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フェルチェ姫殿下の脱ヒッキー、あるいは新聞王増田憂作の似非ジャーナリズム


    (1)路上で

 紫煙とスラッシュメタルサウンドの充満する世界のドアを開く。
 ガチャリ。
 次の瞬間、潮騒が聞こえて、海の匂い。
 腰をずらして、新しい世界に平行移動する。夕陽と海の裕次郎チックな世界に。
「よし! 着いたな」
 アドレナリンをガンガン分泌させ、車を降りる増田君(若本○夫に似た声)の後を、
「待ってよォ」
と子分肌丸出しで追ってみたりして、うん、やっぱり海っていい!
 ビーチボーイズの曲のタイトルが閃くように、脳裏に浮かんだ。

 素敵じゃないか

 海は現実を束の間、忘れさせてくれる。ヒャッホー!
「モタモタするな、1560」
「・・・ハイ」
 現実が熨斗つきで返却される。旅のお約束。現実逃避は三秒まで。増田君のイケズ・・・。
「海水浴には早いんじゃないの?」
 増田君の色仕掛け(?!)にひっかかったクーペの持ち主のオネーサンは残念そうだが、
「問題ない」
 とヒッチハイカーはもう「過去の女」には用はないらしく、振り向きもしない。
 あわてた僕(鈴木○尋に似た声)が
「ホントお世話になりました」
と二人分のお礼を言うも、グラサンを額にのせた金髪のオネーサンは、アンタはどうでもいいのよ、という顔で僕に一瞥をくれた。そして、
「平和な町でしょう?」
と媚びるふうに、増田君に同意を求める。
「そうですね」
 隣の色男が地図とにらめっこをはじめているため、再度、代返をかってでたが、やはり露骨に無視された。クソ〜、モテ度に格差がありすぎる。天は人の上に人をつくらず、なんて書斎人の欺瞞だ。増田君とオネーサンと僕の三者間で、シカトのバミューダトライアングルが渦を巻いている。
「今夜、暇?」
 うわ〜、このヒト、増田君を食おうとしてるよ。やめといた方がいい、ホントに。老婆心ながら、忠告しておこうか。食中毒どころじゃ済まないですよ〜。良い子はゼッタイ真似しないでね、お嫁にいけなくなるから。
「こんな田舎だけどさ、最近ディスコできたんだよ。マジでジュリアナみたいなの。踊ろーよ」
「いやだ」
「いいジャン」
 待ってるヨ、とオネーサンは走り去った。
「”待ってる”、か」
 増田君は地図から顔をあげ、
「この町の連中は年中、何かしら待ちながら暮らしてるんだろうな」
 受動態の町だ、覇気が感じられない、好きになれん、ダイドーのコーヒーが売ってないぞ、コロッケが食いたいな、と矢継ぎ早にまくしたてる。
「女は他所から来る若い男を待って、役所の連中は終業チャイムを待って、ガキは町を出て行ける年齢になるのを待って、年寄りはお迎えが来るのを待って、年寄りの家族は遺産が転がりこんでくるのを待って、って具合にみんな、一日一日やり過ごしているんだろうな」
 でもこれから会いに行く女は何も待っちゃいないな。そうオチをつけて、ボスはシニカルな微笑を浮かべた。

 風は海から吹いてくる。

 まるで我が故国にありそうな風景ではないか。
 戦国末期、ポルトガル出身のイエズス会宣教師が、青い瞳を見開いてそう評したという、この海辺の田舎町。もっともこの伝承を裏付ける史料はない。初めてこの地を踏んだ外国人はおそらく、ジープに乗った進駐軍だろう。図書館で得た予備知識の受け売りだ。だからナニ?と返されても困るけど・・・。
 公道沿いに野生の椰子の木が生えている。水蒸気をたっぷりと含んだ大気の中、存在している浮世離れした町並み。蜃気楼のようだ。ヨーロッパの避寒地のイメージと重ならないこともない。
 できれば行楽で来たかったなあ・・・。ロリ顔で巨乳で血の繋がっていない妹の水着姿(スク水限定)でも見ながら、砂浜に寝そべってさ。まあ、そんな妹、いないけど。

 ゴーン、ゴーン、ゴーン

 岬にある書院造りの古刹から、梵鐘の音が鳴り響く。惜しい。あれがチャペルだったら、雰囲気バッチリだったのに。
 四百年前の名もなき一宣教師も、岬を振り仰ぎ、二十世紀後半の僕と同じように肩をすくめたろうか。

(つづく)


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