無題 |
石崎隆子は自分の髪が自慢だった。隆子の母は離婚して幼い頃に家を出ていた。幼かったために母との記憶はあまり残っていないが、風呂でシャンプーをしてもらったり、乾かしてもらったり、幼稚園に行く時は髪型を可愛くしてもらったことは覚えていた。 そのためこの髪は離婚して家を出て行った母親から受けた愛情で最も深く、母親との絆を感じられるものだった。 母が家を出てすぐに父は再婚したが新しい母親は美意識が高く小学生の頃から美容院に通わせてくれた。 そのため隆子の髪は綺麗に整えら離婚した母親と同じ腰くらいまでの長さをキープしていた。新しい母親はそういうことに寛容で 「私よりも産んでくれたお母さんが好きなのは当たり前よね」 と複雑な関係である女の真似をする事を許してくれた。 複雑な家庭事情があるとはいえ、比較的裕福な家庭ではあるし学校では友達や自分のことを好きだという噂の男子もいたりして、とても幸せだった。 だがそんな幸せは隆子が小学校6年生の時に奪われた。 それは遊園地に行った帰りだった。隆子の父は運転中正面から衝突事故が起こし、前に座っていた2人は亡くなり隆子だけが生き残った。 一家の大黒柱も母も失った隆子は伯父に引き取られた。産みの母には新しい家庭があったからだ。 新しい家庭は父の文男と母の美鈴と長男の文也(高校一年生)と長女の美琴(中学一年生)の4人家族だった。 隆子「初めまして。新しい家族の隆子です。」 美琴「ちょっと待って。あんたは家族じゃないから。」 隆子「はい?」 美琴は背の高く運動部にいそうなショートヘアの美人系の女の子だった。 美琴「あんたは居候。家族じゃないわ。これからは掃除やら雑用全部やらせるからね」 隆子「え? そうなんですか?」 他の家族の顔を見ると、無言で頷いていた。 ここから元プチお嬢様の奴隷生活が始まった。 朝は5時起床、トイレを掃除した後はゴミ出し、朝食はなし、学校から帰ってきたら風呂や洗面所を掃除する日々。 特にきつく当たってきたのが長女の美琴だ。同じ女だからなのか目の前でゴミを落としたり小さい嫌がらせをしてきた。 この生活は十分ストレスだったが、髪に気をつっていた隆子にとって最もストレスだったのは風呂はシャンプーなしのシャワー5分だけというルールだった。当然ながら美琴の髪を乾かす手伝いもしなければならない。髪が一本でも抜けようものならビンタされた。 待遇にも差があった。美琴と長男の文也は名門小学校、中学校に通わせてもらっていたにもかかわらず、隆子は公立だった。美容面でも美琴は美容院に行けたのに対し、隆子は千円カットだった(一度しか言っていない)。極め付けは隆子には部屋がなく、一階に布団を敷いて寝るという状況だった。 そんな地獄のような日々を約一年過ごし季節が卒業式の時期になったある日、進級祝いに美琴の友達が家に集まった。美琴は家では性格が悪いが学校では人気者で今日集まった面々も美男美女ばかりでクラスの一軍集結という感じだった。 美琴「隆子? 飲み物持ってきて?」 いつものように美琴が隆子に命令する。 冷蔵庫に入っていたオレンジジュースやコーラを持っていき下の自分のスペースに戻ろうとした瞬間、 ??「結構可愛いじゃん」 振り返ると背も高いイケメンが立っていた。 ??「俺南条冬馬。そっちは?」 隆子「えっと…」 急に話しかけられてどうしていいか分からず答えられずにいると 美琴「その子は居候の隆子よ」 隆子に話しかけるときとは別人のような可愛い声で美琴が答えた。 冬馬「ヘェ? 隆子ちゃんって言うんだ。俺髪が長くて綺麗な女の子が大好きなんだよね?。一緒に話そ?」 そう言って隆子スペースまでついてきた。 確かに隆子の髪は美容院に行かなくても、天使の輪ができており毛先まで綺麗だった。 それから1時間くらい話をした。 冬馬「じゃだそろそろ上戻るわ?」 そう言って階段に向かって歩き出したとき 冬馬「そういえば隆子ちゃんの部屋ってどこ? いつかは隆子ちゃんの部屋見てみたいかも」 隆子「私の部屋ないよ。居候だから。」 キモいとかそういう反応を期待したのか、少し気持ち悪い事を笑顔で冬馬は言ったようだったが、私の返答を聞くと微妙な笑顔になった。 冬馬「まじで? 付き合ってくれるなら俺の家の一室あげるわ。隆子ちゃん超髪綺麗で可愛いし。またね?」 本心なのか思わせぶりなのか今一番言われたい言葉を発して冬馬は尊の部屋へと戻っていった。 ジョキジョキジョキ! 腰まで伸びた隆子にとっては宝物の黒髪がゴミになる。 美琴「嫌いな人のチャラチャラ伸ばした髪の毛を切るのは気持ちいいわね?。」 怒りの表情だった美琴は隆子の髪を切る事で笑顔になった。 ザクッ! あっという間に肩より上の長さに切りそろえられた。 肩より上のボブくらいの長さになったところで一旦ハサミを置くと鏡を取りに行った。 美琴「気に入った?」 美容師さんがカットの最後で確認するようなセリフを言う。 鏡を見るとロングヘアの大人びた雰囲気から可愛いボブヘアにイメチェンした女の子がいた。 カットは雑だが隆子の元がいいので似合っていると言う感じだ。 隆子「はい。ありがとうございました。」 隆子が涙声でそう言うと、美琴は不敵な笑みを浮かべ、 美琴「そう。気にいるのは悪いことじゃないけれどね?」 そう言いながら隆子のサイドの髪を持つと、 ジャキ! 肩より上の顎より下くらいのボブくらいの長さの髪の毛を顔の半分くらいの位置から切り始めた。 隆子「え!? なんで!? まだ切るんですか?」 一瞬終わったと思ったので、泣きながら聞く。 美琴「今回は罰ゲームなんだから気に入っちゃダメよね?。あなたが悪いのよ。」 罰ゲームなのに反省しない隆子が悪いかのように言い放ち、隆子に責任転嫁する。 美琴「反省しない子にはこの辺りで昔やってたとかいう反省カットにするとしますかね?」 隆子たちが住んでいる所の公立の学校は昔おかっぱ校則というのがあり、女子は肩より上の長さでオン眉以外ダメだった。そして悪いことをする女子には耳が出る長さで、後ろは刈り上げ、前髪はおでこの半分より上という反省カットと言うものがあった。 反省カットという言葉に隆子は背筋が凍り、一瞬涙も呼吸も全て一瞬止まった。 そしてゴホゴホッと咳き込んだ。 美琴「動かないでよ。危ないわよ? 面白いけど。」 面白いけど。今の美琴を一言で言い表した言葉だろう。腰まで伸ばした髪を切る機会なんてないし、それが恋敵ならばさぞかし愉快だろう。 サイドの髪を切り終えると後頭部を刈り上げる作業に取り掛かる。 隆子「冷たっ!?」 刈り上げる時に当たったハサミは思いの外冷たかった。ずっと髪を伸ばしていた隆子にとっては初めての感触だった。 美琴「ふふふ。」 恋敵の初めての体験に美琴は愉快そうだった。 チョキチョキチョキ。 ハサミの音をこんなに近くで聞いたの初めてだ。男子やショートヘアの女子はいつもこんなに近くでハサミの音を聞いているのだろうか。 美琴「はい!後頭部終わり? 仕上げね?」 そう言いながら、母親の真似をしたワンレンの前髪を持ち上げ、サクサクサクッ。あっという間に反省カットの女の子が誕生した。 美琴「記念に写真一枚。」 写真を見ると母親に買ってもらった可愛い服も反省カットが不釣り合いだ。 美琴「気に入った?」 鏡を持ってくるとさっきと同じ質問をした。 隆子「気に入ってません。反省しました。」 隆子はさっきの二の舞になるまいと答えたのだが、美琴はニヤニヤしている。デジャブだ。 美琴は鏡を床に置くと、隆子のサイドの髪をザクザクと切り始めた。いや、刈り上げ始めた。 隆子「な、何で? 気に入ってません。」 涙がとっくに枯れたのにまた涙声になった隆子が必死に訴える。 美琴「私がわざわざ貴重な時間を使って髪を切ってあげてるのに気に入ってないってどういう事? 感謝できない人は恥ずかしいわよ。」 普段家事をしてあげているのに、好きな男子が楽しそうに話しかけていたから、というだけでこの仕打ち。ブーメランとしか言いようがない言葉に絶句した。 ザクザクザクッ。 ハサミが通った場所は男の子の髪型になる。 髪を切られることに体が慣れたせいか体感的にはあっという間に角刈りにされた。 美琴「はい完成。気に入った?」 もう切る髪なんてないのにそんなことを聞いてくる。 隆子がだんまりを決め込むと、 美琴「何も言えないくらい気に入ったってこと?これからもこの髪型ね?分かってると思うけど工作用ハサミで髪を切るのって髪に悪いの。元の髪の毛になるのに何年かかるのかしらね?」 満面の笑みを浮かべながら女の子にとっては残酷な話をする。 隆子の髪を切って満足した美琴は母親の共に行った。 隆子は一人泣くことしかできなかった。 (了) 迫水より キムソヒョンさんから送って頂いた小説です! 素晴らしいです! かなり「王道」な作品です。 タイトルがなかったので、「無題」と言うことにしました。タイトル考えついたらまたメッセで送って下さいね♪ どうもひっかっているのですが、キムソヒョンさん、もしかしてこの小説の一部分を送り損ねていません? ストーリーが途中、飛んでいるように思うのですが。。 ともあれ、とびきりの良作なので、皆様には是非一度でも読んでいただければありがたいです! キムさんどうもありがとうございました(*^^*) |