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女弁慶


 王城の地に屹立する某宗派の総本山○○寺。この聖域において、毎年二月、十六名の僧侶たちによって執り行われる天兆五輪大法会は、同宗同派の僧籍に身を置く者にとって、無上の栄誉ある仏事である。
 法会の「オーディション」として、法会の三日前に、「御輿担ぎの儀」がある。
 三十名前後の荒法師どもによって、都大路を練り歩く大御輿行列は、平安の頃の僧兵の強訴を彷彿とさせ、古都の冬の風物詩として、全国的に知られている。この荒法師連の中から、晴れの儀式に参列する十六名が選り抜かれるのである。
 今年、この御輿担ぎの儀に初めて女性僧が参加した。
 榊容海。二十九歳。
 「由緒ある○○寺の御輿行列に史上初、尼僧が参加」のニュースを、マスコミも放ってはおけない。当然の如く、新聞社も取材にくる。地元のテレビでも5分程度ながら、その映像が紹介された。
「名誉なことです」
 綺麗に頭を剃りあげた尼僧容海は、白い頬を紅潮させながら、インタビューに答えた。
「男性の僧侶に負けないよう、頑張りたいと思っています。そして全国の尼僧の地位向上のため、少しでも貢献できたら、と考えています」
 翌日の朝刊には、こんな容海の勇ましいフェミニズム的コメントが掲載されていた。
 以下の物語は、宗門史に恒久的に残り続けるであろう、この輝かしい一頁の、笑うに笑えないヒサンな楽屋裏である。

 本山出発を五日後に控えた榊容海は、大いなる不安と恍惚の中にいた。
 なにしろ一世一代の晴れ舞台に立つのだ。
 体力勝負の御輿担ぎだが、ぶっちゃけ、体力には自信がない。不安だ。
 たまたま、本山の宗務部の田口サン(♀)が、尼僧である容海の母親と懇意にしていて、その縁で、じゃあ、娘さんに御輿を担いでもらいましょうよ、と多分に田口サンのスタンドプレイ的な人選だったらしい。
 この度の快挙に、容海は地元でもちょっとした有名人だ。
 この間も、ガンバッてよ、と八百屋のオバサンが果物をサービスしてくれた。
 なんとなくオリンピックの出場選手にでもなったようで、地に足が着かない日々を送っている。
 せっかくここまで盛り上がっているのだ。初の尼僧参加者だし、田口サンはじめ本山のエライさんたちも悪いようにはしないはずだ。
 言わば「シード選手」なのだ。選考にも通り、本番には、晴れて男僧に混じって、十六僧のひとりとして天兆五輪大法会の座に連なることになるだろう。

 電話が鳴った。
 案の定、田口サンからだった。
 五日後の簡単な注意事項を受ける。
 双方上機嫌で、宗門にまつわる世間話や、人物月旦なんかに花を咲かせる。
「期待してるわよ」
「ベストを尽くしますよ」
「あ、そうそう」
 田口サンは、最後に、刑事コロンボよろしく、思い出したように
「でさ、容海さん、勿論、剃髪してくれるんでしょ?」
 当たり前のように言う。
「エ?」
 容海は硬直した。
「剃髪、ですか?」
 顔からスーッと血の気が引いていくのが、鏡を見なくてもわかった。
「そう、アタマ」
 田口サンは平然と言う。電話越しでは、容海の顔色は伝わらないのだろう。
「あの・・・でも、頂いた冊子には、なるべく剃髪が望ましい、って」
 「なるべく」の部分に力点をおいて、それとなく坊主頭の義務の免除を要求するが、田口サンは、う〜ん、と困惑した様子で、
「タテマエはそうだけどさ〜、参加するお坊さんは、皆、気合入れて剃髪して来るよ」
「男のお坊さんはそうだろうけど・・・」
 食い下がる容海に
「そこなのよ〜」
 田口サンは説明する。
「尼さんで御輿担ぐの、容海さんが初めてじゃない? マスコミも結構来るし、長い髪で参加されると、本山としても、やっぱね・・・体裁ってもんがあってさ。だからさ、ここはひとつ本格的な尼さんらしくさ、キチンと剃髪して欲しいのよ」
「いや・・・でも・・・」
 渋る容海だが
「またまた〜、修行の時、一回剃ってるんでしょ? いいじゃない。一回も二回も変わんないって」
 じゃ、頼んだわよ、と電話は一方的に切れた。
 容海は受話器を握ったまま、呆然となった。
 ─またボーズに逆戻り・・・。
 肩まで生え揃った髪に手をやる。
 ─トホホ・・・。
 泣きたい。

 最初の剃髪を回想した。

 尼僧で住職の母に、女手ひとつで育てられた。
 四年間勤めた会社を大チョンボの結果、リストラされ、途方に暮れていたら、母が、ブラブラしてるならば、実家の寺を継げ、と言い出した。
 悪くない、と思った。
 どこぞの会社に再就職して、ペーペーの平社員などやるよりも、寺を継げば、即「副住職様」だ。
 やる、とホイホイ承諾したのが、間違いだった。
 母には、有髪OKで修行もきつくない道場をリクエストした。
 学生時代から、ロングヘアーを武器に、華やかな男遍歴を重ねてきた。
 そんな自慢の髪を、おいそれと切るつもりはなかった。
 任しときな、と母は請け負った。
 で、蓋を開けてみれば、なんと母の修行した道場。剃髪が義務付けられているうえ、軍隊並みに厳しいと評判のところだった。
 話が違う! と取り乱して詰め寄ったら、母は、
「ナニ甘ったれてんだい! 尼僧は頭剃って、シゴかれて一人前だよ!」
とオニみたいな形相で逆ギレして、遊び人の娘を叱り飛ばした。
 母には小さい頃から逆らえない。
 泣く泣くスパルタ道場の入門願書にサインした。

 出立前日、母に家を追い出されるようにして、床屋に髪を切りに行った。
 プーンと初めて嗅いだ床屋の匂いに、目眩がした。
「いらっしゃい」
とクマみたいな床屋のオジサンが、未来の副住職を出迎えた。
「榊さんだよねえ? 庵主さんから電話もらってるよ」
 この辺りでは母は「庵主さん」で通っている。
「庵主さん」の手回しの良さに、ゲンナリしつつ、オジサンにエスコートされ、ゴッツイ理髪台に座らされた。
「本当にいいのかなあ」
 女性で坊主頭にしてくれ、という客はたぶん自分が第一号だったのだろう、オジサンは戸惑っていた。
「いいんです。お願いします」
 全く、全然、死ぬほど、お願いしたくなかったが、苛烈できこえた道場に、ロングヘアーでノコノコ乗り込んだら、きっと往復ビンタをくらわされた挙句、ナマクラの手動バリカンでバリバリやられるに違いない。
 どうせ坊主になるなら、と痛くない方を選んだ。
 生まれて初めてのバリカンの洗礼に
 ─なんじゃこりゃああ!
と戦慄した。
 四半世紀以上も欠かさず手入れしてきた美髪が、土砂崩れのように、ドサドサ頭からこぼれ落ちてゆく。諸行無常を体感した。イヤっていうほど。
 オジサンはいつの間にか顔をほころばせていた。目を輝かせ、バリカンを走らせる。
 後で聞いたところによると、このオジサン、「丸刈りマニア」らしい。
「終わったよ」
の声に我にかえる。
 鏡に一休さんが映っていた。
 ─アレ? アレ?
 おかしい。さっきまでたしか、艶やかな黒髪ロングのちょっとイイオンナが映ってたはずなのだが・・・。
 頭の中が真っ白になる。
 現実逃避している女一休の、できたての坊主頭を
「お疲れさん」
とオジサンがツルッと撫でた。
 初めて露出した頭皮にオジサンのぶ厚い掌が乗った瞬間、ああ、俗世(シャバ)で男に散々貢がせた自分も、明日からは一介の小坊主なんだ、と身の程を思い知らされ、眠っていたMッ気が疼いた。
 ちなみに切った髪は記念に持ち帰ったのだが、修行で留守中、母がうっかりゴミと一緒に捨ててしまった。
 道場では死ぬほどシゴかれた。
 要領が悪く、根性もない容海は、鬼軍曹みたいな道場監督の目の仇にされた。
 女一休となってしまっては、有髪時代のように色仕掛けも使えなかった。
 このバカタレ! と足蹴にされる度、床屋で目覚めかけたドMの血が騒いだ。
 なんとか修行を終え、這這の体で、実家に戻ってきた。
 ─これで坊主頭とはオサラバだ!
 狂喜乱舞した。人生でこれほど嬉しかったことはない。
 おぞましいドMの本性を封印して、ふたたびフツウノオンナとしての人生に復帰した。
 苦々しげな母を尻目に、せっせと髪を伸ばす。
 ベリーショートから普通のショートヘアーに。
 ショートヘアーから、ボブ、そして努力と忍耐の末、セミロングにまで。
 副住職になって小遣いはたんまりある。高級美容室に通う。ミラノで研鑽を積んだという二枚目の青年美容師に、たっぷり時間をかけ、髪をいじってもらう。女のシアワセを噛みしめる。
 シャギーをいれる。毛先をカールさせる。ブリーチ。ブロー。巻き髪。アップ。付け毛。海外の最新モードを逸早く、貪欲に取り入れる。目指すはオトナのロングヘアーだ。
 こないだ、その気もないのに、
「長いのも飽きたし、ショートにしようかな〜」
と言ってみたら、優男の美容師に、懸命に制止された。
「エ〜! 勿体無いよォ〜。容子(容海の俗名)チャンはショートより絶対、ロングの方が似合うって。せっかくここまで伸ばしたんだし、頑張ってロングに挑戦しよっ!」
 心の中で高笑いする。髪を惜しまれるのは女冥利につきる。
 スパルタ道場で、叱り飛ばされ、毎日ベソをかいていた女一休は、もはや、この世には存在しないのだ。
 じゃあ、ショートはやめとく、とわざと残念そうな顔をつくって、長さはそのままに、二時間かけて、美容師が自信たっぷりに推薦するパリ発のヘアスタイルにしてもらった。
 忠実な奴僕のように、神妙な手つきで毛先を梳いていく、ハンサムな青年に流し目を送る。
 ─そろそろ「狩猟」を解禁しよう。
と、ほくそ笑んだ。

 そんな矢先に届いた「召集令状」。
 一気に奈落の底に突き落とされる。
 一年半に及ぶ、ロングヘアー双六は、ゴール目前にして、振り出しに逆戻り。
 ─なんて恐ろしい世界・・・。
 どうやら自分は逃れられない

 坊主道

に、踏み入ってしまったらしい。容海は頭をかかえる。
 ─まるで高校球児だ。
 いくら伸ばしても、「大会前」には丸坊主。

「剃っといで」
 母はカラカラ笑う。
「田口サンの言うとおりだよ。そんなチャラチャラした髪で、伝統ある御輿を担がれちゃ、全国の尼僧の恥だよ」
 「庵主さん」は新副住職の有髪姿に、ずっと眉をひそめていた。
 今回、容海が自発的に、剃髪せざるを得ない状況になって、上機嫌だ。
「やっぱり尼僧は剃髪が一番だよ」
 またカラカラ笑う。
「もォ、母さん! 他人事だと思って!」
「ナニ言ってんだい」
 ぬっと年期の入った坊主頭を突き出されて、容海は沈黙する。

 シングルマザーだった母が、祖母の残した尼寺を継ぐ為、小学生だった容海の目の前で、黒髪を落とした日のことを憶えている。
 ショックだった。
 美人だった自慢の「ママ」が、縁側で檀家のオバチャンに、バリカンで、大好きだったロングヘアーを刈り落とされていく。
 ─やめて! オバチャン、やめて!
 叫びそうになるのを必死でこらえた。
 ツルツル坊主になった「ママ」を見て、幼い容海は泣きじゃくった。
「これが新しいママなのよ。早く慣れて、ね、ヨウチャン」
 新しい「ママ」は娘の反応に、困った様子で、新しい頭をさすっていた。
 母は、彼女と娘の生活の為に、一大決心して、女の命を捨てた。
 ふしだらな女だから、とナメられない為に、あえて厳しい道場に入門した。
 容海とは根性の出来が違う。
 尼僧として、女として、母には敵わない。
 ─でも坊主はイヤッ!

 一年半前と同じ床屋に入る。
 ─ああ! この匂い!
 一年半前と変わらぬ、あの床屋独特の匂い。クラリとなる。
「いらっしゃい」
 やはりクマみたいな店主がいた。
「副住職さん、久しぶり」
 できれば、二度と会いたくなかった。
「庵主さんから電話もらいましたよ」
 これは、デ・ジャブか、と思いながら、刈布を巻かれる。

 ヴイィーン

「ちょ、ちょっとッ! ちょっと待って! いきなり?!」
 容海は狼狽して、逸るオヤジを制止した。
 この性急かつ、ぶっきらぼうな問答無用っぷり。いかにも床屋だ。もうちょっと「ゆとり」ってものが欲しい。
「頭、剃るんでしょ?」
とオヤジ。
 本当にいいの? と黒髪にハサミをいれるのを躊躇っていた優しいオジサンはもういない。
 すっかり「常連さん」扱いだ。
 自分が既に「坊主処女」でないという現実に、暗澹とした気持ちになる。
 ─て言うか、前より状況が悪化してる・・・。
 その証拠に、オヤジの目がサディスティックに輝いている。
 どうやら、丸刈りマニアのオヤジは、一年半前の経験から、「尼僧の剃髪」という新領域に開眼したらしい。
 単純に長い髪を刈れるだけではない。
 妙齢の女性を自分の手で、容姿的には「一休さん」に転落させつつ、尼僧という「聖女」に昇華できるのである。二度おいしい。丸刈りマニアにとって、たまらない快感のはずだ。
「とりあえず落ち着こう、オジサン」
「ナニ言ってんスかあ」
 無骨者のオヤジには女心はわからない。
「副住職さん、本山の御輿担ぐんでしょ? もう地元じゃ有名ですよ。皆、期待してるんだから。やっぱ尼さんの晴れ姿は坊主だよね、坊主。さっ、パッとやっちゃおう、パッと」
 今年の流行はねえ、
 え〜、そんな切っちゃっていいの〜?
といった美容院でのやりとりが、何万光年も遠くに思える。いや、あの華麗な日々は、もう手の届かない遥かな過去に押し流されてしまったのだ。
「じゃあ、やろっか?」
オヤジ、まるで発情期の雄犬のように、ウズウズしている。
「そうね、じゃあ、毛先2cmカットしてくれる?」

 ヴイィーン

「ちょ、ちょっと! バリカンとめて!」
 軽いボケにモーター音で応酬されてしまって、容海は取り乱す。
「そうだな、ベリーショートにしてくれる? 長めの坊主」
 なんとかオヤジとの妥協点をさぐろうとする。できれば、切っても、すぐに伸びるよう、なるべく長さを残しておきたい。
「また、そんな覚悟のないこと言って。ツルッといっちゃおうぜ」
「う〜ん。どうしよっかなあ〜」

 ヴイィーン

「ちょっとォ!! バリカンとめてッ!」
 このままでは、バリカンという絶対的な権力を握っているオヤジに、強行採決に踏み切られてしまう。
「バサッと潔くやっちゃおうよ」
「じゃあ七分刈り」
「もう一声!」
「じゃ、じゃあね、五分! 五分刈り」

 ヴイィーン

「わかった! わかりましたっ! 丸めて下さいッ! 青々とッ!」
「そうこなくっちゃ」
 さらば、セミロング・・・。さらば、ハンサムな美容師さん・・・。短い栄華だった。
 オヤジは粗切りもせず、容海の前髪をガサッと掴み上げ、堪え性もなくバリカンを押し進める。
 ジャジャジャジャジャジャ
 ひんやりとした懐かしい感触が、容海の頭上を通過した。

 パサリ。

 ─うわああ、やっちゃった! やっちゃったよ!
 鏡に映る、見慣れたセミロングの成人女性。
 ただ、つい数秒前と異なり頭髪の真ん中が抉れて、青い地肌が露出している。
 幅2cmほどの、ほんの僅かな欠損。
 しかし、これは女一休への一里塚。二度と引き返せない第一歩。
 オヤジは嬉々として、バリカンを操る。
 バサリ、バサリ、と栗色のカタマリが雪崩れ落ちる。
 一週間前にカットしたばかりの、パリモードの最新ヘアーは容赦なく、削り取られ、その原型を失っていく。「来年絶対流行る」と美容師は断言していたが、もう実感することはできない。
 ─頭、どんどん涼しくなるな・・・。ああっ!
 頭皮を滑るバリカンのバイブレーションに、何度も気が遠くなりかける。
 ガムシャラに頭が刈られる。繰り返される電気器具による侵食運動。
 引き篭もっていた青い地肌が、照れ臭そうに、分厚い茶色のカーテンを少しずつめくって、ふたたび世間に顔を覗かせる。
 高級美容室の優雅さからも、「落飾」という言葉の響きがもつ典雅さからも、程遠い光景。
 運動部の合宿所などにありそうなシーンだ。
 試合でチームの足をひっぱって、いかつい先輩にオシオキを受ける、ヘタレ後輩のような。
 二十九歳独身。元リストラ社員。尼僧道場の落ちこぼれ。志もなく出家した尼僧。そんな負け犬の自分には、こんな剃髪が相応しいのだろう。自虐的な気持ちになる。
 いつの間にか、店内は客でいっぱいだ。まあ、週末だから仕方ない。
が、
 ─カンベンしてよぉ・・・。
 男性客たちは、思いもかけぬ女坊主のメイキングシーンに、度肝を抜かれ、好奇心たっぷりに、その製作過程を凝視している。
「おい! 海音院の副住職さんが丸坊主になってるぞ!」
と順番を待っている男子高校生がケータイで、友人か誰かに実況している。そう、四丁目の角の片倉床屋、と場所まで教えてる。「え? 見に来る? 残念、もうすぐ終わっちゃうぜ」
 死にたい気分だった。
「海音院の副住職」と言えば、最近では、大人の色香漂う都会的な美人尼僧で通っている。カッペの中高生風情には眩しい存在だったのだ。
 それがこの、 KOUKISHI_02.JPG - 5,591BYTES




合宿所のヘタレ下級生状態。




 これが、マスコミやカメラマンが、「史上初の」と見出しを用意して、待ち構えている、女性僧侶の本番前日の姿なのだ。
「いや〜、尼さんは坊主頭の方が有り難味があるよなあ」
「そうッスか?」
 いつしかオヤジとの間に、体育会系的な上下関係が形成されていた。
「このまま、ずっと坊主でいたらいいじゃないか」
「はぁ」
「俺と結婚すっか? 坊主頭でも貰ってやるよ。俺、独身だからさ。毎日ただで頭剃ってやるぞォ」
 オヤジは八割方、一休になっている女に、シレッと求婚し、ガハハと哄笑する。
 一週間前には、ラヴハンター気取りだったのに、十分チョイのうちに、株価が暴落して値崩れをおこし、貰ってやる、とクマ男に恩に着せられる境遇にまで、堕ちぶれてしまった。
 ─オヤジのオンナにでもなるかなあ・・・。
 それもアリだな、と思う。
 ・・・・・・
 オヤジ「オイ、オマエ、髪伸びたなあ」
 自分「え、そ、そう?」
 オヤジ「剃ってやる」
 自分「まだいいわよ〜」
 オヤジ「そう言うなって、ちょっと座れ」
 自分「キャッ」
 ジョリジョリジョリ
 ・・・・・・
 妄想して、コーフンした。
 ドMの発想である。
 まあ、こうも屈辱的な状態が続けば、封印したドMスイッチをONにして、現実逃避するしかない。実際こんな調子で、地獄の道場生活を乗り切った。
 ヴイィーン、ジジジ、ザザ、ザザ・・・バサッ
 ヴイィーン、ジジジ、ザザ、ザザ・・・バサッ

葬り去ったはずの過去と対面する。
 Dear、一休。
 ─やっちまったぜい。
 オヤジは丸まった頭をさらに丸くするつもりなのか、野犬が骨でもしゃぶるように、未練がましく、容海の頭をバリカンで撫で回している。
 蒸しタオル。クリーム。シェービング。
 キュッキュと乱暴に頭を拭かれ、ペタペタとローションを塗られる。
「一丁あがり!」
 オヤジが完成した作品を、ペシッとはたく。
「お世話になりましたっ!」
 容海の口から、反射的に体育会系の挨拶が出た。ちなみに学生時代は軟派テニスサークルだった。
 思い切り、根性を注入されてしまった。
「ガンバッテ来いよ!」
 またペシッ。
「ハイッ!」
 女一休の頬は上気していた。
 大人の色香で、地元中高生のズリネタにされまくっていた有髪の美人尼は、クマオヤジに引導を渡され、地上から消滅したのだった。

 そして臨んだ大舞台。
 汗臭い漢たちに混じって容海も、無我夢中になって、ヨッシャ、ヨッシャ、と千年の由緒ある御輿を揺さぶった。
 気合いを入れる為、ブランド品のランジェリーを脱ぎ捨て、男僧から拝み倒して借りた六尺褌を締めていた。
 弁慶のようだった、とある新聞記事は彼女を評した。
 紅一点の容海の周囲には、当然、男僧たちが群がる。
 もっとも、女としてではなく、「仲間」として、少々手荒く遇された。
 今までは、男に誘われる場合、
「榊さん、今夜一緒に御食事でもいかがですか? 夜景でも眺めながら」
「アラ、素敵ねえ」
と艶っぽい微笑で、イタリア料理や高価なワインを奢らせたものだが、本山では、勝手が違う。
「オイッ、容海! 牛丼おごってやる。来い!」
「ハイッ! ゴチになりますっ!」
 すっかり、体育会系が板についてしまった。
 そんなこんなで、御輿担ぎを見事に完遂した。
 後は、大法会に参加する正式メンバーが、決まるのを待つのみ。

 容海は、選から漏れた。

 ─え?
 虚ろな目で立ちつくす女一休を、
「ホント、惜しかったのよ〜」
と田口サンが励ます。だが励まされている者の耳には届かない。
 ─コレって・・・もしかして・・・剃り損じゃ・・・。
 ひゅるるる〜。真冬の冷風が、むき出しの頭にしみて、でかいクシャミが出た。ヘックシュン。
 田口サンは落選尼僧の肩を叩き、
「大丈夫! 榊さんならやれるって! 来年また頑張ろう!」
 どうやら、来年のエントリーも決定済みらしい。
 ─来年も坊主頭になるのか・・・。
 意識が遠くなる。これも、尼僧の道を選んだ者の宿命なのだろう。
 来年、またあのオヤジの床屋に行こう、と思った。
 まるで自分をレイプした男のアパートに、ずるずる通い続けるダメな女のように。

                 (了)


         アトガキ

 尼さんは普段、有髪でも、重要な法要などの際には、キチッと頭を剃りあげるらしい。
 「なんか、高校球児みたいだな〜」と思った。
 二度、三度、と剃髪する気分てどうなんだろう、とか想像して、で、今回のストーリーが浮かんだ次第デアリマス。
 大抵の尼さんは既に一回済ませてるから、前よりは抵抗も少ないだろうけど、中には「また剃るの〜? 勘弁してよ〜」って凹みまくる人もいるんじゃないか、と。
 個人的には、「ああ、明日法要? OK」と、微塵もためらわず床屋に直行するような「漢な」尼さんの方が萌える。
 ちなみに一番最初に書き下ろしたストーリーです。
 いきなり変化球からのスタート。
 たぶん、こういうバカバカしい話が今後もメインになると思います。



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