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子への模範


 玉田行彦、藍子親子は行彦が理容師として3年目、店で1人前として店で腕を振れるようになったのもあり、郊外の周りに田畑が見える中古のリフォームされた一軒家を購入し、1階の6畳間に水道やガスを使えるようにする工事をしてもらい、理容椅子や鏡、洗髪台の中古を購入して物置棚等も設置してもらい、電気の配電盤増強などの工事もしてもらった。行彦の練習部屋兼散髪部屋として、部屋の片隅に以前まで藍子の髪を切る為に使っていた美容室用の椅子を置き、クロス等を掛けておくハンガーラック等を窓脇に置いて吊るした。南西にあたる明るい部屋なのでブラインドも設置して、光の量を調整できるようにしてもらった。2階の1部屋ずつを藍子と行彦の寝室とし、あとの1部屋を仏間兼客間とした。下の散髪兼練習部屋の他には、居間とリビング兼台所の3室3室の仕様で、車は2台置ける仕様であった。

 藍子が勤務する橋本歯科にも3年のうちに歯科衛生士に復帰した鈴木恭子・39歳が加わっていたり、受付担当者も変わる変化があった。

 恭子には2人の子供がおり、12歳の娘がミニバスケ、9歳の息子はサッカーをしていた。

 娘は中学でもバスケを続けていきたい気持ちが強かったが、進学先での公立中学は陸上部、バスケ部、バレーボール部は伝統的に部員はショートカットという伝統があり、校則では髪型は毛染め、パーマ以外は自由で、できたら髪は切りたくない気持ちが強く、恭子から執拗に、

「中学でバスケ部に入るなら早めに髪をショートカットにして慣れなきゃね。」

という言葉に反発し、恭子の旦那の浩平や弟とは会話しても、恭子と会話する機会は仕事や家事に忙しく減っていた。

「お母さんは髪を短くしないから勝手な事を言えるけど、私は肩より短い髪型にした事をなくて、不安で不安で一杯なんだからね。」

という言葉で毎回、毎回、反発されていた。恭子の出身中学でもあり、バスケ部のOGでもあるので、

「お母さんも同じ中学のバスケ部だったし、私達の時は髪も肩についたらダメって校則だったから、伸ばしても肩までで、高校の部活終えるまでショートカットを通したのよ。」

と、写真を見せては説得していたが、娘の反発は強く、校則で許されてるのに、部活ショートにしないといけないのはおかしいと抵抗していた。

「お母さん、私に髪を切らせたいなら、お母さんも一緒に髪を短くしてよ。」

と言い出す始末である。

 娘の恭華としては、部活の伝統で髪を短くしなきゃいけないのは理解しているが、まだ半年も先から髪を短くするのは嫌で、母親に同じ女性として不安な気持ちや、悲しみを共有して欲しかったのだが、上手く言えずにいた。

 歯科医院での昼休み、

「藍子さん、うちの娘、中学になったらミニバスの経験からバスケ部に入りたいけど、自慢のロングヘアでポニーテールからショートに切らなきゃいけないのが嫌と反発されてしまって、あまり娘と話せなくなってるんですけど、どう言うのが良いんですかね?」

「思春期に部活でショートの伝統残ってるのね。」

「えぇ。藍子さん、1年ほどでおかっぱからショートに更に短くされましたけど、どこで切ってるんですか?」

「実は息子、理容師で3年目なの。1人でお客さまを担当できるようになり、中古だけど、家を買えたから散髪部屋を作って、自宅で切ってもらってるの。襟足は白衣に髪が掛かると汚ないって言われて、1週間に一度練習台がてら、綺麗にしてもらってるのよ。ただ、息子はナースワンピース姿が好きみたいで、白衣姿が必須なんだけどね。」笑

「息子さん、理容師さんなんですね。白衣フェチの男性て多いらしいですよ。ヘアカット無料なら短くしても良いですね。」

「何が無料なんですか?」

 受付アルバイトの佐々木かすみ・28歳が話に入ってきた。

「玉田さん宅、息子さんが理容師さんでヘアカット無料、自宅に散髪できる施設もあるなんて凄いし、良いなぁ。て、話よ。」

「だったら、鈴木さんが娘さんより先に玉田さんの息子さんに頼んで髪を切って貰って、娘さんに模範を示したら良いんじゃないですか?」

「えっ、藍子さんや息子さんに迷惑よ。かすみちゃん。」

「いつから聞いてたの?かすみちゃん。」

「カルテ整理や、レセプト確認しながらきいてました。てへっ。」

 そんなこんなで、昼からの診察時間になり、それぞれの仕事に忙殺された。

 娘のミニバスケの練習に仕事帰りに迎えにより、帰宅して家族団欒で夜食を済ませた。

「恭華の試合、もうすくだな。」

「私、頑張るから試合見に来てね。お父さん。」

「おぅ。皆で応援行くからな。」

「恭華、試合をコントロールするポイントガードだし、キャプテンだし、頑張ってよ。」

「うん。」

 父親の茂道、恭子からも応援されて嬉しい恭華であった。土曜日、日曜日、連日の試合に勝ち、来週の土曜日、日曜日の試合2つに勝てば、都道府県代表の地区大会に出場という状況だった。

「娘も頑張ってるし、かすみちゃんが言うように、私が模範示すべきかな?」

 夜御飯を用意しながら、ポツリと誰にも聞かれる事なく、決心を決めた恭子であった。

 月曜日の昼休み時間、

「藍子さん、息子さん、今日ってお仕事お休みですか?突然で申し訳ないんですけど、今夜お宅にお邪魔して、私のこの髪をバッサリとショートカットに切って貰う事って出来ますか?」

「息子に聞いてあげようか?あの子、理容学校時代の友達と道具買いに行くって言ってたはずだし。」

 スマホを取り出し、電話した藍子。

「行彦、今夜、衛生士同僚の鈴木さんが髪を切っ て欲しいらしいんだけど、良い?」

 しばらくの会話の後、

「良いって、恭子さん。」

「ありがとうごさまいます。」

「恭子さん、自慢のロングヘア切るなんて勿体ない。」

 かすみから、切るのを止めようとされた。

「この間、かすみちゃんが親が模範示したら?的に言ったのよ。」

「言いましたっけ?」

「親が髪を切って模範示せば、娘も覚悟決めてくれるかと思ってね。」

「娘と息子の塾に送ったら、藍子さん宅に寄せてもらって良いですか?」

「わかったわ。私も今夜週1回の襟足剃りの日なの。ただ、あの子、白衣フェチだから、できたらで良いんだけど白衣着てやってくれる?」

「実は旦那も白衣フェチなので、前に勤務してた歯科医院の水色のと、歯科衛生士学校時代のピンクの白衣があるので、どちらか着れる方を持って行きますね。」

「お願いね。」

 娘と息子の塾が19時からなので、恭子は先に帰り、かすみと、藍子、院長、院長夫人で清掃し、18時半過ぎに帰路についた。

 帰宅した藍子は、息子の行彦に軽くいきさつを話し、恭子が来るまでに襟足剃りを受けようかと白衣に着替えたが恭子を待つ事にした。行彦も家庭散髪用にベージュ白衣に腰にシザーケースを下げていた。

 18時50分頃にインターホンが鳴り、恭子を招き入れた。車は2軒隣のコインパーキングに入れてきたとの事だった。

 普段、仕事場ではお団子か、ポニーテールにして纏めている髪を下ろし、胸下までの髪に黒いTシャツ、ジーパンに紙袋を下げ、バッグを持っているラフな格好だった。

「こんばんは。夜分に無理なお願いをしてごめんなさいね。」

「いえ、自分の仕事は髪を切ることなんで、大丈夫ですよ。」

「言うわね。恭子さん、あれ持ってきた?」

「えぇ。」

「行彦、先に散髪部屋で待ってて。すぐ行くから。」

 恭子と連れ立ち、居間へと消えた藍子。数分後、部屋のノック音と共に、藍子のいつもの白衣姿に続き、恭子は水色のワンピース白衣姿に紙袋とバッグを持ち入ってきた。バッグと紙袋を藍子が預かり、戸棚に置いた。

「息子、女の人のワンピース白衣姿とか、薬剤師の白衣姿好きなのよ。嫌らしいでしょぉ。」笑

「うちの旦那も似たようなもんです。旦那はスクラブが好きみたいです。」

「お迎えのお時間もあるでしょうし、始めましょうか?椅子へどうぞ。」

「あっ、はい。昔勤務してた白衣が入って良かったです。」笑

 恭子が緊張しないよう、藍子なりに緊張をほぐしてやろうとしたのであった。

 藍子も部屋の片隅の美容室用の椅子に腰掛け、恭子の断髪を見守っている。

「本日担当させていただく、玉田行彦です。よろしくお願いします。今日はどのような髪型になさいますか?」

 あまりに紳士的な態度に臆してしまい、恭子の返答が遅れたが、

「えぇっと、この髪、バッサリなんだけど、男の人みたいな刈り上げって感じじゃない耳を出したショートカットにお願い出来ますか?」

「わかりました。襟足の後れ毛とか、どうしますか?」

「塾のお迎えが21時過ぎなので、時間迄には帰して下さい。お願いします。」

「わかりました。顔剃り、シャンプーもしますね。」

 恭子は美容室しか行かず、カラーとかもしているので、この1時間後に大変身しているとは思っていなかった。 行彦はまず恭子の下ろした髪を1つに纏めるように集め、ダッカールピンで手際良く後頭部に纏め上げられ留められた。

 鏡の前に置いてあった黄色のナイロン製の新品カットクロスの袋を開けて拡げ、手を通しやすいようにした後、タオルを戸棚から取り出し、白衣の襟に掛かるよう巻き付け、手際よくクロスを巻かれた。さらに椅子に掛かっていたポリエステル製の柄物刈布をかぶせられ、ピンクのネックシャッターも巻かれた。椅子の左右の棒も立てられ、テント状態に数分でされ、髪留めのダッカールピンを外してブラッシングされた。  

 ブラッシングを施され、肩付近の髪に霧吹きでタップリと濡らされた恭子の髪。

「いきなり荒切りでバッサリ切っても構いませんか?」

「は、はい。お願いします。」

 鋏を持った行彦が恭子に更に一歩近づき、鋏を閉じようとした際、

「恭子さん、髪を短くする事に不安もあるでしょうけど、息子の腕は私が補償するわよ。」

「は、はい。」

 前の鏡を見ているのが恐くなった恭子は目を閉じた。

 部屋に散髪鋏の音がジョギ、ジョギとしだすと、バサッ、バサッ、と切られた髪で刈布を叩く音が響き、手元が重くなり見る見るうちに肩上ボブへと切られている姿が見れた。

「普通、美容室だとクロスって一枚に首のやつだけなのに、理容室では複数巻くんですか?」

「お店によって違うみたいですけど、複数使ってるお店はあるみたいですよ。ただ、僕の場合は、髪が服に付くと困るから、高級美容室のガウンみたいなイメージですかね。」

 会話の間にも右側から後ろ、左側へと切られていき、すっかりショートボブにされてしまった。  

 髪を切りやすいようセクション分けの為に、ダッカールピンで手際よくどんどん髪を留められていく。

「これから大事なカットで耳周りとか切るので、動かないで下さいね。」

「は、はい。」

 返事と共に右側から耳を出すように髪をサクッサクッと髪切りレザーで削ぎ落とされ、首元に短い髪がみるみる貯まっていく姿に不安な恭子。無言なまま部屋にはレザーや、散髪鋏の音だけが響き、セクションを崩しながら右側、左側だけは一気に耳だしショートカットになっていた。

「私、サルに見えてないですよね?」

「大丈夫よ。恭子さん、息子の腕を信用して。」

「後ろ長いので少しバリカンでトリミングしてから、レザーセニングして大丈夫ですか?」

「バ、バリカンですか?刈り上げしないで欲しいて言いましたよね?」

「裾だけ少し短くしないと、バランス悪いのでね。」

「わ、わかりました。お願いします。」

 キュイーン、ジョリジョリの充電式バリカンで襟足の髪を削がれ、さらにレザーで襟足を軽くされていった。おとなしくはしているが、不安な顔がありありと、鏡に写っている。

「上の方、少し梳いて軽くしますね。前髪どうしますか?」

「前髪は、このままで大丈夫だったら、このままでお願いします。」

「はい。」

 鋏を梳き鋏に持ち替えた行彦は、恭子の背後に立ち、頭の上から髪を梳いていく。

 サクッ、サクッ、サクッ、サクッ、右側に周りサクッサクッ、左側に周りサクッサクッと切られ、刈布は30分もしないうちに真っ黒になっていた。

「どうですか?」

 併せ鏡で髪を確認させられた恭子。

 鏡には、芸能人で言うなら、吉瀬美智子風のおしゃれショートにされており、耳に髪を掛けても、下ろしても良いようなおしゃれなショートカットであった。刈布やネックシャッターを外された後、襟足の後れ毛が白衣に掛かると汚ないと剃られ、クロス姿のまま顔剃りを受け、理容室の紫色のシャンプーケープを重ね付けされ、シャンプーを前屈みでしてもらった恭子。髪を乾かされながら、

「バッサリ髪を切る不安な気持ち久しぶりで、娘に強要はしない方が良いかな?」

「恭子さん、ショート似合うわよ。」

「ありがとうございます。またカットお願いして良いですか?」

「僕で良ければ、いつでもどうぞ。」

「お代は」

「保健所に理髪店、美容室の申請してないから料金取れないです。料金の代わりに、また白衣姿で髪を切らせて下さいね。」

 着替えと軽い化粧をし、21時のお迎えには十分間に合い、娘や息子、旦那に恭子の髪型を驚かれたのは言うまでもない。

 娘、恭華も髪を切る事になるが、それはまたの機会に。


       おわり



あとがき


     コロナ禍で家族形態も希薄になる中、親が子供の模範になるような行動をしていますか?的な意味合いを込めてみました。
 無駄に長く希薄な文章ですが、読んで下されば幸いです。
 コロナの蔓延、豪雨災害で外出もままならないので、家族や家族団欒を大事にコロナ終息を目指しましょう。



   


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