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フェルチェ姫殿下の脱ヒッキー、あるいは新聞王増田憂作の似非ジャーナリズム


    (2)姫君

 「姫殿下」はこの町にいる。
 現在の職業は「世捨て人」だそうだ。
 う〜む。変わった職種だな〜。お姫様業と両立できてるのかな?
 同窓会とかで「いま何やってんの?」と聞かれたら、やっぱり「世捨て人」と答えるのだろうか。そんでもって「無職とはまた違うのよ」とか「そうね〜、先輩の西行法師サンや鴨長明サンに比べれば、私なんか、まだまだよ〜」とか自慢げに語ったりするのだろうか。
 いや、そもそも「世捨て人」は同窓会に出席しないな、うん。自己解決。ストーリーを進行しよう。

 「姫殿下」は人生で二度、戦火を経験した。
 二度とも敗戦だった。
 六つのとき、戦災孤児となった。母星が滅亡したのだ。
「統一戦争」なるものがあって、勃興した覇者によって小惑星国家群が次々とせめほろぼされた。
「姫殿下」の母星もそうした滅亡国家のひとつだった。
 両親である国王夫妻は覇者に対して徹底抗戦を続けたが、勇戦むなしく、非業の最期を遂げた。「姫殿下」の一族は徹底的に粛清され、根絶やしにされた。ただひとりの例外を除いて。
 それが「姫殿下」だった。父王が惑星滅亡の直前、一人娘を救命用のカプセルに乗せ、脱出させたのだ。少女はコールドスリープの状態のまま、気の遠くなるように広い宇宙空間を、気の遠くなる時間、彷徨い、地球へと漂着した。
 そして、そこに偶然居合わせた資産家夫妻に拾われた。子供のなかった二人は、この宇宙から飛来した孤児を養女として、彼らの戸籍に入れた。
「姫殿下」は地球人の女の子として育てられ、地球人の女の子の名前で、地球人の学校に通った。よくある話だ。

 二度目の「戦争」は最近だった。
 この戦争は「姫殿下」が原因だった。「姫殿下」は積極的な当事者となり、扇動者となり、戦い、とうとう「戦犯」として処断された。
 彼女には文才があったらしい。十六歳にして数々の著作を世に問うた。支持者は日本全国にいた。
 しかし世間はこの才女に冷淡だった。どころか迫害を加えた。彼女の作品が帯びている反社会性が、安穏と市民生活を送っている大人たちにとって、看過できない脅威となったのである。才能があるのも大変だ。凡人として同情する。
 大人たちは彼女を陰に陽にイジメた。
 とりわけ彼女の在籍していた、「上級生が下級生にロザリオを渡し姉妹になる慣習」があるとかないとかいうウワサの名門女子校は、姫君にペンを折らせようと躍起になった。
 「姫殿下」は抵抗した。貴種の出ながら、なかなか気骨のある少女だったらしい。自らの言論の自由、表現の自由の為、体制側の圧力をはねのけ敢然と執筆をつづけた。
 ジャンヌ・ダルクのようだ、と、ある彼女の心酔者は語った。心酔者のほとんどは若者だった。彼らは姫君の戦列に参加した。文才だけでなくカリスマ性も備えた少女だったのだろう。
 戦いは一年余にも及んだ。
 彼らの敗北はあっけなかった。学校側が外科手術を断行したのだ。
 悪性の腫瘍は摘出せよ、とばかりに、大人世界は容赦なく「姫殿下」から学生の身分を剥奪した。
 あれだけいた支援者たちも、裁かるるジャンヌ・ダルクを見離した。
 彼女は失望した。厭世的になった。どうとう、実家の土地がある海辺の田舎町に逼塞した。来訪者を断り、沈黙した。敗亡と流転は彼女の宿命らしい。

 僕と増田君は、その「姫殿下」に謁を乞いにここまで来たのである。
 「亡国の宇宙王女」と「乗上野森高校のミスター筆誅」の邂逅。

 これは宇宙規模でヤバイかも知れない。

(つづく)


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