人目をひくヘアスタイルに変貌を遂げていた。
 ――い、一体、この小一時間のあいだに、何があったんだ〜?!
 万里子は玄サンに気づくと、恥ずかしそうにほんのり頬を染め、ペコリと坊主頭をさげた。
 玄サンは口をあんぐり開けたまま、坊主頭の少女を見送るのみ。
 ――あんなに綺麗な髪を切ってしまうなんて・・・しかし・・・しかし・・・
 玄サン64歳、もはやお役御免と思い込んでいた息子が、勃ち起がっていることに、自身も戸惑っている。回春。
 ――尼さんプレイもいいかもなあ。
などとけしからぬことを考えて、たまらなく欲情したのだった。


  <玖>断髪後(その1)

 帰宅すると、弟(小学生)が、
「姉ちゃんがハゲになった〜!」
とゲラゲラ笑い転げていた。
 祖父母や両親や兄は、
「意外と似合う」
「坊主の方が可愛い」
と褒めた。
 そして、坊主頭の宿命。触られまくった(特に弟に)。
 キャンパスでもその宿命は持ち越される。
 有髪の友人や先輩たちが、
「触りたい」
「触らせて」
とうるさい。
「イヤだ」
と拒否していたが、あまりにしつこいので、
「ええい、もう! 触りやがれ〜」
と坊主頭を差し出しすや、皆、競い合うように手を伸ばし、万里子の頭を磨耗しそうなほど撫でさすった。そのうえ、万里子をもじって、

 「バリ子」

というアダ名までつけられた。


  <拾>断髪後(その2)

 それまで彼女なりにオシャレを楽しんできたバリ子、いや、万里子だったが、丸刈り頭になっては洋服は似合わない。
 頭を丸めた日の夜、風呂上り、作務衣(し○むらで買った特売品)に袖を通した。
 全体的に僧侶スタイルになった自分の姿を、脱衣所の鏡で見つめ、
 ――当分はオシャレできないや・・・。
 そう思うと、涙腺が緩んだ。初めて泣いた。
「うっ・・・ううっ・・・」
 ――こんなに・・・こんなになっちゃったよォ〜・・・
 涙がとめどなく流れた。
 しかし、夜も更ける頃には、れいのイケメン青年僧の妄想に耽る万里子だった。
 ――あのイケ坊と「研修に似たもの」で再会して――
 ・・・・・・・・・・・・
 フフフ、坊主頭になっても可愛いよ、万里子。
 え? 長い髪の頃のアタシを知ってるの?
 説明会のとき会ったじゃないか。
 アタシに気づいてたの?
 あのときからずっと君のことが好きだった。
 ウソ・・・両想いだったんだね。
 おいで、万里子。
 ダメよ、お互い修行中の身だもの。
 いいじゃないか。
 チュッチュッ
 グチュ、グチュ
 ああ!
 フフフ、こんなに濡れちゃって。
 やめて恥ずかしいよォ・・・。
 (自主規制)
 ・・・・・・・・・・・・
 妄想してニヤニヤする。


  <拾一>ふたたび断髪

 「研修に似たもの」前夜、万里子は父に頭を刈り直された。
「大丈夫だってば、お父さん」
と何度も言ったが、
「いや、まだ長い」
 父は承知せず、ホームバリカンを万里子の頭にあて、わずかに残った数mmの毛を、
 ジャリジャリ〜
 ジャリジャリジャ〜
と削ぎとってしまった。
 黒い短い毛がパラパラと、首に巻かれたタオルに落ち積もった。
 ――だったら、最初っからお父さんが切ってくれればよかったんだよ!
 青々とした五厘坊主にされた凸凹頭を、万里子は情けない気持ちで撫でている。
 しかし悲嘆に暮れている場合ではない。明日から「研修に似たもの」の日々が待ち受けているのだから。
 ――睡眠とっとかないと。
 不安と緊張で眠れそうにないけれど、でも、
 ――朝は来ちゃうんだもんね。
 そう、朝は来る。
 だから眠ろう。
 気持ちよく朝を迎えられるように。
 とりあえず、あの「イケ坊」で妄想でもしながら、床に着こう。



(了)



    あとがき

 また書いてしまった「黒髪ストレートロングのサエナイ女の子がバリカンでバッサリやられ尼さんに」物です。こういうバッサリが好きなんです!
 イラストを元に書きました。
 今回珍しく女性理髪師を登場させました。
 自分でも自覚なく、「床屋さん=男の人」という図式があるみたいで、自作に登場する理髪師は男の人ばかりだったんですが、「そういや、女性理髪師ってほとんど出ていないなあ」と今更気づき、書いてみました。ネチネチ系の女性です(笑)
 それにしてもここ数年、毎回書きながら、おぼえるこの既視感は何だ?!(←このコメントにもデジャブをおぼえる)自分の引き出しには限界がありますし(汗)、自分が好きなシチュエーションというのも、大体決まっているので、同じパターンになりがちです。マンネリにならないように、ちょっとずつちょっとずつ新しい趣向を取り入れている今日この頃でございます。
 タイトルは某アイドルグループの曲名のパロディです(笑) ファンの方、大目に見て下さいましm(_ _)m
 最後までお付き合い下さり、ありがとうございました♪♪



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